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December 15, 2018

『モスクワへの密使』マイケル・カーティス
千浦僚

[ cinema ]

 最近観ることのできた映画、マイケル・カーティス監督の『モスクワへの密使』(1943年)についていくつかのことごとを記したい。
 が、そのまえに聴くたびにムカッとくるDA PUMPの曲"USA"についてちょっと書く。もうこの曲の、最初に意味を成した歌詞になる"オールドムービー観たシネマ(シネマシネマ)"というところでアホかっ!とキレているのである。どんだけお前らがアメリカ映画を観たっちゅうねん。これは本数の問題じゃない。姿勢、観る側の真剣さ、観かたの質、熱の問題だ。この歌に出てくるオールドムービー観たといったり、リーゼントヘアにしたり、FM聴いてたという奴の薄っぺらさ。マジに映画を観ていないと現行のアメリカ合衆国をただ肯定しさらにそれに従属するだけの日本人になるという気色悪さの歌。たいへん流行っているとのこと......おそろしい(......ということを日頃言っていたら知人に、これはイタリアのジョー・イエローという音楽ユニットの曲のカバーで日本語詞は原曲と真逆のものになってると教えてもらった。探して聴いてみたらそのとおりで、自分に対して強大な魅力を持つ相手(女)をアメリカ合衆国にたとえて、魅惑するな支配するな、もう一度やってやるぜ、と歌うのが原曲だった。日独伊の枢軸国で、次があるならイタリア抜きで、などとよく言われていたものだが、いまむしろ日和っているのは日本であった)("...アメリカによる映画の占有と、映画をつくる何らかの画一的なやり方に抵抗したという意味での唯一の映画は、イタリア映画だった。これは偶然ではない。イタリアという国は、戦いが最も穏やかだった。たっぷりと苦しんだが、二度、寝返った。だからもはやアイデンティティを持っていないことに苦しんだ国だ。" ゴダール『映画史』3Aより)。
 それはともかく。
 秋ごろに、ぴあフィルムフェスティバルで回顧特集上映があったり、ひとと対話する機会があったことから Robert Aldrich の映画をかなり観直した。そうするなかで感じたのは、この映画作家はいま現在以上の次代を獲得しようという闘いを生きていたのではないかということである。左翼的とはそういうことだし、闘争が存在しないと感じている者のなかで闘争を見出すからそれに敗れることもある。しかし元来映画はそのような次代を仮構する装置ではないだろうか。
 レッドパージの陰惨さを見ていくまえにその前段階を見る......。2018年12月15日から2019年1月11日まで開催される上映企画「蓮實重彦セレクション ハリウッド映画史講義特集」のなかでもマイケル・カーティス監督『モスクワへの密使』はそういう一本だし、これは親ソ的アメリカ映画のなかでもかなりハードコアなものだ。とはいえいまや米ソ冷戦下の世界という感覚を知らない世代も多いわけで、ソと書いてそれがソ連、ソビエト連邦と通じて、その感じが伝わっているかどうかも怪しい。......そういう時代があったのです。そしてその時代の感覚を覆すというか、1940年代はこんなこともあったという衝撃が本作。
 この映画の概要は上記の特集の起源である蓮實重彦氏の著書「ハリウッド映画史講義」に簡潔かつ的確に語られている(リュミエール叢書版29ページ、ちくま文庫版36ページ、"ハリウッド製のヨーロッパ")。私はそもそもこれを読んでこの映画の存在を知ったぐらいで、ここに付け加えることはほとんど何もない。1936年から1941年にアメリカの駐ソビエト大使を務めたジョゼフ・E・デイヴィスの回顧録を原作に、対ドイツのためアメリカとソ連が連帯感を持つにいたる過程を描く、なんというか、国際政治内幕宣伝映画。
