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クロード、ミシェル、そしてロミー

坂本安美
5593442-michel-piccoli-romy-schneider-et-claude-950x0-2.jpg「ミシェル・ピコリ追悼特集」を開催するにあたり、上映したいと思いながら、様々な理由で叶わず涙を呑んだ作品が数多くあった。それでも今回、どうしてもこれは上映すべきと、困難を乗り越えて準備したのがクロード・ソーテ監督、ミシェル・ピコリ主演作品『マックスとリリー』である(本作は日本未公開作品であり、『はめる 狙われた獲物』というタイトルでビデオ発売のみされている)。
再びピコリ特集を、と心に誓いながらも、ひとまず今回の追悼特集を閉幕するにあたり、ピコリが映画俳優として絶対的な評価、認知を得ることになり、その後の彼の生き方、演技にも多大な影響を与えたクロード・ソーテとの大切なコラボレーションについて、そして彼らにとって欠かすことができない存在であったロミー・シュナイダーについて語っておきたい。

「クロード・ソーテという映画監督は、人生を深く、本当に深く知っていた」ミシェル・ピコリ



逆説とともにある映画監督、クロード・ソーテ

 クロード・ソーテ(1924-2000)は、35年の監督生涯において13本の作品を遺している。日本、そしておそらく世界的にも、70年代にロミー・シュナイダーを迎えて撮った『すぎ去りし日の...』(1971年)『夕なぎ』(1972年)などによって人気を博し、フランスの中産階級の家族やカップルの日常のドラマを描いた監督として、非常にフランス的な作家として認識されてきたのではないか。しかしソーテ自身の映画的源流はかならずしもフランス映画にはなく、エルンスト・ルビッチ、ハワード・ホークス、ビリー・ワイルダーといったアメリカの巨匠たちの映画をこよなく愛し、初期にはまさにそうした監督たちの影響を感じられるジャンル映画を撮っていた。こうしたクロード・ソーテの来歴は、フランス本国でさえあまり知られておらず、2000年にソーテが他界し、ようやく最近になってその全貌が紹介されるようになってきたようだ(シネマテーク・フランセーズでは2014年に大規模回顧上映特集、ラウンドテーブル、講演会が開催された)。ミシェル・ピコリとのコラボレーションについて触れる前に、もっともフランス的とされ、もっとも知られた監督であるようで、いまだ未知なる、発見すべき映画監督でもあるクロード・ソーテという映画監督の軌跡をしばし辿ってみたい。

 幼い頃から映画好きな祖母の影響で、映画の世界に憧れを抱いていたソーテは、音楽への情熱も持ち、まずは新聞に音楽批評を寄稿することで生計を立て始めるが、映画への思いが捨てきれず、フランス国立高等映画学校(IDEC)で映画を学び、ジョルジュ・フランジュの『顔のない眼』の現場などで助監督に就く。そして1960年、ジョゼ・ジョヴァンニ原作小説の映画化『墓場なき野郎ども』で本格的に長編監督デビューする。この企画をソーテに提案したのがリノ・ヴァンチュラだった。そしてこの当時フランスでもっともアメリカ的俳優であったヴァンチュラのパートナー役として、アラン・ドロンからジェラール・ブランまで様々な名前が挙げられていたが、ソーテ自身が最終的に選んだのが新人俳優のジャン=ポール・ベルモンドだった。ちょうど本作に出演する直前、ベルモンドはジャン=リュック・ゴダールの『勝手にしやがれ』に出演し、注目され始めていたが、ソーテは体型もその演技スタイルもまったく異なるこのふたりの俳優の差異を巧みに利用し、それぞれの良さを存分に引き出した演出をしている。こうして同じ俳優を用い、ちょうど同時期に映画を撮り始めながらも、ソーテは、ゴダールら「ヌーヴェルヴァーグの映画作家たちの中に位置付けられることはなかった。たしかにソーテの作品は、彼ら「ヌーヴェルヴァーグ」が批判していた戦後のフランス映画の伝統に連なるしっかりと構成された脚本に立脚した製作方法を取っていたが、その一方で撮影する場所や人々をほとんどドキュメンタリー的な手法でとらえ、そうした古典的とよべる脚本主義的な方法とヌーヴェルヴァーグ的、つまり現代的な映画作りがソーテの作品には共存していた。ヌーヴェルヴァーグの映画作家の中でも、唯一交流のあったフランソワ・トリュフォーは、『友情』(1974年)について、まさにフランス映画の伝統とヌーヴェルヴァーグを繋ぐ稀有な映画作家のひとりであるジャック・ベッケルと比較しながら敬意を表している。「この映画は短く要約するならば『人生』、そう、その言葉で要約できるだろう。人生全般、私たちがそうであることについての映画であると。」
『墓場なき野郎ども』はそのジャック・ベッケルの『現金に手を出すな』(1954年)が代表する戦後のフランスのフィルムノワールの神話に根を下ろした作品であり、フランスにおいてこのジャンルを極めたとされるジャン=ピエール・メルヴィルも絶賛、メルヴィルがヴァンチュラを迎えて撮った『ギャング』(1966年)を予感させる作品であるとさえ評された。

