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June 27, 2019

『幻土』ヨー・シュウホァ監督インタヴュー「Outside to Outside」

[ cinema , interview ]

Outside to Outside

ヨー・シュウホァ監督.JPG


大規模な埋め立て事業によって、国土の拡張を図り続けるシンガポール。ヨー・シュウホァ監督の長編2作目となる『幻土』(げんど)は、そんな母国を舞台に、現場で働く移民労働者の失踪事件と、その真相に迫る刑事との混沌とした夢現な状況を描いている。刻一刻と変容する都市の景観、海岸沿いを覆うネオンの照射、そして異国の地で繰り返される日常の搾取に対し、いまだ見ぬ夢の場所を想像することとは、いったいどういうことなのだろうか。2018年「第19回東京フィルメックス」にて、上映のために来日を果たしたご本人のインタヴューをここに掲載する。



――来日は今回で3回目と伺っております。また、「東京フィルメックス」(以下フィルメックス)はマイホームであるともおっしゃっていましたが、2015年にフィルメックスで行われた若手育成プログラムの「タレンツ・トーキョー」に参加された当時から、本作はすでに構想として立ち上がっていたのでしょうか。

ヨー・シュウホァ(以下YS) そうですね。ただ、ほんとに初期の段階だったので、タイトルも内容も全然違いました。最初は「Sleep Banded」(睡眠泥棒、盗賊)というタイトルで、不眠のキャラクターがふたり出てくるのですが、それが誰なのか、あるいはなぜ眠れないのかがわからないというアイデアに始まります。当時を振り返ると、「タレンツ・トーキョー」を皮切りに海外のワークショップやピッチング(企画コンペティション)をめぐる旅が始まり、その後ベトナムの「Autumn Meeting」やオーストラリアの「Asia Pacifc Screen Laboratory」(APSLab)などにも参加しましたが、その中で内容はどんどん変わっていきました。ただ、2015年がすべての始まりだったことには違いありません。

――前作は『The Obs: A Singapore Story』(2014)というシンガポールのバンド「The Observatory」に焦点を当てた長編ドキュメンタリーでしたが、今回は最初からフィクションを撮ろうと考えていらっしゃったのでしょうか。

YS 移民労働者や埋め立て地に関しては、独自にリサーチを進めていました。ただ、プロセス自体はドキュメンタリーを撮ることも、フィクションを撮ることも変わらないと思っています。どちらにせよ、まずは主題があり、そこから物語やプロットを見つけていく方法を実践しています。また、私の場合、映画製作はつねに概念的で哲学的な部分から始まります。かつてのシンガポールは、他国にわざと戦争を仕掛けることで土地を得ていましたが、今のシンガポールは他国から買った砂を埋め立てに使うことで国土を広げています。こうしたことからも、シンガポールの人間としてこの国に生まれて生きるとは、いったいどういうことなのかという自身への問いが、この映画の出発点になっています。

――物語としては不可解な失踪事件をめぐる捜査の動向、あるいはファム・ファタールの存在からするに、どこかフィルム・ノワール特有の雰囲気が画面上に漲っています。本作を語るジャンルとしてフィルム・ノワールを選択した具体的な理由はあったのでしょうか。

YS いくつか理由は挙げられますが、物語としては失踪者の存在から始まるので、まずは彼らを探すための捜索者が必要でした。ただ、出稼ぎの移民労働者である以上、現地に家族はいませんので、結局は警察が捜査に着手するわけです。でも、他者が気にも留めていない失踪者を探すものだろうかと考えていくうちに、この作品のトーンとしてフィルム・ノワールを選びました。またフィルム・ノワールとは、捜索者の内側へと向かっていく非常に内省的なジャンルだと思っています。つまり捜査の過程よりも、実は捜索する側の心理へと踏み込んでいくことこそがフィルム・ノワールなのではないかと。それにご存じのとおり、フィルム・ノワールはフランスで生まれたのちにアメリカで発展していきましたが、残念ながらシンガポールにはそういったジャンルの映画がありません。だから『幻土』は、これまでに存在しなかった東南アジアのフィルム・ノワールをつくるための、言わば実験的な試みでもありました。すなわち「モンスーン・ノワール」ですね(笑)。ただ、私はこれだけで満足せず、つねにジャンルそのものを覆したいと思っています。たとえばノワールと見せかけて、後半からは異なるジャンルに展開したり、ファム・ファタールの存在のようにベタな設定を使いつつも、期待とは違う方向に持っていくような映画的実験が、私にとってすごく重要なことなのです。

