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May 16, 2019

第72回カンヌ国際映画祭レポート(1) 開幕
槻舘南菜子

[ cinema ]

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 第72回カンヌ国際映画祭が5月14日に開幕した。若手監督を中心に大きく刷新された昨年のセレクションと比較すると、今年のそれはいささか反動的といえる。開幕上映作品であるジム・ジャームッシュ監督『The Dead don't Die』を筆頭に、ほとんど機械的にコンペティション入りを果たしたかのようなダルデンヌ兄弟(『Young Ahmed』)、ケン・ローチ(『Sorry We Missed You』)、ペドロ・アルモドバル(『Pain and Glory』)ら常連組、そして受賞経験などから本映画祭と強いつながりをもつテレンス・マリック(『A Hidden Life』)、アルノー・デプレシャン(『Oh Mercy!』)、エリア・スレイマン(『It Must be Heaven』)、コルネイユ・ポルンボイユ(『The Whistlers』)、グザヴィエ・ドラン(『Matthias & Maxime』)、クエンティン・タランティーノ(『Once Upon A Time...in Hollywood』)、アブデラティフ・ケシシュ(『Mektoub, My Love: Intermezzo』)らの名前がずらりと並ぶ。
 処女長編がノミネートされたラジュ・リ(Ladj Ly、『Les Misérables』)、「ある視点」部門への選出を経てコンペに至ったディアオ・イーナン(『The Wild Goose Lake』)、初のカンヌ入りを果たしたアイラ・サックス(『Frankie』』)を除けば男性監督陣は常連ばかりだが、4人の女性監督は今回初のコンペ入りとなる新顔である。初長編『水の中つぼみ』が「ある視点」部門に選出、『Girlhood』が「監督週間」部門の開幕を飾ったセリーヌ・シアマ(『Portrait of a Lady on Fire』)、『ソルフェリーノの戦い』で「L'ACID(独立映画配給組合)」部門に、『ヴィクトリア』が「批評家週間」部門の開幕作品に選出されたことが記憶に新しいジュスティーヌ・トリエ(『Sybil』)、『Lovely Rita』『Hotel』『Amour fou』が「ある視点」部門に継続してノミネートされてきたシネフォンダシオン部門出身のジェシカ・ハウスナー(『Little Joe』)は、カンヌにおいて順調なキャリアを積んで来た監督たちだ。
 そんな中、昨年の濱口竜介監督と同様に今年もっとも大きな驚きをもってコンペティション部門に迎えられたのは、マティ・ディオップ(『Atlantics』)だろう。彼女はクレール・ドゥニ『35杯のラムショット』の主演女優であり、叔父に映画監督のジブリル・ディオップ・マンベディをもつ。彼の監督作品『トゥキ・ブゥキ/ハイエナの旅』の40年後を35ミリフィルムで描いた美しいポートレートである『千の太陽』がマルセイユ国際映画祭FLDでグランプリを受賞し大きな注目を集めた、今もっとも注目すべきフランスの若手監督の一人だ。
 一方、「ある視点」部門はコンペティションと対になるように、今年も初長編が18本中7本に若手監督がノミネートされ、併行部門である「批評家週間」と並び、若手の発見に力を入れていることが見てとれる。
 そして、パオロ・モレッティが新ディレクターに就任した「監督週間」部門のセレクションは、長編25作品中16作品の監督が公式&併行部門を含めて、初めてのカンヌ入りとなる。前ディレクターのエドワード・ワイントロープによるセレクションが、公式部門から落選したと思しき著名監督の作品やワイントロープ好みのコメディに偏重していたことに比べると、モレッティの選択は公式部門に対抗する1968年監督週間設立当時の精神に立ち返ったと言えるかもしれない。ただ、他の国際映画祭でも高く評価される、本来であれば部門の目玉となるはずだった中堅映画作家――アルベール・セラ、オリヴィエ・ラックス、ブリュノ・デュモン、ミディ・ジーら――の新作が「ある視点」部門に根こそぎ取られてしまい、現状のセレクションがその穴を埋めるものとなっているかどうかは疑問だ。また、フランス映画のセレクションが「監督週間」の運営の母体であるSRF(フランス映画監督協会)理事会の中心メンバーである、ベルトラン・ボネロやレベッカ・ズロトウスキなど、やや外交的な選択が見受けられる点は気になるところでもある。
 公式コンペを除けばフレッシュな顔ぶれの今年のカンヌで、未知の才能の新たなる発見とともに、既知の映画作家たちが自身の作品を更新することを期待したい。

第72回カンヌ国際映画祭