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October 8, 2008

パリ・ドアノー/ロベール・ドアノー写真展@日本橋三越ギャラリー
梅本洋一

[ music , photograph ]

 ワインやチーズなどを買い求めるおじさんおばさんでごった返すフランス・フェアー開催中の日本橋三越でロベール・ドアノー展を見る。
 この著名な写真家について解説する必要などないだろう。アンリ・カルティエ=ブレッソンと並んでパリの特権的な瞬間を写し続けた写真家だ。かなり狭い会場に膨大な写真が展示されている。ここもおじさんおばさんで満杯。いくら伊勢丹が親会社になっても、三越のブランドイメージはそんなに変わっていないようだ。もちろん、もっと若い人たちにドアノーの写真を見て欲しいけれど、おじさんおばさんに見る権利がないと言っているわけではないし、ぼくもおじさんのひとりではある。
 ドアノーのモノクロの写真はやはりすごい、すごいと同時に良い。とても良い。ぼくもパリに住んでいたので、どこだか分かる写真もたくさんある。多くの写真には、撮影された年代と場所と、それに被写体が有名人の場合は、その人の氏名が出ている。レーモン・クノー──そう言えばクノーが第1回目の受賞者になったドゥマゴ賞の日本版の授賞式が一昨日あって、中原昌也が受賞したパーティーにぼくも参加したのだった──、ジュリエット・ビノシュ、サビーヌ・アゼマ……。そうした著名人たちの一瞬も多くの一般人の写真と一緒に展示されている。固有名が載っているので、ぼくらは被写体が有名人だとわかるだけだ。そんな中にすごく好きな一枚が見つかった。「プティ・サンブノワのテラスのマルグリット・デュラス」がそれだ。デュラスがサン・ブノワ街に住んでいたことは知られている。ドゥマゴのすぐ裏で、ぼくらにとっては、サンジェルマン大通りとパリのABCであるラ・ユンヌのアングルから始まるのがサン・ブノワ街だ。そしてプティ・サンブノワというのは、パリでもっとも古いビストロのひとつで、1800年代末期から今日に至るまで同じ料理を出し続けている。すごく美味しいわけではないが、飽きの来ない伝統料理を出す店だ。ある夏にぼくはサン・ブノワ街に1ヶ月ほど住んでいたことがある。デュラスを写した一枚は1950年代の作品だけれど、周りの風景が切れていて、デュラスとテーブルしか写っていないから、そこから綺麗に年代が消えているように感じられる。今ちょうどぼくがサン・ブノワ街を歩いていって、プティ・サンブノワに入ると、そこのテラスに若きマルグリットがいるように感じられるのだ。
 ぼくがサン・ブノワ街に住んでいた1992年にも、プティ・サンブノワではないが、そのそばのレストランで彼女を見かけたことがあった。脇を若い男に支えられて、レストランに入ってきた。そして、今、マルグリット・デュラスは亡くなっている。つまり、ドアノーの写真をぼくがとても素晴らしいと思うのは、そこに撮影した年と場所が記載されていても、結局、そんなことはどうでもよく、まるでさっき撮影されたように見えるからなのだ。プティ・サンブノワのマルグリットはもういない。けれども、写真の中でとても若くそこにいる。ぼくが隣に座って話しかけられるかのように。ドアノーはそんな写真をぼくらに見せてくれるのだ。

日本橋三越新館7階ギャラリーにて10月13日まで展示中