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September 28, 2011

ラグビーW杯2011──(5)ジャパン対カナダ 23-23
梅本洋一

[ DVD , sports ]

 カナダを応援していた人たちは、ラスト10分かなり感動したのではないか。8点差からトライ、そしてコンヴァージョン失敗、最後にPGで同点……。アマチュアの選手が多いカナダは誠実なプレーで頑張った。アンフォースト・エラ−を2割減らせばジャパンを突き放すこともできたろう。一方のジャパンも、トンガ戦を反省して、まずエリア・マネジメントをしっかりやって──つまり、イチカバチカではなく、がっぷり四つに組んで──敵陣で勝負というまっとうなゲームメイクを試みてきた。(こういうゲームになると、正直、面白くないのも事実だ。だって強い方、上手な方が勝つんだから。つまり、カナダとジャパンは実力がだいたい同じくらいということだ。)
 JK率いるジャパンのW杯キャンペーンは、結局、前回と同じ結果に終わった。いや、前回は、ひょっとしたらフィジーに勝つんじゃないか、という「匂い」を感じさせたし、対カナダ戦も最後の最後に同点に追いついたのだから、今回のカナダ・サポーターと同じように、ちょっぴり感動もしたはず。だから、ジャパンは、前回大会の方が良かったということになる。結果的には前回以下に留まったということだ。
 5年近くのJKの長期政権は失敗だったというのが総括だ。JKは、就任当初こそ「早く、低く」をスローガンにしていたが、何度も書くとおり、「早く」も「低く」もない、いたって普通の中庸なチームがジャパンだ。こういうチームを前にすると「処方箋」を書くのがすごく難しい。この中庸なチームを上昇させるには、ブレイクダウンを強く、スクラムを強く、そしてキックも正確で距離も出るSOと、100キロ近いウェイトがあってスピードもそれなりにあるハードタックラーのセンターをふたり、そして50メートルを5秒台で走れるウィングをふたり……。ワラビーズにもオールブラックスにもぜったいになれないジャパンに、そうした究極の理想のチームを目指させるなんて所詮無理なストーリーだ。
 だから、多くの論者が言うとおり「ジャパン・オリジナル」を創造──継承する人がいないのだから、もう創造するしかない。では、「ジャパン・オリジナル」って何? ぼくら年寄りにとって、それは大西ジャパンでしかない。そして、細々とだけど大西ジャパンを継承し、まるでグリオのように口承伝承している横井章氏の「ノー・モール、ノー・ラック」のラグビーが遙か彼方に存在しているだけだ。「接近、連続、展開」(順番はこの通りじゃないという人、ごめんなさい)だ! だが、世界のラグビーは、フレンチ・フレアが影を潜め、フィジアン・マジックがもう幻でしかないように、均一なスタイルに向かいつつある。アーリッジやニコラスのように(もちろん、このふたりが「絶好調」だったら2勝も現実味があったと思うが)、飛鳥時代の「帰化人」のように、グローバルなラグビーを極東に移植する人材がジャパンの中心にいる事実も記しておいた方がいい。
 しかし同時に、ブレイクダウンからボールのリサイクルの連続で、数的な有利を作り出して、最終的にトライを奪うラグビーばかりが横行している現実に、ぼくら観客はもう飽き飽きしているのも本当だ。だから、ワラビーズ対アイルランド戦のように、互いがノー・トライに終わるゲームが醸し出していた「小さな差異」を見つけ出して、ラグビーの面白さを再確認した。そして、もうひとつのフットボールであるサッカーを思い起こせば、フォーメーションについての議論は、永遠に続いている。ここ数年は、4-2-3-1を趨勢だが、セリエAの全盛期には3-4-1-2が主流だったことを思いだそう。そして、今年のバルサは、セスクを得て、ときには3-4-3というフォーメーションを採用している。つまり、ラグビーについても思考を重ねればまだまだ新たな可能性があるはずだ。今回のW杯でよく分かったことは、グローバル化に邁進してもジャパンのラグビーには可能性がないということだ。グローバル化とは別の方向で、新たな可能性を想像してみることだ。
 だが、W杯もこれからが「本番」。ゆっくりとゲームを楽しもう。別の可能性を見つけだしてくれるチームがあるだろうか?