『すぎ去りし日の...』、ピコリとソーテの絶対的な出会い

 しかし『墓場なき野郎ども』は興行的にはヒットせず、ようやく4年後に、再びリノ・ヴァンチュラとタッグを組みアメリカのB級映画的犯罪映画『L'Arme à gauche』(1965年)を撮る。しかし再び興行的に失敗し、批評的にも高い評価を得ることはできず、絶望したソーテは、しばらく監督業から退き、脚本家としていろいろな作品に関わるにとどまっていた。ようやく70年代に入り、若く、才能溢れる脚本家ジャン=ルー・ダバディの後押しもあり、そして音楽にフィリップ・サルド、撮影監督にジャン・ボフェティという力強い協力者も得たソーテは、それまでのジャンル映画とは作風を一新し、当時の若手俳優たちを起用し、日常の人々のドラマを題材にし、多くの観客の共感を得て、興行的に成功し始める。批評的には、左翼的な運動が盛んであり、政治的なイデオロギーを掲げた作品も多かった中で、社会に対する明白な批判がないソーテの作品を反動的、保守的と批判する声もあった(「カイエ・デュ・シネマ」誌は長い間、ソーテの作品を評価せずにいたが、後にティエリー・ジュスらによる再評価が始まる)。しかしソーテはそこに描かれている世界を社会学的に切り取ってみせたり、ひとつのテーマに押し込めたりせず、一人ひとりの俳優たちについての深い理解、愛情によって、彼らの顔、姿、所作をドキュメンタリーのように記録し、彼らが演じる登場人物たちそれぞれを非常に独特な存在として浮かび上がらせており、まさにそこにこそソーテの映画の豊かさを見出すことができる。『すぎ去りし日の...』(1971年)、『マックスとリリー』(1971年)、『夕なぎ』(1972年)と70年代のソーテの代表的な作品に欠かすことができない、彼の映画のミューズともいえるロミー・シュナイダー。その美しさ、優雅さとともに、ソーテにおけるシュナイダーは脆弱さと強さを複雑に併せ持ち、けっしてひとつの意味、解釈に還元することができない、ある神秘とし、ひとりの絶対的他者として存在している。その絶対的な謎、他者の前で、愛にもだえ、苦悩し、とまどい、時に激昂さえするソーテにとってこの時期重要であったもうひとりの俳優がミシェル・ピコリである。
 そう、ソーテは、ロミー・シュナイダーというミューズとともに、映画における自分自身の分身をミシェル・ピコリに見出すのだ。そしてすでにゴダールの『軽蔑』(1963年)でゴダールの分身を演じ、映画界で注目され始めたピコリにとっても、ソーテとタッグを組んだ作品、とりわけロミー・シュナイダーが共演し、ソーテの代表作としていまだに挙げられる『すぎ去りし日の...』によって、70年代、絶対的な知名度、俳優としての高い評価を獲得することになる。『すぎ去りし日の...』は、当時の世相を舞台としたロマンチックなメロドラマと評されるきらいもあったが、ソーテの持っている人生への冷徹といえる視線、暗いペシミズムがメロドラマに陥ることを許さずにいる。ソーテは処女作『墓場なき野郎ども』同様、ここでもひとりの男が自己破壊的欲動とともにそれまで属していた場所から逃走していく様を描いている。ピコリ演じる40 代の建築家は若く美しい恋人との現実と、前妻や息子との過去の間で、あるいは物質的には豊かながら空虚にも感じる生活の中で引き裂かれていく。ピコリは、ソーテ映画のテーマとなっていく人生の闇に駆り立てられていく男を完璧に演じている、いやソーテ自身ともいえるそれらの男たちをピコリはこの時期、彼の映画の中で生きていたといえるだろう。

3_Max.jpeg『マックスとリリー』、底知れぬ人生の深淵へ

『すぎ去りし日の...』の大成功によって、そしてこの作品での融合し合うような濃密な映画作りの後、クロード・ソーテ、ロミー・シュナイダー、ミシェル・ピコリは、さらなる三人の企画に軽々と乗り出すことができず、前作を越えるものを作れるのか恐れていたという。まるで絶対的な愛の瞬間を生きた恋人たちが、再びその逢瀬を繰り返すことなどできないと幸福の中で絶望するように。しかし三人はその不安を乗り越えて、新たな傑作、より豊かで複雑さを孕む作品を作り上げる。それが『マックスとリリー』である。