 この手のものですぐ思い出すのはハンフリー・ボガート主演の『北大西洋』(1942年)とか。これはソ連に物資を運ぶアメリカの輸送船がUボートとバトる話で、最後にヤンキー船乗りたちがやっとの思いでたどり着くムルマンスクはまるで地上の楽園のように描かれる。ああ、あの港で彼らを迎える、あの地に足ついた魅力的なロシア女性たち。労働者だったり兵士だったりする彼女ら。エイゼンシュタイン『十月』直系の女たち。"バック・イン・ザ・USSR"も女についての歌か? そういう女たちは『モスクワへの密使』にも登場する。『北大西洋』の監督はロイド・ベーコンだけれども脚本はジョン・ハワード・ローソン。ハリウッド・テンのひとりだ。......はたまたあるいは『炎のロシア戦線』(1944年 監督ジャック・ターナー)とか。グレゴリー・ペックがレニングラードでドイツ軍と戦うパルチザンというアメリカ映画(RKO)なんだから、監督の国籍なんかもそうだが映画というものは国境を越える。
 『モスクワへの密使』がコアなところに踏み込んでる&ヤバいのは、ちょっと留保もつけながらスターリンを肯定し、肩入れしているところだろう。特に大粛清やモスクワ公開裁判、トロツキー悪玉論調を批判なく伝えているところはヤバい(なんとなくそのシークエンスが不気味な棒読みタッチになってる気もする)。
 ひたすらに『カサブランカ』(1942年)のひと、マイケル・「カサブランカ」(笑)・カーティス、みたいになっているハンガリー映画人ケルテス・ミハーイ転じてのハリウッド監督M・カーティスではあるが、R・W・ファスビンダーのモーストリスペクトハリウッド監督は彼だそうだ。ファスビンダーはアントナン・アルトーがローマ皇帝ヘリオガバルスを描いた小説「ヘリオガバルス 戴冠せるアナーキスト」にちなんで「マイケル・カーティス ハリウッドのアナーキストか?」というエッセイをも書いているほど。カーティス演出は透明でどこにその作家らしさがあるのかわからないが、そのバックグラウンドから確信を持ってアメリカ映画内でヨーロッパを描いているとは言えるだろう。
 先述の「ハリウッド映画史講義」"ハリウッド製のヨーロッパ"『モスクワへの密使』のことが書かれている部分の直前の段落で蓮實氏はジョゼフ・ロージーが1941年の時点でアメリカ国内でソ連を支持する大集会を演出していたことを記し、続く『モスクワへの密使』の解説部分でスターリン主義擁護に反発したのは右翼よりもトロツキーシンパだと伝えている。トロツキー暗殺は1940年8月20日。現在の私たちはロージーがあの禍々しい実録トロツキー暗殺映画『暗殺者のメロディ』(1972年)を撮ったことを知っている。三十年越しの反駁というか立ち位置誤差修正宣言というか。しかし『モスクワへの密使』は間違った札と呼べるものに賭けたように見えても、捨てがたい清新の気を湛えてもいる。編集(Edited)とは別の Montage という役職でクレジットされているのはドン・シーゲル。これは『モスクワ~』中にインサートされ、時には、ナチスドイツやソ連を視察するウォルター・ヒューストン演じる大使デイヴィスの見たものとしてスクリーンに映し出される記録映像(軍事演習や政治的行事が多い)を手掛けたということだろう。ワーナーの優秀な編集者であったシーゲルの仕事っぷりを確認できる。シーゲルは1977年に、アメリカ国内で行われる元ソ連スパイによる連続自爆テロ工作を正義のソ連軍人(チャールズ・ブロンソン)が追跡して抑止するという活劇『テレフォン』を撮った。これは、だから何やねんという話であるが......。
 オールドムービー観たシネマ。『モスクワへの密使』、まことにあれやこれやの固有名詞を誘引する作品である。そして、映画がしばしば裏切られた革命になろうとも、その革めを志向する運動性を私は愛する。

シネマヴェーラ渋谷 蓮實重彦セレクション「 ハリウッド映画史講義特集」にて上映