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March 26, 2005

『となり町戦争』三崎亜記
渡辺進也

[ book , cinema ]

tonarimachi.jpg第17回小説すばる新人賞を受賞したこの作品の帯には、オレンジ色と黒の混じった文字で大きく次のように書かれている。「発売たちまち大反響 !!」。1月に発売されたこの小説だが、僕の持っている本ではすでに第4刷目である。このことだけでもこの本が売れていることを示していると思う。ちょっと前から知り合いからこの本の噂は聞いていたし、書店に行けば新刊コーナーで大きく扱われている。さて、なぜこの本がこれほどまでに話題となっているのだろうか。それは、帯に書かれている「戦争のリアル」であるとか「卓抜な批評性」ということとは別のことなのではないかと思う。
この小説を手に取ってみようと思う主な理由はやはり題名のなかにもある「戦争」だろう。現在イラクも含め戦争は各地で行われているが、私たちのそのことに対する実感は希薄であると思う。新聞、テレビといったメディアから見えてくる戦争はどこで爆撃があったであるとか、何人死亡したかといったものだ。そうした情報を得ても、自分のいるところからの距離もあって、戦争の悲惨さや痛みといったことは頭ではわかっていても実感としてはよくわからない。それは多くの人にとっても共有できることではないかと思う。そうした私たちの感じている戦争への実感のなさ、それがこの小説のテーマとなっていることは明らかだ。ある日、主人公はとなり町と戦争が始まることを知り、自分の住む町から敵地偵察を行うように命令が下る。しかし、彼のすることはいつもどおり会社に行き、その途中に通るとなり町の様子を報告するだけである。しかも報告をしようにも戦争の形跡はどこにも見当たらなく、町の広報誌に書かれた「今日の死亡者数」だけが戦争が行われているということを垣間見せるだけだ。主人公が戦争と触れる仕掛けもいくつかあるのだが、それだったら村上龍の小説を読んでいるほうが面白い。主人公の彼には戦争の行われている理由に納得できないし、いくら探しても戦争が行われていると感じられることがない。彼はそうした状況に苛立ちを表し、戦争への疑問を持つ。その主人公の態度は決して間違っていないと思うのだが、だからといって彼がそこから何か行動を起こそうとするのでもないし、また彼が考えていることは僕も含めて多くの人が考えるであろうことなのではないかと思う。だからこの小説は主人公の行動、感情といったことに興味を覚える小説ではない。またここで皮肉的に描かれているだろう戦争そのものに興味を覚えることでもない。では僕がこの小説の何に興味を覚えるかというと、この小説がこちらの予想するとおりに展開することだ。そのことの何が面白いのかと思われる人もいると思うのだが、主人公が特に特別な行動をするわけでもなく、主人公の行動が逐一理解できたらそれはそれで面白い。そして、そのことがこの小説が売れている一番の理由ではないかと考えられるからだ。だからもし時間があり、この小説に興味をもたれた方がいたとしたら、戦争の悲惨さや戦争のリアルといったことではなく、「そういうことだよね」と思いながら読んでいただくのがいいのではないかと思う。もちろんそれで終わってしまったらいけないのだが、その先にあるだろう作家の意図を読むためにもそのことは必要なことだと思う。
この本を読んでいる最中は、どこか他人の日記を読んでいるような感覚だった。ところで、「そういうことだよね」と思わせることが「リアル」(これは作者の使っている意味での「リアル」ではないだろうが)であるのかどうかは僕にはよくわからない。

amazon.gifとなり町戦争