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October 26, 2010

『そして、地に平和を』 マッテオ・ボトルーニョ、ダニエレ・コルッチーニ+『ハンズ・アップ!』ロマン・グーピル@東京国際映画祭
結城秀勇

[ cinema ]

ローマ郊外の低所得者層向け集合住宅を舞台とする『そして、地に平和を』は、ひとつの場所を描こうとする試みであるだろう。
長い刑務所生活から帰ってきたひとりの服役囚を観察者として、非常にフォトジェニックな大型の集合住宅の姿が切り取られる。ある共同体への帰還者の視点を通じて、高い建物に見下ろされる公園や広場や駐車場は、単に荒廃した地方都市の生活のドキュメントとなるのではなく、サーガ的な空間が立ち上がる場所になる。空虚でありながら濃密な空間を作り上げる監督たちの手腕は確かなものだと感じた。その一方で、プレスに書かれた監督の言葉にある「崇高かつ厳粛な価値」という部分には全面的に賛同しかねる部分もあり、とりわけレイプされた女性を俯瞰でゆっくりとなめるショットにそれを感じた。
ロマン・グーピル『ハンズ・アップ!』。いきなりサヴォア邸のファサードが映し出され驚くが、しかもそれが2066年という近未来の建物であるという設定にほほえんでしまう。老女が不法滞在者として過ごした自分の少女時代を振り返るという構成もユーモラスだが、不法移民の問題を少年少女の甘酸っぱい恋を織り交ぜた冒険譚で描き出すというスタンスに非常に好感を覚えた。
サヴォア邸にもどこか似た、換気扇や排水管で構成される幾何学的な裏街を通り抜けて、子供たちは隠れ家へと至る。そこで彼らはコピーしたゲームDVDを売りさばく算段をし、通気口から続く倉庫から食料を無断で調達してくる。彼らは何よりもまず、この地形に誰よりも習熟した者たちなのであり、子供だけに聞こえる高周波の着信音を用いた携帯電話や、秘密の暗号などによって武装している。皮肉なことにそのうちのひとりは、そこにいる権利を持たない者、そこに留まってはならぬ者なのだが、それを強制する権力に抵抗して彼らがとる手段が、「そこからいなくなる」というストライキなのは面白い。彼らはその場所を誰よりも知悉しているから、その場から姿を消すのだ。彼らの作戦が、図らずも遠く国境を越えた子供たちに伝播し、要求を通した勝利の凱旋であるべき瞬間になぜか「降伏」をしめすジェスチャーをしてしまうという件に、彼らが獲得したものと失ったものが同時に映し出されているようで感動した。

東京国際映画祭にて上映