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January 23, 2008

『人のセックスを笑うな』井口奈己
梅本洋一

[ cinema , photo, theater, etc... ]

 山崎ナオコーラの原作をぼくは読んでいない。だから原作と比較してどーのこーのとは言えない。でも、このフィルムは大好きだ。快晴の田園地帯を2両編成の電車が走り、遠くに山々が霞んで見える風景の中に住む登場人物たちの話だ。19歳の美術学校の生徒「みるめ」と、39歳のその学校のリトグラフの先生「ゆり」の恋物語だ。
「ゆり」が詳細にリトグラフを作るプロセスがいい。「みるめ」が「ゆり」の指導でリトグラフを作っていくところがいい。毛布にくるまった「みるめ」と「ゆり」が、石油ストーブに灯油を入れるまでのプロセスがいい。エアマットがだんだん膨らんでいくところがいい。映画とは、いつも何かの「プロセス」を見せてくれる。もちろん、ふたりの恋のプロセスも見せてくれる。「みるめ」と「ゆり」がどんな人なのかもだんだんと分かっていく。ぼくら、このフィルムを見ている者にとっては、舞台になっている桐生の美術学校に行っている生徒にはどんな目的があるのだろうかと悩んでしまうところだが、「みるめ」に心を寄せる同級生の「えんちゃん」も、学校を辞めちゃおうかな、だってウチは看板屋だし、と言っていた。みんな悩んでいるのだ。「みるめ」も「ゆり」も、そして「ゆり」の「夫」(!)である「猪熊さん」も、いつもにこにこしているけれども、きっと悩んでいるにちがいない。登場人物が、どんな空間に住んでいて、どんなことをして生きているのか、とても詳細に描かれている。井口さんの手つきには好感が持てる。このフィルムが始まった瞬間から、これこそ映画だ!、と思える時間が展開していく。最近の映画では、そんなことは滅多に起きない。井口さんは、きっと映画とは何なのかを身体的に知っている人なのだと思う。
 でも、批評家面してそうやって、このフィルムに賛辞を贈るのが、ぼくはちょっと心苦しい。素晴らしいフィルムだということを前提に、これから書くことを読んで欲しい。
 このフィルムに映っている風景とこのフィルムで生きている登場人物たちを目の当たりにして、ぼくは、とても哀しくなった。ぼくは、「みるめ」に完全に同一化してしまった。そして「ゆり」が好きになってしまった(その意味で、「みるめ」を演じている松山ケンイチと「ゆり」の永作博美がすごく良かったのだ)。いろいろなことを思い出してしまった。ぼくにも、この映画みたいなことが起こったことがあるからだ。でも、同時に、これからのぼくにこんなことが起こるだろうかと考えて哀しくなってしまった。ぼくは、だいぶ年上の素敵な女性を見て、心がときめくことなどもうないだろう。だから、その人が消えてしまってこんなに悩むことなどもうないだろう。そう思うと、とても哀しくなってしまった。ぼくの救いは「猪熊さん」かもしれない。

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