『港』発売記念 湯浅湾3時間ライヴ (@六本木スーパーデラックス)

文=結城秀勇
写真=鈴木淳哉

ふとある日/粉と煙と/どっちがいいかと/問われたの/飲まず食わず/三日三晩考えて/土と答えたが

 アルバム『港』のオープニングチューンでもある「煙粉」は上記のような出だしで始まる。「ふとある日」、そうしたさりげなさからこちらが身構えるより先にさらりと曲は始まり出し、タイトルである「煙粉」の間に「と」が差し挟まれる。コンテクスト上「or」であるはずのそれは、ワンコーラスの激情とその沈静の果て、気付けば文字通り「and」になってしまっている。そしてまた、続くフレーズで新たなる「と」が提出され、「煙」「粉」「土」という取捨選択できない羅列に次々と「山」や「海」といったもの(具象的な抽象とでも呼びたくなる)が付け加えられ、膨張肥大していく。ここで大事なのは、二者択一を回避して妙意即答第三の選択肢で切り返したのではないということで、やっぱりそこには不器用ながらも誠実な「飲まず食わず三日三晩」という真っ当な時間がある。
 というのが4/8スーパーデラックスで行われた3時間ライヴの体験の感想でもある。野菜カレーを食い終わった頃に、おもむろにメンバーがステージ上に集まり出す。徹夜明けの脳みそには、それがひとつのイヴェントのスタートと言うより、半日かけて行われるフェスでやっと真打ち登場というような錯覚が起こる。といってももったいぶった感じではなく、気付けば曲は始まり、さらに気付けば始まったその曲の中で、山口元輝と松村正人そして湯浅学のバッキングギターが形成するゴリゴリのリズムの上で牧野琢磨のギターが踊り綱渡りめいたアクロバットが展開している。それはときにクイーン(ストーンズ?)でもあり、ときにニール・ヤングでもありする、などなど「煙」と「粉」めいた足し算の比喩で考えることはできるが、しかしてその総体はと言えばロックでありど真ん中のポップスであるということに尽きる。いや、尽きるかと言えば尽きないのであって、ブルース、フュージョン、めくるめく展開のなかに歌謡曲の香りが漂う。アメリカ南部のバーのようで昭和な光景、ときに大人の男が集まる都会のクラブでありながら、実態はローティーンの頃と同じ話題で馬鹿騒ぎすることもできるいい大人がたむろするパブ。そこで流れる空気は、「飲まず食わず三日三晩」というものではなく、どうぞご自由にご飲食ご歓談くださいといったもので、チューニングをしてるのかもう曲が始まっているのかわからない時間が展開して拍手と歓声に至り、次第に解きほぐされ繕り合わされしながら、気づけばステージ上のメンバーたちは次第にその姿を消していって、最後には爆音のフィードバックの直中に心地良く飲み込まれている自分が見える。
 3時間のライヴという法外な巨大さ(それでもまだまだ演りきれない楽曲があって、終盤幾つもの曲がカットされたのだった)は、しかしながら実感としてはそうした前置きにある仰々しさとは無縁なのだった。三時間という時間の流れ(あるいは澱み)を全体として語ろうとすれば、すげえよかったという陳腐な一言につきてしまうので、やはり「煙」と「粉」式に、あるいは「牛も豚も猿もミミズも楽しめます」(アルバム『港』チラシの湯浅学による文章より)式に、人間基準の評価からはこぼれおちていく様々な動物たちの差異を持って表現するほかない、豊かな時間なのであった。