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June 1, 2010

『_』group_inou
田中竜輔

[ music ]

 タイトルの『_』は正確な表記ではない。ジャケットのデザインを見ればわかるように、その「棒」はどうやら地に突き刺さって斜めに傾いている。さながら「/(スラッシュ)」のようだが、しかしそうではない。これはあくまで『_(アンダーバー)』であるという。『_』とは彼らの名義である「group」と「inou」を繋ぐ、いわば自己言及的な記号である。しかしこの記号がそもそもどのような関係を示すものなのか(たとえばそれは「‐(ハイフン)」とどう違うのか)、ということについて、group_inouが明瞭な答えを与えてくれたことはない。それは「俺たち なんだか 記号/ずっと前からアンダーバー」でしかない、それはただ「引かれた線だけ」のことなのだと、#3「STATE」で歌うcpの言葉を受け入れれば事足りてしまうことなのだろう。しかし「引かれた線だけ」であったはずのそれは、どうやら3次元の空間に侵入し、光を浴びれば影を生む立体であるということが、このジャケットからは見てとれる。しかも地面に突き刺さっているのだから、そこには少なからぬ質量があるのだろうし、その先端はおそらくかなり鋭利だ。とにかく、『_』とは決して安全なものではなく、ときには凶器になりうるような何かなのである。
 このアルバムを少なからぬ周回聴き通してみて、過去作と比べての一音一音の洗練された佇まいや、そのアレンジの幅の広がりについて大いに感じ入るばかりなのだが、しかしそれは決して「調和」という一語に簡単に喩えられるものでもないと痛感する。cpとimaiは、互いを食ってかかろうとするアグレッションを過去最大に高めている。おそらく過去最速BPMの#6「MYSTERY」の冒頭、いきなりエンジンフルスロットルで音を連ねるimaiのトラックに対して「ちょっとヤンチャし過ぎたんじゃねーのか?/なぁ/来いよ」と煽り立てるcpの煽りも、#8「ELEPHANT」のシャッフルビートを呼び込む「ワン・ツー・スリー」というcpのカウントに続くimaiのトラックのスピードのズレもひどく挑戦的なものだ。
 しかし、ここには決して「対立」が生み出されているわけではない。それは生ぬるい。ここにあるのは己の領域から相手を食い破ろうとする異種間の「共喰い」なのだ。重要なのはその過程における「接触」のプロセスにある。
 これまでになくメロディを歌い上げているように聴こえるcpのMCと、これまで以上に図太いリズムでノイジーに音を積み重ねているように聴こえるimaiのトラックだが、じっくりと聴き入ってみれば、彼らが特別これまでと比べて新しいことをやっているわけではないことは明らかだ。むしろ彼らはこれまで以上に自分の領域に頑なに留まり続けようとしているのではないか。group_inouの音楽は、これまでもそうであったように、「声」の可能な領域と「電子音」の可能な領域がそれぞれの立ち位置にガッシリと立脚したまま、ガチンコでぶつかり合うシチュエーションを多元多層に展開する音楽である。ゆえにその構造は極めてシンプルなディテールに基づいていると言えるのだが、そこから生み出される色調は彼らと似たような音楽を奏でる少なからぬ人々と比べても圧倒的に複雑な様相を呈している。
 cpとimaiは、「/(スラッシュ)」で明快に領域を区切られてそれぞれ勝手に音楽をやっているわけではないし、「‐(ハイフン)」で容易く繋がれて仲睦まじく音楽やっているわけでもない。隙あらば互いを貫こうと平地から隆起する斜めの『_(アンダーバー)』の暴力性に基づいて相互の浸食を図っている。そのスタイルは過去作『FAN』『ESCORT』からも聴き取れたが、今作に至ってその方法論はより複雑化し、しかし同時により鮮明な像を結んでいるように思えた。楽曲ひとつひとつのヴァラエティを広げつつ、そこには一貫した確固たるフォルムがある。繰り返しになるが彼らの音楽を構成する細部の単純さは、その組み合わせによって生まれるグラデーションの濃淡にある無限の変化を生み出すためのひとつの賭けであり、だからこそ小手先の語彙力や音数や音色の変化で色を増やそうとなどという浅薄なアイディアなど彼らには無用なのだ。
 彼らふたりのこのストイックで複雑で、しかし決して閉じられることのない「ポップ」の強度を実感するためには、まずはその音楽に形振り構わず身を晒し貫かれる必要があるだろう。


2010年6月2日発売
group_inou / 『_』発売記念公開インタビュー&ミニライブ
2010年6月18日(金)19:30 タワーレコード渋谷店 B1「STAGE ONE」