カトリーヌ・ドヌーヴの眼の中で...

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フランスの人気カルチャー週刊誌である「レザンロキュプティブル」の編集長、元「カイエ・デュ・シネマ」編集長である映画批評家ジャン=マルク・ラランヌによるラジオ番組「...の眼の中で」(Dans les yeux de...)は、映画人を招き、映像、映画だけではなく、絵画、写真、ゲーム、テレビ、漫画、つまり彼らの「眼の中」に映り、記憶している映像についてラランヌが質問し、ゲストが自由に語り、彼らの出演作の音楽や映画の抜粋が流れる、それぞれの映像の歴史、映画史が見えてくる大変興味深い番組である。これまでにジェーン・バーキン、クリストフ・オノレ、アルノー・デプレシャン、オリヴィエ・アサイヤスなどが招かれた。これまで数多くの映画人と素晴らしいインタビューを行ってきたラランヌのジャーナリストとしての才能が十全に発揮されている。

2017年3月5日、ラランヌがもっとも憧れ、これまで何度となくインタビューをし、論じてきたフランスを代表する大女優カトリーヌ・ドヌーヴがこの番組に招かれる。

冒頭、トリュフォーの『暗くなるまでこの恋を』(1969年)の、ジャン=ポール・ベルモンドの、カトリーヌ・ドヌーヴへの感動的な愛の告白のシーンの抜粋が流れる。
「君の顔はひとつの風景だ。ふたつの目は茶色の湖だ」
「茶色と緑よ」
「そう茶色と緑色の湖だ。君の額は平原、君の鼻は小さな山、君の口は火山だ。おお、君を見ていると、あまりの美しさに目が痛くなる。待ってくれ」
「待っているわ」

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『暗くなるまでこの恋を』

この親密で官能的なふたりのやり取りのあとに、司会者であるラランヌによるドヌーヴへの「愛の告白」が続く。「カトリーヌ・ドヌーヴの顔はひとつの風景である。カトリーヌ・ドヌーヴはイメージ、いやそれ以上であり、おそらく映画史上もっとも力強いイコンとして存在している。そのイコンの力の中で、ドヌーヴはジャック・ドゥミの王女様から、ルイス・ブニュエルの倒錯的な女性まで、『暗くなるまでこの恋を』の冒険を顧みない詐欺師女から『終電車』(1980年)の気丈な女性まで、スターの輝きを放つと同時に、アンドレ・テシネの映画で日常を送る現代の女性まで繊細に演じ、女優としてのパレットには幾つもの多様な色が散りばめてきた。カトリーヌ・ドヌーヴは映像の運動そのもの、動く映像=イコンそのものであり、その道程はフランス映画史上の中でもっとも心動かされ、魅惑的である。しかしそのイコンは決してひとつに留まることなく、つねに生き生きと、動き続けている。おそらくそれは彼女がほかの映像に対してつねに大いなる好奇心、情熱を抱き続けていることによるだろう。カトリーヌ・ドヌーヴはつねに新しい映像、新しいフォルム、多様なジャンルの映画の可能性へ好奇心を持ち続けている。連続ドラマ、絵画、漫画など、様々な形態の映像への彼女の情熱を語ってもらった」
ラランヌにはかつて東京日仏学院でドヌーヴ特集を開催した際に「フランス映画の女優たち」について講演をしてもらったことがある。ダニエル・ダリユーからドヌーヴまで、それぞれの女優のスタイル、魅力が語られ、彼女たちがいかにフランス映画史を彩り、変革して行ったのか、抜粋映像とともにとても刺激的な論が展開された。


どうやら、インタビューの場所はどこかのカフェのテラスなのか、お皿が触れ合う音、隣の席の話し声も多少漏れ聞え、煙草に火をつける音が何度か確認できる。ヘビースモーカーのドヌーヴのこと、煙草が吸える場所でのインタビューとなったのかもしれない。ふたりの笑い声も何度か聞こえ、ラランヌの質問にとてもリラックスして、愉しげに答えている彼女の姿が思い浮かべられる。
ドヌーヴはまずマルジャン=サトラピ、タルディなどの作家のバンデシネ(フランスの漫画)への好みについて語り、そこからデッサン、絵画へと話題が及ぶ。「ルーブル美術館に学校の見学で初めて訪れたとき、エジプトの作品のコレクションの前で、その妖しげな雰囲気に強い印象を受けたのをよく覚えています」

