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December 23, 2007

『接吻』万田邦敏
黒岩幹子

[ cinema , sports ]

住宅街にあるコンクリートの階段を上がっていく男の後ろ姿からこの映画は始まる。手すりをつかみながら上っていくその足取りはいくぶんヨロヨロしているが、彼が疲れているのでも酔っているのでもないことは一目でわかる。くたびれたジャンパーを着たその背中はすっと伸びている。
彼はほどなくして殺人者となる。河原で逮捕されるのを待っている彼の姿が再び後ろから映される。両腕を大きく広げるとき、その背中はまるで鳥が羽を広げるように美しく見える。しかし、ボールがとんできて振り返ったそのジャンパーの胸には血が汚くこびりついている。


その殺人者をテレビで一目見て夢中になった女は、裁判所に通い詰め、一言も声を発しない彼の声を聞きたいと願う。その願いが叶えられるとき、彼女は男の声を彼の背中から聞く。男に「一緒にいる」ことを許された彼女は、拘置所に面会に訪れては、牢に戻る彼の後ろ姿を見送り続けることになるだろう。
一方、そんな女の「一途さ」を心配する弁護士もまた、自分に向き合ってくれずすぐそっぽを向いてしまう彼女の背中を追いかけ、彼女の背中に語りかける。
彼らは想いを寄せる者の背中を見てその想いを募らせている。だが、背中を見続けるということは、彼らが想いを寄せる者は常に彼らより先に去ってしまうからにほかならない。
そんな背中への視線がこの映画をつくっているように思った。


最後に女=小池栄子がふり向きざまに叫ぶ声とその後ろ姿が忘れられない。