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May 17, 2019

第72回カンヌ国際映画祭レポート(2) 『Les Misérables』ラジュ・リ
槻舘南菜子

[ cinema ]

 今年のコンペティションには、アフリカにルーツをもつ監督による2作品、ラジュ・リ『Les Misérables』とマティ・デイオップ『Atlantique』がノミネートした。両作品とも長編以前に同タイトルの短編を制作しているという共通点はあるが、両者の映画に対するアプローチはまったく異なっている。
 ラジュ・リィは、アフリカのマリに生まれ、両親とともに幼い頃にフランスに移住し、初長編から彼の作品の多くの舞台となる、パリの郊外のLes Bosquets(レ・ボスケ) と呼ばれる集合住宅で育った。初期作品から自分の生きているコミュニティを主題とし、短編『Go Fast Connection』(2005) 、共同監督作品『La Voix haute -La Force de la parole』(2017) を制作。2005年からは10年越しで、アニエス・ヴァルダとのコラボレーションでも知られるJRとドキュメンタリー作品『Les Bosquets』(2015)を共同監督し、2017年にはフィクションとして初長編の下地となる同名の短編『Les Misérables』でセザールの短編部門にノミネートした。彼にとって出自である郊外は、強迫的な主題なのだ。

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ラジュ・リ監督『Les Misérables』

 ダミアン・ボナールが演じる主人公、警察官のステファンは舞台となるパリ郊外にやって来る。そこでの出来事に巻き込まれていく異物としての彼の視点とともに、私たちはその場所を発見していくことになるだろう。明らかに不適切な職務質問をするなど、傍若無人な態度で振舞う同僚、郊外のギャングの対立と血で血を洗う抗争、街中を彷徨う子供たち、ドラッグ、あらゆる場所で日常化した暴力の応酬。ラジュ・リ自身によれば、この作品で表象された郊外とは自身の経験、彼に近しい友人たち、彼らを襲った出来事であり、自身の人生を介した「現実」であることを強調して発言している。それは物語のレベルやキャスティング(登場人物の多くは、俳優でなく、道端で出会った人々だという)はもちろん、時折見られるドキュメンタリーを意識したであろうキャメラの動きからも明らかだ。
 だが彼の作品に広がるのは、ジャック・オディアール『ディーパンの闘い』などと何ら変わりのない、パリの郊外を巡る数々の映画ですでに見たクリシェとも言える光景ばかりだ。パリの郊外に生きる人々の声に耳を傾けたアリス・ディオップのドキュメンタリー作品『Vers tendresse』や、現実の厳しさや未来の見えない不安に対し、ミュージカルやファンタスティックな要素を組み合わせることで「別の」郊外を見せたオリヴィエ・バビネの『Swagger』といった作品とは途方もなく遠い。実際にその場所に生きている監督自身にとってそれが郊外のある種の「現実」であったとしても、それを完璧にスペクタクル化し、その一部分をあたかも全体であるかのように示してしまうのは、愚か以上に形容する言葉が見つからない。また、登場人物の造詣の曖昧さや浅さまでをも、「これこそが「現実」である」と述べたラジュ・リの発言は、映画、そしてフィクションを演出する資格などこの監督にはないことをはっきりと示している。

第72回カンヌ国際映画祭