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August 16, 2005

『白州次郎、占領を背負った男』北康利
梅本洋一

[ book , sports ]

sirasu.jpg 今日は日本が太平洋戦争に敗れた日だ。「耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び……」という玉音放送の日だ。
 最近──ここ10年ぐらいのことだろうか──、戦前をヨーロッパで過ごした人たちに興味を持っている。フランス文学で言えば、久生十蘭、獅子文六──東大系ではない傍系の人たち。イギリス留学組では、白州次郎、そして大倉喜七郎……。こうした時代をヨーロッパで過ごすことは、今に比べれば本当に例外で、皆、育ちが良く、大金持ちの子息が多い。今なら、ヨーロッパで暮らしていても、別に日本の代表でもなければ、アジアの代表でもない。フットボールで言えば奥寺の時代ではなく、中田以降の時代なのだ。カズの失敗は彼がいつも代表だと自ら思いこんでいたことだろう。そんなことはどうでもいい。
 問題は白州次郎だ。とにかく、この人は外見が格好いい。神戸一中を卒業して、日本が合わずにケンブリッジに入学。優秀な成績で卒業。日本の旧制中学にいた時代からクルマを買ってもらい、ケンブリッジ時代はオイリーボーイと呼ばれていたらしい。父の急死で日本に戻り、いろいろな地位を得て活躍した。この本は、敗戦後、吉田茂の懐刀としてGHQと対抗した彼の人生に焦点を当てている。外交官出身の吉田茂の英語も白州のそれに比べてぜんぜんダメだったらしい。占領下の日本からサンフランシスコ講和条約を結ぶまでの白州の八面六臂の活躍が描かれている。この人が格好いいのは、普通、この人のように活躍すれば、その後に政界に出て自民党の幹部を歴任したりするのだが、この人は、だいたい日本の戦後が軌道に乗ると、鶴川に引っ込み、自給自足のような「カントリージェントルマン」の生活を送ったことだ。もちろんポルシェで軽井沢の別荘にも通ったし、ゴルフの腕前もすごかったようだし、奥さんはあの白州正子だ。
 この本を読んでいると、政治というのは妥協の連続で、どうやってやりたいことの51パーセントを得ていくのかだ、ということがよく分かる。もちろん白州次郎は、彼の「プリンシプル」を持って行動したのだろうが、いろいろな「周囲の都合」が重なり、彼が主張した講和条約締結後の天皇の退位も実現しなかった。しかし、今あるようなこの国の軌道の一部を白州におっていることはまちがいないだろう。だが、ぼくにとって、この本の中で興味深かったところは、白州が行った数々の政治的な行動よりは、彼が銀座のよこたの寿司が好きだったことなど、些末な事柄だ。今の目で見ても、その些末な嗜好が実に趣味がよい。白州が仕えた吉田茂の息子の健一もよこたの寿司が好きだったのではないだろうか。白州は、小林秀雄や河上徹太郎と旧制中学の同級生だったが、文学にはほとんど興味はなく、そちらは白州夫人に譲っていたようだ。