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May 23, 2005

『七月のランデヴー』ジャック・ベッケル
藤井陽子

[ cinema , cinema ]

エルヴェ・ル・ルーの『大いなる幸福』で、ナヌ(クリスティーヌ・ヴイヨ)が歌を、シャルリィ(ナタリー・リシャール)がクラリネットを、リュック(リュカス・ベルヴォー)がトランペットを吹くシーンがあったが、『七月のランデヴー』にもロジェ(モーリス・ロネ)がトランペットを吹くジャズのシーンが登場した。数人の男女が集まってくっついたり離れたりする共同体(友人どうし)は、まるでジャズバンドのようだ。基本となるコードをもとに、時には奔放に、時には相手の様子を見ながら、それぞれの個性でメロディーを作りだし、ひとつの曲をなしていく。それは『大いなる幸福』に出てくる映画や喜歌劇を見るシーン、夜明け前のまだ青い窓の外を並んでぼんやり見つめるシーン、そして『七月のランデヴー』での演劇をみなで見るシーンにも通底する「幸福」だ。つまり何人かが集まって一緒に同じものを見たり聞いたり感じたりしていながら、それぞれがそれぞれを縛ることなく紡ぎだしていく「幸福」だ。
『七月のランデヴー』のことを調べていたとき、この映画が撮られた1949年が、第一次インドシナ戦争のさなかであることに気が付いた。49年はフランス傀儡ヴェトナム国が建国された年でもある。言わずもがなだがこれは後にヴェトナム戦争へと発展していく戦争だ。『七月のランデヴー』の最後のシーンは、男たちが飛行機に乗って(民俗学の研究調査旅行という名のもとにではあるが)去っていってしまうというものだった。また51年にベッケルは『エドワールとキャロリーヌ』と『肉体の冠』を撮っているが、『肉体の冠』の最後のシーンにも暗い画面の中に「担え銃」の掛け声が響いていた。戦争の影はあからさまに描かれてはいないが、ふとした瞬間にちらつくようなのだ。思えばベッケルは、44年にドイツの占領下からフランスが解放されるまでも、解放後も、「フランス映画解放委員会」や「フランス映画擁護委員会」に参加し、映画制作を続けながらレジスタンス運動やデモを行っていたという。ジャン・グレミヨンが『六月六日の暁』というルポルタージュを撮るなど、戦後はレジスタンスを主題とした映画が多く撮られた状況のなかに身を置きながら、ベッケルは一貫して、人間、それも人間の持つ生々しい感情にまなざしを向け続け、それを描き続けていた。
 複数の人間が集まって行動し、同じものを見たり聞いたりする。「戦争」も「レジスタンス」も持っているこの性質を、ベッケルは「幸福」の方向に描く。それは逃げでも無責任でもない。ベッケルは「幸福」の可能性に挑戦している。それは強い信念を持っていなければできることではない。

記憶、引用、回想の中の映画
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