ちなみに『幻土』を製作していく中でおもしろかったのは、そのプロセス自体がフィルム・ノワールだったということです。というのも、リサーチの中で何度も行き止まりにぶつかることが多く、移民労働者や埋め立てに関する事実がオフィシャルではない以上、最初は詳しい情報にアクセスすることができませんでした。その後移民労働者たちのパスポートが許可もなく施工主に管理されている問題や、労働者の賃金が支払われていない現状を知ることになるのですが、製作のリサーチがそのまま脚本に返ってくるような感じで、まるで自分がこの映画の刑事になったような気分でした(笑)。ただそこから、「自分はなぜこの映画をつくっているのか」だったり、「自分の動機は何なのか」という心理状態を問いただすことにもなりましたし、そうしたやりとりを鏡映しに、リサーチで得たものをきちんと映画に反映させなければといった気持ちを強くすることにもなりました。

――本作では東南アジア特有のモンスーンで濡れたアスファルトの地面や、水たまりに反射する工場の光が効果的に使われています。撮影監督には浦田秀穂さんを起用されていらっしゃいますが、どういった経緯でこの『幻土』に抜擢されたのでしょうか。

YS 浦田さんは『幻土』のプロデューサーであるフラン・ボルジアさんによる紹介でした。フランさんと浦田さんが過去につくった短編を一度拝見したのですが、浦田さんのつくり出す画の感覚がとても好みで、その後フランさんが「ぜひ仕事をしてみたら?」と勧めてくれました。ただ、いきなり大きなプロジェクトをお願いするのもどうかと思い、まずは彼との相性を探るために仕事でいくつかコマーシャルをつくったのですが、やはり浦田さんの撮影は素晴らしく、『幻土』も最初からお願いすることになったのです。撮影監督としては本当に経験豊富な方で、フィルム撮影にも長けていらっしゃいます。撮影素材もポストプロダクションで色々と処理していくのではなく、全体の80%ぐらいはそのまま本編で使用しています。

また、日本人特有の気質や性格上の問題なのかはわかりませんが、浦田さんは礼儀正しい物静かな方で、つねに敬意を持って相手に接してくださいます。私が知るかぎり、現場ではどちらが偉いかを競うようなぶつかり合いがたまに起こりがちですが、私はそんな環境の中で映画をつくることができません。彼のように物静かでありつつ、きっちりと良いものを撮る方と一緒に映画をつくりたいので、『幻土』はすごく良い気持ちで撮影することができました。

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©Akanga Film Asia / Ishtiaque Zico

──そうした浦田さんのカメラに捉えられてた『幻土』の登場人物たちは、つねに周りを海に取り囲まれているようにも感じます。この点も『幻土』をめぐるモチーフへとつながっているのでしょうか。

YS 島国であるかぎり、シンガポールはいつでも自由に海を見ることができると誤解されやすいのですが、むしろ私たちにとっては監獄にいるような感覚です。たとえばデートで海へ行ったとしても、四方には船が浮かんでいますので、海面はそれらの船が放つ光の反射に取り囲まれています。水平線も見えなくはないですが、目の前を船がすぐに横切ってしまうので、私たちは開放感を一切味わうことができません。ただ、ある映画祭のプログラマーからは「そうやって開けた海が映ってないからこそ、最後のレイブシーンが利いてるんだよ」とも言われました。それはつまり、この世界には存在しないかもしれないけれど、そのレイブの空間こそが人々にとっての自由になれる場所だということです。そこで踊り狂う彼らの動きは非生産的ではありますが、最後はやっと自由な空間の中で踊ることができるようになるわけです。

