« previous | メイン | next »

May 18, 2011

ジロ・デ・イタリア2011 第1週まとめ
黒岩幹子

[ sports ]

 この季節、私は俄然ヨーロッパに行きたくなる。なぜって、自転車ロードレースの三大レース、グランツールが始まるからだ。5月のジロ・デ・イタリア、7月のツール・ド・フランス、そして8~9月のブエルタ・ア・エスパーニャと、夏はグランツールで始まり、グランツールで終わるのだ!
 さて、5月7日に開幕したグランツール第1弾、ジロ・デ・イタリアは「主催者がドS」と言われるほどに苛酷なルート設定で知られる。要は平坦で幅広い、舗装の行きとどいた道が走りやすいわけで、たとえば最高峰のレースに位置づけられているツール・ド・フランスの場合でも全行程の3分の1はそのような走りやすい道(言い換えればゴール前のスプリント勝負になるコース)が設定されているが、ジロの場合は6分の1弱しかない。山岳ステージが多く、その勾配もきついだけでなく、平坦ステージでもゴール前1㎞になって突如急カーブのある坂が現れたり、ぐねぐねした砂の未舗装路(ストラーデ・ビアンケ)を20㎞近く走らされたりする(去年はそこで大雨が降って、選手はみんな泥だらけにさせられた)。
 そういうコースの面白さに加えて、今年は出場選手が例年にも増して大物揃いだ。7月のツールに照準を合わせる選手はジロには出場しないことが多いため、必然的にツールより有名選手が少ないのが常だが、今年はちょっと事情が違う。まず、現役唯一のグランツール制覇者であるアルベルト・コンタドールが、優勝した08年以来3年ぶりに出場(昨年のツールでの薬物使用疑惑により今年の同大会に出場できない可能性が高いため)。そして、09年の優勝者デニス・メンショフと08年のツール覇者カルロス・サストレのWエースを擁するジェオックスもツールへの出場権がないため、ジロに本腰で臨んでいるはず。さらには、昨年ジロでチームメートのバッソのアシスト役ながら総合3位に入り、ブエルタで総合優勝したヴィンチェンツォ・ニバリや、昨年のジロ4位で今季好調が伝えられているミケーレ・スカルポーニといった地元イタリアの選手の層も厚い。そして09年のツールのシャンゼリゼで逃げをうち、敢闘賞に輝いた別府史之選手も出場と、豪華な顔ぶれが揃っているのだ。

 こうして大きな期待とともに23日(休息日2日含む)に渡るイタリア1周の旅が始まったわけだが、ここでは最初の休息日(16日)までの9ステージを振り返りたい。退屈なレース展開の日があるのもグランツールの醍醐味ではあるのだが、9ステージ分まとめて書いている都合上、いくつかのハイライトに触れるだけにとどめておこう。
 第3ステージ、昨年の同じステージで優勝したワウテル・ウェイラント選手が落車事故で死亡するという悲劇が起きた。彼の死を受けて、第4ステージはノーコンテストの追悼走行になった。不謹慎な見方かもしれないが、その粛々と進んでいく自転車の群れから94年に渡る伝統の重みが感じられた。
 その翌日の第5ステージ。ジロ名物の未舗装路ストラーデ・ビアンケが登場。昨年は大雨に降られたが今年は快晴、あちこちで大きな砂埃が立ちのぼった。昨年ここで落車して必死の追走を強いられた二バリがこの未舗装路、しかも下り坂でぐんぐん踏んで仕掛けたのには胸が踊った! 結果的には、集団を形成してすぐに追いついてきたライバルたちとの差を広げられなかったが、ひとまず攻めのポーズを示しただけでも良し。それは、逃げきって優勝したウェーニングに届かなかったものの、ゴール前2㎞で集団を牽引してペースを上げたスカルポーニにしても然り。今大会のニバリやスカルポーニは優勝候補のひとりではあるが、あくまで挑戦者という立場。ガツガツ攻めてほしい。
続くハイライトは第7ステージ。今大会最初の山頂ゴール(標高約1200m)を迎えるステージで、総合優勝を狙う選手たちが動き始めると思われた。が、予想外の展開が起こった。牽制し合い、ペースがなかなか上がらない集団から、ゴール前7㎞でバルト・デクレルクという選手が飛び出した。プロ1年目で総合上位でもないこの選手を追いかける者は誰もいなかった。が、あれよあれよという間に30秒以上もの差が開く。ようやくスカルポーニが猛追を始めたのは昨日と同じくラスト2㎞に入ってから。ニバリを始めとする各チームのエースがスカルポーニに続く。そして、足に疲れが見え始めた新人デクレルクの後ろに、スカルポーニを先頭にしたツワモノたちがスプリントをしかけ猛スピードで迫ってきた。後ろ!後ろ! そして新人くんが追い越される直前、そこにゴールラインがあったのだ。稀に見る僅差での逃げが決まった瞬間だった。呆然とするスカルポーニ……連日仕掛けるも、連日仕掛けるタイミングの遅さに泣いた。
 そして前半最大の山場である第9ステージ。シチリア島はエトナ火山の噴火口の下、標高約1900mがゴールのこのステージで、一番活躍が期待されていたのはシチリア出身のニバリだった。しかし、動いたのはニバリではなく、絶対王者であるコンタドールだった。
 前日第8ステージから予感はあった。その平坦ステージのラスト2㎞で突如現れた急坂の折り返しで、その日優勝を飾ることになる“登れるスプリンター”ガットを唯一追いかけたのが、他でもないコンタドールだった。総合優勝を狙うコンタドールがこのステージでアタックするとは、彼と彼のチーム以外誰も予想していなかったのではないか。が、予想がつかないところでも、予想がつくところでも、確実にアタックを決める、それがコンタドールの強さだということを、この2日で改めて思い知らされることになる。
 エトナ山で、他の選手とは明らかに異なる回転数で集団を飛び出したコンタドールの自転車をただひとりカバーに入ったのはまたしてもスカルポーニだった。が、追いついたのも束の間、スカルポーニは一気に失速。ずるずると離され、マイペースで登ることを選んだニバリさえ追い越されてしまう。その間、コンタドールはまったく速度を緩めることなく、さらなるアタックを仕掛け、先に逃げていた選手をも追い抜き、引き離し、何と後続に1分近くの差をつけて1位でゴール。大会9日目で総合リーダーのジャージ=マリア・ローザを手にしてしまった。
 昨年辛くもツールを制したコンタドールと他の選手との力の差がここまで大きいとは思っていなかった。逆に、去年どれだけ調子が悪かったのかと呆れるほどの圧倒的な強さだ。残り2週間、一度袖を通したリーダージャージを手放した経験のないコンタドールが首位から陥落する可能性はかなり低い。今年の総合争いは終わったとがっかりしている自分がいる。でも、観戦者としては、ハプニングや奇跡の力を借りてでも大逆転を期待するのが当然だ。
 現時点で、コンタドールを逆転できる可能性が残されているのは、たぶんニバリだけだ(スカルポーニは後半に2回ある個人タイムトライアルが不得意だから厳しい、タイムトライアルが速いメンショフはすでにタイム差が開きすぎている)。ニバリに勝機があるとすれば、05年以来の登場となる未舗装路の超級山岳と、得意のダウンヒルがあるステージでコンタドールを組み伏せられるかどうかだろう。
 残り12ステージ。まだまだ長い道のりが残されている。