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November 30, 2005

「吉村順三 建築展」
梅本洋一

 中庭に設置された実物大の「軽井沢の別荘」のパネルに導かれて「吉村順三展」に入る。展示の仕方はごく普通で、彼の残した設計図、竣工時の写真、家具、そして、有名な吉村障子……。小さなホールでは「軽井沢の別荘」の四季を巡るドキュメンタリーが上映されている。必要最低限を求めながらも、その最低限に最高度の趣味を加味にして吉村建築は成立している。その趣味の良さは、論理的な言葉で語ることがなかった吉村自身のよう...全文を読む ≫

投稿者 nobodymag : 7:59 PM

November 15, 2005

前川国男自邸
梅本洋一

 晩秋の寒い朝、クルマを飛ばして──といっても結構渋滞にはまったが──小金井公園の江戸東京たてもの園に行った。目的はただひとつ。前川国男の自邸を見ることだ。大田区にあった彼の自邸がここに移築されている。  広大な小金井公園の側を走っていると、いろいろなことを思い出す。中央大学で教えていた頃、江古田の自宅からこの辺を抜けてオートバイで通ったこと、いつごろまでだったか、樋口泰人がこの辺に住んでいて、出...全文を読む ≫

投稿者 nobodymag : 1:17 AM

October 17, 2005

『自由、夜』フィリップ・ガレル
藤井陽子

“montage”、確かに今までも、多くの映画のクレジットの中で目にしてきたはずなのに、監督や出演者やカメラあるいはプロデューサーが誰か知りたいと思うような熱心さでその名前を追うことはこれまであまりなかったように思う。しかし、まさに「編集」という仕事を通して映画と共にいたドミニク・オーブレイが共同作業をしてきた映画人の面々をみてみると、クレール・ドゥニ、マルグリット・デュラス、フィリップ・ガレル...全文を読む ≫

投稿者 nobodymag : 4:16 PM

October 14, 2005

京都 俵屋
梅本洋一

 京都国際学生映画祭の審査員の仕事の合間を縫って京都の町を散歩する。長い散歩ができるわけではない。会場になっている四条烏丸から遠くへは行けない。三条、寺町、足を伸ばしても先斗町までか。まずは明倫小学校がリノヴェーションされた京都アートセンター。小学校建築の名作が多くのアトリエと小ホール、カフェ、図書室に変貌している。図書室に入って『京都建築案内』を立ち読み。戦争の爆撃を逃れたこの町に残っているのは...全文を読む ≫

投稿者 nobodymag : 9:08 PM

September 9, 2005

「建築家 清家清 展 《私の家》から50年」
梅本洋一

 丹下健三についての思考がやや結論めいたものに導かれつつあるとき、見たくなるのは清家清だ。モニュメントではなく、普通の風景の小さな革新。ちょうど折良く汐留ミュージアムで「清家清展」が開催中だ。ぼくが初めて清家清という固有名を知ったのは、ネスカフェ・ゴールドブレンドのCMだった。「建築家 清家清──ちがいが分かる男のゴールドブレンド」というのがコピーだった。「ちがいが分かる」シリーズの最初の方だった...全文を読む ≫

投稿者 nobodymag : 1:23 AM

September 6, 2005

シックスネイションズ2005 オールブラックス対ワラビーズ 34-24
梅本洋一

 今年のシックスネイションズのラストゲーム。このゲームにオールブラックスが勝てば優勝、ワラビーズは負ければ全敗。明暗がはっきりするゲームだった。予想としてはオールブラックスの大勝。そして前半はほぼその通りにゲームが進行する。ラインアウト、スクラム共にオールブラックスの完勝。ワラビーズはディフェンスに終始、そしてこの日SOに入ったマット・ロジャースのキック。だが、もちろんオールブラックス・ボールのラ...全文を読む ≫

投稿者 nobodymag : 6:07 PM

August 24, 2005

「丹下健三 DNA」(「Casa BRUTUS」9月号)
梅本洋一

 建築学科に入学した学生は、まず「Casa BRUTUS」で建築の基礎を学び始める。友人の建築家はそう苦笑いしていた。「新建築」でも、今はなき「建築文化」でもなく、「Casa BRUTUS」!  今月号の「丹下健三 DNA」を見ると、確かに丹下健三の基礎が学べる。たとえば藤森照信による丹下健三の解説と彼のセレクションによる丹下健三ベスト100が写真付きで解説されているし、彼の生年(1913年)か...全文を読む ≫

投稿者 nobodymag : 5:24 PM

August 22, 2005

「鬼石町多目的ホール」妹島和世
藤原徹平(隈研吾建築都市設計事務所)

 全周囲を透明ガラスのスキンとする形式、透明ガラススキンの良さを引き出す平面形状の考えかた(平面の奥行きが変わること=屋根の形状の変化であり、視界の抜けかたの変化が抜群にオモシロイ)、半地下を大胆に生かした断面構成、屋外空間と屋内空間とがお互い領域をとりあうようなあぶくの中にいるような平面計画、建物と残余空間のバランスの良さ(起伏ある敷地を生かした配置の絶妙さは凄い)、常識にとらわれない仕上げ材に...全文を読む ≫

投稿者 nobodymag : 10:22 AM

July 9, 2005

「全身での身の任せきり──丹下健三の日本」磯崎新(「新建築」7月号)
梅本洋一

「新建築」7月号に掲載された磯崎新の文章を極めて興味深く読んだ。戦前から戦争中に至る丹下の仕事を、立原道造が彼に宛てた手紙などから丹念に拾い、ル・コルビュジエの賞賛から大東亜建設忠霊神域計画の間にあった丹下の変節を「全身での身の任せきり」という文字どおり「身体的な」タームですくい取っている。丹下が変節したのは、多くの日本人たちが変節した敗戦──つまり大東亜共栄圏から広島ピースセンターの間──をき...全文を読む ≫

投稿者 nobodymag : 11:31 AM

June 29, 2005

『My Architect』ナサニエル・カーン
藤原徹平(隈研吾建築都市設計事務所)

 ナサニエル・カーンは、Louis Kahnとふたり目の愛人との間に生まれた子供であり、『My Architect』は父をほとんど知らずに育った息子が、父の建築を訪ね・父を知る人々にインタビューをして回る、いわゆる父親探しのドキュメンタリーフィルムだ。  父親探しとはつまり「息子が父親の空白を埋めていく物語」であるのだが、ナイーブすぎて聞くに堪えないナレーションと必要性をまったく感じないバックミュ...全文を読む ≫

投稿者 nobodymag : 7:09 AM

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