« previous | メイン | next »

October 25, 2012

【TIFF2012】レポートvol.02 10月22日(月)
増田景子

[ cinema ]

この日は当日券の列に並ぶところから始まった。お目当ては在仏カンボジア人の若い監督の撮った『ゴールデン・スランバーズ』(監督:ダヴィ・チュウ)。ポル・ポト政権前の幻のカンボジア映画全盛期といってもピンとこないが、見た人は誰もがおもしろいと口を揃えて言うこの映画のために朝から並んだのだ。座席指定やチケット発券で時間がかかっているのだろう、新しい映画史との出会いに胸をふくらましつつも、列の進みの遅さに業を煮やしていた。


だが『ゴールデン・スランバーズ』の上映が始まるとそんな些細なことは忘れ、かつて監督や女優だった人々の口から紡がれる映画の都プノンペンに思いを馳せずにはいられなかった。カンボジアでは1960年から1975年の15年間で約400本の映画が製作されたという。しかしそれらの映画たちは、いまや写真やポスター、音楽、建物、そして人々の記憶といった断片から想像することしか許されない。カンボジアの若者たちもそれは同じである。映画のなかで登場する、かつてのカンボジア映画(人気男優がヌードになったというシーン)を再現しようとする若者たちも、話をもとに自分たちで議論を重ねていくしかない。かつて映画館だった場所で生活するものでさえ大半はそんな過去は知らないようだ。なぜならばものは焼打ちにあい、映画人たちは殺されるか国外逃亡するかで、映画は文字どおりポル・ポト政権によって根絶やしにされてしまったのだ。

その事の重大さは断片から推測する失われてしまった映画の豊かさからも測れるのだが、それ以上に映画を語るかつての映画人たちの話しぶりからひしひしと伝わってくる。現在の仕事場では見られなかった華やかさを取り戻す元人気女優。自分が生み出した撮影技法について得意気に語る元監督。その眼は現在でなく遠い過去を見つめている。あまりにも辛い過去で口をつぐみそうになった元プロデューサーもいた。きっと彼らの栄光がつまった映画のことをそれまで語らなかった、いや語れなかったのだろう。いくら素晴らしい功績を残したとしても過去を捨てて、現在を生きるしか彼らに残された道はなかったのだ。
とはいうものの、この映画は悲しみにくれたものでも、ノスタルジーに浸っているわけでもない。深刻な内容の一方で、かつてのカンボジア映画が持っていた明るさやエネルギーがこの映画にも満ち満ちている。このエネルギーがどこに向かうのか、若い監督の作品だからこそ気になるところである。


2本目はインドネシア映画『ティモール島アタンブア39℃』(監督:リリ・リザ)。2002年の東ティモール独立の際に国境付近のアタンブアに流れ込んだ難民の映画である。しかし印象に残ったのは、難民問題や彼らの貧しさではなく、少年の少女に恋い焦がれる姿だ。ただ黙って祖父の墓をつくる少女の手伝いをすることしかできない少年。彼がどれだけの距離を、どれだけの時間、岩を担ぎながら少女と歩んだのか、ただそれを見ていたかった。しかし、そんな少年のひたむきな姿は演出や編集によって邪魔されてしまう。映画だからこそ見せられる距離や時間をもっと見せてほしかった。ただそれにつきる。


3本目は日本の『少女と夏の終わり』(監督:石山友美)。瞬時に噂が広まってしまうような田舎でふたりの少女が夏を経て、変わっていく様を描いた作品。別にこの作品に限ったことではないが、若手日本人監督の映画を見ると、言葉が浮いてしまっている、もしくは土地から人物が浮いていしまっているシーンがしばしば見受けられる。言葉と土地が俳優になじんでいないということなのだろうか。ただでさえ映画というものは観客と映画のあいだにスクリーンという越えられない壁をもっているメディアである。さらに壁をつくろうとする必要なんてない。この現象は深刻に捉えてもいい気がする。もしかすると多くの日本のインディペンデント映画に見受けられる流行病なのかもしれない。ちょっとここで結論を出すのはあまりに胆略的といえよう。


4本目はイタリアの『ニーナ』(監督:エリザ・フクサス)。映画祭プロデューサーの矢田部氏もツイッターで言っていたが、なぜあんなにもローマにスクーターは似合うのだろうか。ナンニ・モレッティの『親密な日記』といった映画史の参照がなくとも、巨大な荘厳な建造物の間を軽快に走り抜けていく絵は見ただけで満足してしまう。それと気に入ったのはやたら生意気な少年。夜中の1時に屋上でボールをついたり、ニーナの部屋に忍び込んだりと予測不明な行動をとる。この映画には犬やモルモット、魚といった動物もたくさん登場する。子どもや動物といったものによって開けられる隙間によって風通しがよく、すがすがしい印象を受けた。


最後はベン・アフレックの最新作『アルゴ』。別に雑に扱うつもりはないが、今週末に公開されるのでぜひ劇場に足を運んでほしい。3作目となる監督作であるが、エンターテイメント性を織り込みながらも時代背景を味方につけ、見ごたえのある作品になっている。



第25回東京国際映画祭にて上映