――ここで『幻土』のキャスティングについてもお伺いしたいと思います。まずは刑事のロクを演じられたピーター・ユウさんですが、無骨な表情もさることながらも、埋め立て現場での失踪事件を追っていく姿が実に印象的です。

YS ピーターさんは若い頃からイケメンで、小生意気な性格からもセレブを中心とした若い子たちに人気の俳優でした。しかし、シンガポールでも有名なとあるスキャンダルで業界を去ることになり、一時期はタクシーの運転手だったこともあります。ただ、あるとき、私が脚本のみで参加した短編に彼をキャスティングしたいと思っていたところ、ちょうど彼が演技を再開したいと考えていた時期と今回の『幻土』が重なり、彼を起用することになったのです。だからピーターさんにとってこの作品は復帰作として位置付けられますし、若い頃にはなかった成熟さや脆さ、内省的な部分、あるいは人生からしか得ることのできない要素を持ち合わせていらっしゃったことからも、非常にタイムリーなキャスティングでした。

A LAND IMAGINED 2 (C) Akanga Film Asia & Philipp Aldrup Photography.jpg
A LAND IMAGINED_Writer-Director_YEO Siew Hua ©Ahmed Hayman

――ロクの登場場面の中でも、全裸のままランニングマシーンに乗って走る姿を捉えるローアングルのカメラポジションは絶妙です。身体の肉付きもそうですが、ロクという人物のすべてがそのショットに集約されているのではないかと思いました。

YS あの場面は彼がどんな人間なのか、あるいはその生き様を見せるための決定的なシーンでした。孤独であること、不眠であること、そして不眠の理由を自分自身もわかっていないことがすべて集約されています。実際に映画の中でロクに与えられる場面は、全体の半分ほどしかありません。滔々と彼の境遇を語る時間が許されていない以上、一目見ただけでロクのバックグラウンドがわかるショットと、俳優自身から滲み出るオーラが必要だったのです。

――ロクの他に、工事現場で負傷する移民労働者のワン(リュウ・シャオイー)やアシッド(イシュティアク・ジコ)、ネットカフェの女性(ルナ・クォク)など、シンガポールの状況をめぐるさまざまな人物が登場します。各人物のキャスティングの経緯についてもお聞かせください。

YS ワン役のリュウ・シャオイーさんはシンガポールで劇団を主宰するクリエイティブ・ディレクターです。彼の舞台は撮影前に一度拝見していましたが、聡明かつ知的な方なので、移民労働者を演じていただくことにとても興味を持っていましたし、演劇で磨かれた力がそのままワンという人物に憑依していたのではないかと思います。また、リュウさんは中国本土からの移民の方ですので、ご自身の経験も踏まえ、このワンという人物をすごく理解してくださっていたこともあり、私たちにとっては本当にかけがえのない存在でした。

アシッドを演じたイシュティアク・ジコさんは、バングラデシュの映画監督で、浦田さんと同様に、以前彼と仕事をしたフランさんからの紹介でした。映画に登場する労働者は実際に現場で働いていらっしゃる方々ですが、当初アシッドの役も演奏シーンも含め実際の労働者の方にお願いしようと思っていました。ところが、労働時間の都合上、アシッド役の方を現場で拘束することができなかったのです。搾取をテーマにした作品なのに、自分が搾取してはいけませんからね(笑)。それならばと、少なくともアシッドのルーツに近い方を探していたところ、ジコさんにたどり着いたわけです。また、ご自身も映画監督ですので、そうした現場の問題を受け入れつつ、移民労働者としてのキャラクターにもすんなりと入れる方でもありました。

