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December 15, 2017

『三月の5日間』リクリエーション チェルフィッチュ(作・演出 岡田利規)
三浦翔

「想像力」の問題は(とくに近年の)チェルフィッチュにとって重要な問いである。「想像力」とイラク戦争という組み合わせを立ててしまった瞬間に、それはこれまで映画や演劇で繰り返されてきた「ここ」と「よそ」の問題、分断を想像力で乗り越えようとする問題形が浮上してくる。しかし、岡田利規が『三月の5日間』で行なっていたことは、そうした「想像力」によって見えない他者や遠くにある世界、劇場の外へと至ろうとすること...全文を読む ≫

投稿者 nobodymag : 3:11 AM

July 16, 2016

『人間と魚が浜』三野新
三浦翔

 釣りと、狙撃が似ているのはそれがターゲットを捉えるという意味においてなのだが、写真家の三野新がそれを考えることの根底には、見ることの問題がある。釣り人役(宮崎晋太朗)が懐中電灯で魚役(大場みなみと滝沢朋恵)を照らし出すとき、魚役は「死んだ」と言うことで、ここにひとつのルールがあることが分かる。これは、ひとつの釣りであり狙撃なのであるが、丁寧にも懐中電灯の明かりは四角に縁どられており、これが写真や...全文を読む ≫

投稿者 nobodymag : 3:01 AM

March 4, 2014

『お気づきだっただろうか?』core of bells
徳永綸

「『怪物さんと退屈くんの12ヵ月』は降霊術と極めてよく似ています。」 公演フライヤーの裏にはそう書いてあった。core of bells――バンドという形態でありながらも、映画制作、ワークショップ、お泊りキャンプ、ホルモン屋などなど活動の範囲を自由に設定する彼ら(HPプロフィール欄参照)は、今年いっぱい、毎月一回ずつ舞台に立つらしい。それがこの「怪物さんと退屈くんの12ヵ月」という企画であり、その...全文を読む ≫

投稿者 nobodymag : 1:03 PM

November 21, 2013

ALC CINEMA vol.4 『やくたたず』三宅唱
隈元博樹

青春映画に流れる時間には、絶えず終焉の影が潜んでいる。徴兵を間近に控えた若者たち、ひと夏のバカンスがもたらす出会いと別れ、結婚や葬儀による通過儀礼もそのひとつだろう。その必要不可欠な「終焉=リミット」とは、時代とともにさまざまな方法で語り継がれてきた。もちろんそれは、若者時分のものだけではない。老若は関係なしに、青春は己の記憶として生き続けていく。 作り手が青春映画というジャンルを選ぶならば、「終...全文を読む ≫

投稿者 nobodymag : 1:57 PM

February 14, 2013

『アウトロー』クリストファー・マッカリー
高木佑介

 この映画によってトム・クルーズは現代のシャーロック・ホームズになった。と、見終わったあとにさまざまな手続きを省略して秘かに呟きたくなるような作品、それがこの『アウトロー』である。  元軍のエリート捜査官で今はアメリカ各地を放浪とする謎の人物ジャック・リーチャー(トム・クルーズ)が、数奇な縁あって無差別殺人事件の容疑者からの要請で捜査に乗り出し、(いろいろ問題はあったけれど)見事この壮大な陰謀事件...全文を読む ≫

投稿者 nobodymag : 4:24 PM

April 29, 2012

『現在地』チェルフィッチュ(作・演出 岡田利規)
梅本洋一

 何の予備知識もなくKAATの席に腰を下ろし『現在地』を見た。やや斜めに設置されたプロセニアム・アーチ、そして後方の壁には雲や宇宙のスライドが投影され、裸舞台には7組みの小中学校の教室のようなテーブルと椅子が置かれている。7人の女優たちが登場し、あるときはモノローグで、あるときはダイアローグで言葉が交錯していく。チェルフィッチュの舞台として大きな変化は、彼女たちの身体所作と言葉とが、それまでのチェ...全文を読む ≫

投稿者 nobodymag : 11:46 PM

April 8, 2012

『少年と自転車』ダルデンヌ兄弟
梅本洋一

 父親に捨てられた息子は、それでも父親を信じようとする。だってまだあそこに父親は住んでいる。だって、まだあそこに父親が買ってくれた自転車があるじゃないか。施設の指導員たちは、隙を見て常に脱出を試みようとする少年に「落ち着け、落ち着くんだ」と繰り返す。それでも脱出を繰り返す少年。  偶然、逃げ込んだクリニックの待合室で噛みついた女性と知り合い、彼女は、盗まれた自転車を少年に買い戻す。なぜか? そんな...全文を読む ≫

投稿者 nobodymag : 11:10 PM

February 23, 2011

『苦悩』マルグリット・デュラス原作 パトリス・シェロー演出
梅本洋一

 シアター・カイでのわずか2夜に限った上演。デュラスの『苦悩』と『戦争ノート』から、シェローと女優ドミニク・ブランが選択したテクストが、ブランの声によって発語される舞台。シェローによると、当初は朗読会として企画されたが、会を重ねていくうちに。ドミニク・ブランから、もう台本を持って舞台に上がる必要がないので、演出して欲しいと頼まれた、ということだ。だが、もちろん、登場人物を増やしたり、音響効果を入れ...全文を読む ≫

投稿者 nobodymag : 11:55 PM

October 21, 2010

長岡輝子追悼
梅本洋一

 池部良についての文章を書いたとき、『早春』での彼と長岡輝子との会話について書いた。そして、今日、新聞の死亡欄に長岡輝子死去の記事を見つける。享年102歳。老衰によるとあった。  一昨年のことだったか、草思社から出ている『長岡輝子四姉妹──美しい年の重ね方』(鈴木美代子著)という本を読んだ。突然、長岡輝子に感心を持ち始めたわけではない。10年近く前からだろうか、亡くなった安堂信也氏から、長岡輝子さ...全文を読む ≫

投稿者 nobodymag : 12:29 AM

July 17, 2010

つかこうへい追悼
梅本洋一

 つかこうへいが亡くなった。アングラ御三家(唐十郎、佐藤信、寺山修司)の活動が、戯曲の内容の面でも、上演形態の面でも反=新劇という枠組みで語られることよりも、それぞれの演劇上の個性として分析されるようになった時代に、つかこうへいが登場した。70年代初頭のことだ。平田満や故三浦洋一の演技と共に、『郵便屋さんちょっと』『熱海殺人事件』などごく初期の舞台が懐かしくなった。強烈な通俗性と同時代へのパロディ...全文を読む ≫

投稿者 nobodymag : 12:14 AM

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