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November 27, 2009

『女優 岡田茉莉子』岡田茉莉子
梅本洋一

[ book ]

 ひとりの人の人生を振りかえると、そこにはいくつもの偶然とその偶然から生まれた出会いと、それに伴う感動がある。その人が、女優という人に感動を与える職業なら、そして、その女優が映画という、感動に満ちた世界を自分の世界にしているなら、その人の人生を自伝という形で読むとき、読者は、まるで映画を見るように、否、映画そのもののように何度も涙を流すだろう。
 そして1951年、18歳で女優としてデビューして以来、現在に至るまで活躍を続ける岡田茉莉子さんが、その自伝の書き手であるなら、その感動は幾重にも広がっていく。女優の自伝には別のライターがいて、聞き書きをしたものをまとめてある場合が多いが、この本は、岡田さん自ら執筆している。それも過不足のない適切な文章で、しかも、詠嘆を込めずに、起こったこと思ったことが率直に述べられている。この文章そのものが岡田さんの演技のようだ。
 今なら誰でも知っている事実を、高校二年生の岡田さんご自身が知らなかったことが、これらの文章のエンジンになっている。岡田さんは、たとえば小津安二郎の『東京の合唱』、溝口健二の『滝の白糸』に主演した岡田時彦の遺児であることは皆が知っていることなのだが、高校2年の岡田さんは、それまでそのことを知らずに育っている。疎開中の新潟で、偶然見た『滝の白糸』について、家に帰ってから母に話したことで、後の女優・岡田茉莉子の出自が母の口から語られ、以来、まるで父の姿を求めるように映画界に身を投じる岡田さんの姿を読むと、映画に、強制収容所で死んだ父の面影を求め続けた批評家セルジュ・ダネーの姿を重ね合わせてしまった。「わたしが映画を見ている」のではなく、「映画がわたしを見ている」。つまり、父である映画にわたしは見つめられている。
 そしてある日、小津安二郎からの依頼で岡田さんは『秋日和』に出演することになる。小津は岡田さんを「お嬢さん」と呼ぶ。それに不満だった岡田さんはその理由を小津に尋ねる。「だって君は岡田時彦の娘じゃないか。だからぼくにとってはお嬢さんだよ」。撮影がない週末、小津は岡田さんを横浜のダンスホール、ブルースカイに誘う。岡田時彦は横浜で育った。父が昔踊ったダンスホールで、父の代表作をつくった父と同じ歳の映画監督と踊る岡田さん。まるで父と踊っているような感覚がする。
 その後の吉田喜重監督と岡田さんのタンデムが、日本の映画に、いや世界の映画に果たした大きな役割は、『秋津温泉』から『鏡の女たち』の作品が示してくれる。その道程がいかに苦難と困難に満ちたものであろうと、ぼくらは、このタンデムに感謝する他はない。