ルナ・クォクさんは『凱里ブルース』(2015、ビー・ガン)を観たときに良い俳優さんだなと思っていたところ、台湾のプロデューサーであるペギー・チャオさんからの推薦がきっかけでした。中国の俳優や監督とはほとんど面識がないのですが、彼女はアートハウス系の作品を中心に活動されていましたし、イメージとしては伝統的な美女のヒロインではなく、どちらかと言えば男らしさやクイアな部分を兼ね揃えた役どころでしたので、迷うことなく彼女にオファーしました。また、映画の中で彼女が働くインターネットカフェは、接続と断絶のあいだにある空間で、昼と夜の全貌さえ掴むことのできない場所です。つまり、夢の合間に存在する空間であることからも、その場所と同じような人物であればおもしろいのではないかと思ったのです。

A LAND IMAGINED 1 (C) Akanga Film Asia & Philipp Aldrup Photography.jpg
A LAND IMAGINED_Writer-Director_YEO Siew Hua ©Ahmed Hayman

これはフィルメックスのQ&Aでもお話しましたが、『幻土』は移民労働者をテーマにした作品である以上、シンガポールに対するアウトサイダーの視点が重要だと考えていました。なので、キャスティングの他に撮影の浦田さんをはじめ、プロデューサーを務めたスペイン人のフランさんや美術を担当されたイギリス人のジェームズ・ペイジさん、また東京からは浦田さんと長く現場で組んでこられた照明監督の常谷良男さんにも参加いただいています。常谷さん以外はいずれもシンガポールに5年近く以上住んでいらっしゃいますが、『幻土』は掘り起こさなければ見ることのないシンガポールの側面を描いていますので、心地良く暮らしていながらも、同時にアウトサイダーの視点をいまだに持っていらっしゃる方々ばかりです。だからこそシンガポールの中でこんな映画は他にはないと自負していますし、たとえば『クレイジー・リッチ!』(2018、ジョン・M・チュウ)とこの作品を観て、「両方ともシンガポールなの!?」とショックを受ける方は多いと思いますが、それこそまさにこの映画で言いたいことのひとつなのです。(2018年11月23日、有楽町)

取材・構成・写真 隈元博樹

通訳 大倉美子

  • [digest]2018年11月19日(月)「第19回東京フィルメックス」Q&Aの模様
  • [critic]『幻土』ヨー・シュウホァ 隈元博樹

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    『幻土』A LAND IMAGINED

    2018年/シンガポール、フランス、オランダ/95分/シネマスコープ
    監督・脚本:ヨー・シュウホァ
    製作:フラン・ボルジア
    撮影:浦田秀穂
    出演:ピーター・ユウ、リュウ・シャオイー、ルナ・クォク、ジャック・タン、イシュティアク・ジコ、ケルヴィン・ホー、ジョージ・ロウ、アンディ・チェン

    2019年4月12日(金)よりNetflixにて絶賛配信中


    現場スチール②.jpgヨー・シュウホァ(YEO Siew Hua)
    1985年生まれ。シンガポール国立大学で哲学を学ぶ。2009年、実験映画『In the House of Straw』を監督。同作品はバンコク、シンガポール、サンパウロなどの国際映画祭で上映された。また、同年、レイ・ユアンビン監督作品『White Days』の脚本を担当。2015年、「東京フィルメックス」のタレンツ・トーキョーに参加する。2018年、フーベルト・バルズ・ファンドやシネマ・ドゥ・モンドの支援を受けて長編2本目となる『幻土』を監督。同作品は「第71回ロカルノ国際映画祭」で金豹賞を受賞した。その後、オーストラリアのブリスベーンで開催の「アジア太平洋スクリーンアワード」にてヤング・シネマ・アワードを受賞。現在、製作会社「13 Little Pictures」に所属。