「映画で恐怖を感じますか、あるいは感じるのが好きですか」という質問に、声をひそめ、低い声で「映画で怖がるの、好きだわ。ホラー映画もよく見ます。『エクソシスト』とか」と答えるドヌーヴの遊び心がなんともチャーミングである。「とくに吸血鬼映画が大好きです。トニー・スコットの『ハンガー』(1983年)への出演を引き受けた理由のひとつはまさにそこでした。吸血鬼を演じられるなんて、ミステリアスで官能的で素敵だわ、と思ったのです」

『ハンガー』の劇中で使用されている、バウハウスのヴォーカル、ピーター・マーフィーの「Bela Lugosi's Dead」が流れる。

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『ハンガー』

JML デヴィット・ボウイと共演なさった『ハンガー』はご自分の出演作の中でも思い入れの深い作品ですか?
CD はい、とても!まずトニー・スコットのことが大好きですし、彼とはとても馬が合いました。一緒に映画を作り、映像、トラヴェリングなどキャメラの動きに対する彼の配慮、一つ一つのショットにかける心配りにとても感銘を受けました。ニューヨークの橋の上のシーンなど、印象深いです。


次に、若い頃に好みだった俳優についての質問に、クラーク・ゲーブルやモンゴメリー・クリフト、そしてアメリカの30年代のコメディ映画の女優たちへの想いを語る。

CD アメリカ人の俳優たちのエネルギーは素晴らしいですよね。まず大きな声で話し、つねに彼らは「オーバー・サイズ」なんですよね(笑)。
キャサリー・ヘップバーンはもちろんのこと、ケーリー・グランドと共演していたジーン・アーサー、ジュディ・ホリディ、それからマリリン・モンロー、こうしたコメディ映画の女優たちの希有な存在に憧れました。とくに『お熱いのがお好き』(1959年)や『帰らざる河』(1954年)のマリリンには驚かされました。ジョージ・キューカーとの未完の作品、そして彼女の遺作となったはずの作品(『女房は生きていた』1962年)での、マリリンの肉体の脆さには心が揺さぶられます。ほとんど白く見えるほどに輝くブロンドの髪、痩せ細ったその身体......人生の淵に立っているかのようでした。

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『女房は生きていた』


ドヌーヴは連続ドラマについても熱を持って話す。「「X-ファイル」が放映されていたときは、その時間に帰宅するように頑張りました。もちろん道理をわきまえ、一日に3エピソードぐらいまでにとどめるようにはしておりますが...」(その後もアメリカ、フランスの連続ドラマのタイトルが次々と挙がる)。


ドヌーヴがセルジュ・ゲンズブールと共に作ったアルバム『SOUVIENS-TOI DE M'OUBLIE』から『Digital delay』が流れる。
彼女の語りかけるような艶のある歌声を聴きながら、アルバム・ジャケットのHELMUT NEWTON撮影による美しいドヌーヴの写真が思い出される。
「愛では、つねにひとりが苦しみ、もうひとりが退屈している、とバルザックが毎晩語ってくれた」
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次に、最近観た中で好きな映画について聞かれると...

CD もちろん『マンチェスター・バイ・ザ・シー』にはとても感動しました。ケイシー・アフレックは素晴らしかったと思います。それからジム・ジャームッシュの『パターソン』も大好きでした。滑稽で、優しさがあり...、ジャームッシュの作品はほとんどすべて見ています。アジア映画もたくさん見ていて、その中でもジャ・ジャンクーに大変興味を持っています。日本映画では是枝裕和の作品も好きです。フランス映画ではポール・ヴァーホーヴェンの『エル ELLE』、そして若手女性監督たちの作品、たとえばカテル・キレヴェレの『あさがくるまえに』には非常に心打たれました。セリーヌ・シアマもとても才能のある監督だと思います。オリヴィエ・アサイヤスの『パーソナル・ショッパー』も好きでした。アサイヤスの撮り方は本当にエレガントで、『シルス・マリア』(2014年)もよかったし、彼の映画のスタイルはすばらしいですね。クリステン・スチュワートは現在、最も興味深い女優のひとりだと思います。

