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2006年07月05日

Uno espresso per favore

 マルチェロ・リッピの選手起用を見ていると、この人は、チームに何が今必要なのかを適切に把握していることがよく分かる。たとえば延長に入った対ドイツ戦。それまでの展開はイタリア有利だったけれども、クローゼ、ポドルスキ、バラックのシュートの精度がもう少しあれば、ブフォンも取れなかった可能性がある。90分でイタリアが負けることも考えられた。

 では延長でどうするのか? ぼくらはペケルマンとエリクソンの失敗を見てきた。ペケルマンは、自らの信条を捨てて、カンビアッソやフリオ・クルスを入れて、守れ!のサインを出し続けた。そしてエリクソンは、延長になってからベッカムに代えて投入したレノン──彼の突破は疲れた選手たちには鋭利な武器に見えた──をもう一度引っ込めてキャラガーを投入した。ここでも「守れ!」のサイン。そしてふたりはPK戦に持ち込むことには成功したが、そこまで。ドイツを去るしかなくなった。

 イングランドに勝ったフィリッポンは、この人なりの無手勝流で元気な人たちをどんどん投入したが交代出場した選手が活躍したのはPK戦になってからだ。クリンスマンは、タッチライン沿いで選手を鼓舞してはいたが、彼の切るカードは凡庸だった。

 じゃリッピはどうした? まずトニに代えてジラルディーノ。これが後半29分。この交代は普通だろう。疲れたワントップを入れ替えた。戦術的な変更ではない。
 そして延長の頭からカモラネージに代えてイアキンタ。中盤をガットゥーゾとペロッタに任せて、右サイドに偏った2トップに。この時間帯、元気なサイドアタッカーを入れられるとトイ面のラームはいい加減疲れているのに、ディフェンスに追われることになる。事実、右サイドはぐんと活性化した。すぐにジラルディーノのシュート。だけどポスト! ピルロのCK。サンブロッタ、シュート。だけどクロスバー! もう一度ピルロのCK。それをカンナがヘッド。外れ! イアキンタを入れただけでシュート・チャンスが3回。しかもあわや1点ものが2度。
 もちろん流れがあるから、ドイツの反撃にあうが、入りそうなシュートなし。延長の前半も終わりの頃、リッピはデルピエーロを投入! フォーメーションどうするの? まさかトッティと交代? でもアウトはペロッタ! このチームは、ガットゥーゾとペロッタのチームであることは論を待たない。もちろんトッティもピルロもいるけれど、誠実にいつも頑張るのはガットゥーゾとペロッタ。無尽蔵のスタミナでスペースを分担しあい、ボールの奪い合いになる場面や、スペースにボールがこぼれると、必ず顔を出すのはこのふたりだ。その内ひとりを引っ込め、「トッティと並び立たない」アレックスを入れる!

 でもこれにはイアキンタ投入という複線がある。アタックが右サイドに偏り、左サイドにスペースが生まれ始めたのをリッピは見逃さない。ゴール左45度。デルピエーロ・ゾーンだ。最後はインザーギだろうとぼくは思っていた。ゴチャゴチャになったゴール前でどこからか足を延ばしてボールを押し込むインザーギだろうと思っていた。でも、リッピにとって、それは定石ではない。イアキンタで右に注意を引き、そこでデルピエーロ! いちばん得意なことを一度やってくれば、このゲームは勝てるさ。

 そして延長後半も押し詰まって、またPK戦と誰でも思った時間、デルピエーロのCKのこぼれ玉をピルロがスルーパス。こんなことろでスルーパスかよ? シュートだろう!と思った瞬間、そこにいたのは、何と左サイドバックのグロッタ!おまえのいる場所は逆じゃないのか?その瞬間、左足のシュートがレーマンの左(!)に。ここで延長後半14分。もう終わりだな。その次の瞬間、ジラルディーノが左にバックパス。そこはデルピエーロ・ゾーン。いない訳ないよね。右足でカーブをかけてゴールマウス右にループ気味のシュート。タイムアップ。

 アレックスが最後に一番得意なことをやってのけ、実力を見せつけた。干されかけていたデルピエーロに「俺が信頼しているのはおまえだ」とゲームを決めなければならない時間に送り出すリッピ。しかも彼を送り出す準備を整え、彼の得意技が炸裂するお膳立てをして……。

 そういえばユヴェントスは3部降格? リッピも事情聴取? ブフォンは賭け事好き?
 最後の瞬間、イタリアを取り囲むそうした事情の数々をまったく忘れてしまった。今、この瞬間に行われているフットボールだけしか頭になかった。選手も監督もこのスポーツを簡単に捨てられるものじゃない。こんな瞬間を何度も味わえるから、ぼくらもフットボールを見続けている。

 駐車場からは息子がボールを蹴っている音が聞こえてくる。「デルピエーロ! デルピエーロ!」と叫びながら、コンクリートの壁を相手にシュート練習。疲労で意識が朦朧としてきた。濃いエスプレッソを入れよう。

投稿者 nobodymag : 2006年07月05日 18:29