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March 11, 2005

『きみに読む物語』ニック・カサヴェテス
小峰健二

[ cinema , sports ]

1989年、「親父」は死んだ。その「親父」をある人は「王の資格を持つ者」と呼んだし、実際「親父」は一時代を築いた唯一無二の存在として人々に記憶されている。「インディーズ映画の父」とも言われるこの「親父」とは、むろんのことニックにとっての実父ジョン・カサヴェテスのことだ。ニックはその偉大なる映画作家ジョンの、あるいは実母であり女優でもあるジーナ・ローランズの軌跡をなぞるように俳優の道を選択する。しかし、父を亡くして数年後、これまた親父の人生とダブらせるようにキャメラの後方に立つことを決心する。そしてもちろんジーナ・ローランズを女優として起用することになるのだが、このようにあまりに親父ジョンと似通った人生を選んだニックは、当然ジョンと比較されるし、ジョンの正統な嫡子として期待されもする。それは最早宿命のようなものなのだ。しかし、おそらく辟易するほど聞かされたであろう、そのような「比較」や「期待」を他所に、ニックは「親父と同じ人生」から決別する。親父とは違う方法を選ぶこと。それは「撮影所システム」で撮ることに他ならない。

むろん親父ジョンも「撮影所システム」の映画を製作している。しかしながら、パラマウントからUAにたらい回しにされた挙句、『愛の奇跡』の編集権を取り上げられ激怒したジョンは、『フェイシズ』で再びインディーズに回帰することになる。親父ジョンにとって「撮影所システム」は肌に合わなかった。それもそのはず完全主義のジョンが編集に数ヶ月かけたのは有名な話しだし、『アメリカの影』にいたっては編集とアフレコに1年半をつぎ込んでさえいる。だが、そんな親父の伝説を尻目にニックは「撮影所システム」のなかに腰を据えることを決意する。親父のような拘りは一切持たず、多くの観客の情動を鷲掴みにする映画をそつなく撮りあげること。これがニックにとっての課題だ。事実、新作『きみに読む物語』は合衆国でロングランヒットしたと言う。また、多くの人が涙を流したらしい。映画のキャッチコピーとその内容が瓜ふたつのようなウェルメイドな映画。『きみに読む物語』はそんな映画だ。むろん撮影所が課した「宿題」としては「合格」である。だが、この映画について、ウェルメイドであること以上に言うことなど何もない。ただ、つかの間の「感動」を与えてくれた『きみに読む物語』も月日を追うごとに忘れ去られていくだろう。逆に、「撮影所システム」には「落第」した親父ジョンが撮ったジーナやピーター・フォークの「顔」、あるいは「階段」の表情を、私は一生忘れることなどできはしない。