クリストフ・オノレ監督の『愛のあしあと』(2011年)で娘のキアラ・マストロヤンニとデュエットしている『軽い娘』が流れる。
この映画でふたりは母娘を演じている。彼女達の直接の自伝的映画であるわけではないのだが、ふたりの関係、それぞれの女性としての人生が見えてくるようで、ふたりが一緒に歌い出す駅のホームのシーンは何度見ても感動する。

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『愛のあしあと』

この娘にして、この母親
私は軽い女のままでいた
心の重さとその神秘を避けるため
石の鞄のような愛
重いもの、傷つけるものを避けるため
哀れみを決して求めず、ただ欲望だけを求める


 写真についての質問では、姉たち(ドヌーヴは4姉妹の3番目)との記憶や、日常のささやかなこと、ものを彼女が大切にしていることが伺える次の言葉が心に残った。「写真は、箱の中にしまっています。アルバムで整理する気力はなくて。箱から取り出して、時々眺めて、その写真の中の雰囲気を思い出しています。メランコリックになるときもありますよね、ちょっと。小さい頃に両親や姉たちと写っている写真を見せると、モノクロなのですが、自分の着ていた洋服の色や素材についての細かい記憶がはっきりと思い出されます。姉たちのお古をもらって着ていたことが多かったけれども、とても大切に思っていたからかもしれません」


 最後に、ドヌーヴの最近の出演作、そして今後の企画について質問される。まず今年のフランス映画祭で日本初上映されるマルタン・プロヴォ監督の『ルージュの手紙』(2017年 冬 全国順次ロードショー)、そしてティエリー・クリファ監督『すべてが私たちを引き離す』(2017年)が今年公開予定だ。両作品、続けて最近見たのだが、その身体が以前より多少なりとも厚みも増しているとしても、ドヌーヴという女優がつねに軽やかさ、フランス映画よりも、もしかしたら彼女が大好きなアメリカのコメディ女優の軽やかさを持っていることをあらためて確認した。その軽やかさでもって、ドヌーヴは、普通なら躊躇してしまうような何かと何かの境、階級、世代、男と女、もしかしたら生と死さえ、ときに軽々と、ときに震えながらも潔く超えていく。ラランヌが言うところの「映像の運動」そのもの、自由そのものであるカトリーヌ・ドヌーヴ。
今後の企画としてはアンドレ・テシネとの7本目か8本目になる作品、そして『終電車』(1980年)や『しあわせの雨傘』(2010年)などことあるごとに共演しているジェラール・ドパルデューとの「心温まる」コメディがあるそうだ。


 最後のラランヌの質問「あなたの映画への愛は尽きぬものですか?」に、「はい、尽きぬもの、まだまだ尽きぬものです」と歌うようなに答えるドヌーヴ。軽やかにスクリーンを通り抜けながらも、そこに自分の生きてきた人生を自ずと刻んでいくカトリーヌ・ドヌーヴという女優。彼女はこれからも颯爽と、軽やかに映画史を、人生を進んで行くだろう。その姿をこれからも、いつまでもずっと見つめていきたい。


フランソワ・オゾンの『しあわせの雨傘』(2010年)で流れる彼女の孫娘の父親でもある歌手のバンジャマン・ビオレとデュエットしたジャン・フェレの曲『C'est beau la vie(人生は美しい)』が番組ラストに流れる。

君のブロンドの髪の中を揺らす風
地平線の上の太陽
シャンソンの幾つか言葉、
なんて美しいんだ、なんて美しいの、人生は、


※このラジオ番組は以下のリンクからPodcastでお聴き頂けます。
http://www.novaplanet.com/radionova/72564/episode-dans-les-yeux-de-catherine-deneuve