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April 04, 2005
『アビエイター』マーティン・スコセッシ結城秀勇
[ cinema]
ハワード・ヒューズ。世界最大、世界最速という文句のつく、いくつもの偉業を成し遂げた男。その称号を戴くにふさわしい剛胆さを持ちながら、その反面、潔癖性でそこから派生した神経症を患う。タイトル通りひとりの飛行機乗りとしてのリスクを積極的に負いながらも、一方で微細な細菌や汚れを異様に恐れる、その振幅に焦点を合わせたのが、『アビエイター』におけるヒューズ像である。
彼の恐怖の根は、冒頭において植え付けられる。彼の母親の「おまえは安全ではない」という宣告で。目に見えない細菌によって人が死ぬ、その危険からお前も逃れることができないのだと説きながら、銀の箱から取り出された深い黒色の石鹸で彼の体を洗う母親のその動作を、後に何度となく彼は繰り返す。
しかしながら「おまえは安全ではない」という母の言葉は、ディカプリオ演じる成長したハワード・ヒューズに対してはこれほど的はずれな助言などないように思える。安全をより近づけ危険をより遠ざけるための権力と金銭を持ちながら、彼はそのようなものとして金銭や権力を行使しはしない。映画の資金が足りなければ、その資金を作った本社を抵当に入れ、1台の巨大な飛行機の制作が滞れば、航空会社自体を抵当に入れる。安全と引き替えにより大きなリスクを買うような男だ。そのような一面は『地獄の天使』の空中戦撮影のシーンに凝縮されている。まったく何の必然性もないように思えるのに、彼はカメラを搭載した機体に同乗する。左翼に据えられたカメラが他機との接触で吹き飛んでしまうと、彼は立ち上がり手にしたカメラを構える。上下前後左右を縦横無尽に旋回し、入り乱れ、煙を吹きながら急降下していく飛行機が視界を埋める。落下や接触という危険と隣り合わせの足場のない空間へ躍り込んでいくのがハワード・ヒューズだ。だから黙視によっては原因を知り得なかった致命的な飛行機事故の後も、再びバカでかい飛行機を宙に浮かすために操縦桿を握ることを彼はまったくためらわないだろう。
だからこそ、彼が目に見えない病原菌を恐れるのはまったく相容れないように思える。だが実際に彼が恐れるのは目に見えない細菌などではなくて、その徴候としての汚れなのだ。襟に付いた汚れ、舞い上がるホコリ、自分のすぐそばにいる見知らぬ男。速度もなく、重量も大きさもなく、気付けばただそこにあるようなもの。彼がより速くより大きなものを手にするにつれ、それらは数を増やしていく。そして最後に、それら恐怖の源は、彼が惹かれてやまない危険を伴うものと同じ根を持つことが明かされる。母親の声が響く、「おまえは安全ではない」。続いて少年時代のヒューズの声が聞こえる、「世界一速い飛行機を作りたい、世界一の映画を作りたい」。
増大する直線的な速度も巨大さも、不連続な速度も微少さも、同じ未来の道のうえにある。進歩でも上昇でもなく、ただ危険な前進としての未来を2時間50分ばかりをかけて、この映画は描く。そしてそのようなものとしての未来は、この映画の終わりと共に姿を消すわけではない。
投稿者 nobodymag : April 4, 2005 10:08 AM
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