 予審判事だったマックス(ミシェル・ピコリ)は、証拠不十分で容疑者を釈放せざるを得なかったという悔恨から辞職、刑事に転職し、現行犯での逮捕に執着を抱いている。兵役時代の旧友で、ナンテールでチンピラ仲間たちと車や廃品などをくすねて、生計を立てているアベル(ベルナール・フレッソン)にばったり出くわしたマックスは、アベルの恋人である美しい娼婦リリー(ロミー・シュナイダー)に近づき、アベルたちが銀行強盗を謀るよう巧妙な罠をしかけていく。

「『マックスとリリー』はソーテの最高傑作ではないだろうか、とにかく私はそう思っている。主人公のマックスはある意味ふたつの職を持っていて、それに相応しい『身なり』をしなければならない。刑事でありながら、彼は自分のことを判事だと思い続けているのだから。三つ揃いの背広をまるで聖職者の衣服のように纏っている。ラストシーンでその身なりを脱ぎ捨てた時、彼はぎりぎりのところに身を置く。愛する女を抱きしめるか、それとも自ら命を絶つか。どうしてあんな演技ができたのか分からない。ソーテとロミー・シュナイダーのおかけだろう。あれほどまでに短い時間でどうしたら完全なる抑制から放埒なる行動へと移行できるのか?それこそ私が求め、好んでいることだ」。(ミシェル・ピコリ)

 ピコリが述べているようにマックスは「三つ揃いの背広」をつねに纏っており、異常なまでの執念に取り憑かれ、旧友とその仲間たちをはめていく。その様は「聖職者」というよりも、その冷たく青白い顔、その黒い衣裳からも、吸血鬼、あるいはブニュエルやメルヴィルの映画の中の登場人物を想起させるだろう。しかしピコリがいつものようにエレガントかつ端的に本作の核を言い当てているように、マックスは「完全なる抑制から放埒なる行動へと移行」していく。何もかも知り、言葉にも、叫びにもならないものを発しながら倒れ込むロミー・シュナイダーを前に、彼女のその姿を愕然として見つめることしかできないピコリ。自分でも制御できないもの、他者への止めることのできない欲動によって、それまで抑制、保っていたものが一気に音を立てて壊れていく様が、ピコリの微妙に変化していく表情、身体から伝ってくる。カフェの片隅でシュナイダーの絶望の吐息のみが響き、何もできずに彼女の前で立ちすくむピコリを映し出すこのシーンの凄まじさ......、それまで流れてきた生、時間が一気にひっくり返りる暴力的な、真実の瞬間がそこに描かれている。

『友情』、人々の集いと彷徨う様を

 ピコリはその後、ロミー・シュナイダーとイヴ・モンタン共演の『夕なぎ』でナレーションを担当、まさに作家であるソーテの声となる。そして1974年、ピコリはソーテの6本目の長編『友情』に主演のひとりとして再び登場する。原題は『Vincent, François, Paul et les autre (ヴァンサンとフランソワとポール、その他の人たち) 』 であり、まさに三人の男たちの友情とその周囲の人々との交流が描かれ、ピコリはその中で、40代の妻子持ち、裕福な開業医フランソワを演じている。イヴ・モンタンがヴァンサンを、セルジュ・レジアニがポールを、そして彼らより下の世代、若さを象徴する存在として登場するジェラール・ドパルデュー演じるボクサー役のジャン、それぞれがその個性、魅力を十全に出して演じている中で、ピコリはともすると彼らよりも影がうすく見えもする。他の男たちがどうにも隠しきれず、自分たちの抱える苦悩で右往左往し、救いを求めたり、暴れてみたりするのに対して、ピコリ演じる40代の開業医のフランソワはとくに嘆き立てたり、騒ぐことなく、自らの感情を内に秘め続ける。そしてソーテは画面の奥、端でそうした控えめな演技にとどまっているピコリの表情をとらえ、そこにひっそりと浮かんでくる彼の苦悩、闇が垣間見える。そのことによってフランソワ=ピコリという登場人物は誰よりもこの作品に深い陰影を与えることになる。『友情』のある食事のシーンで、それまで感情を露わにしなかったフランソワが、突如として感情を爆発されるシーンが一度だけある。ソーテの映画の中では家族や友人同士で集まり、食事をしたり、語り合ったりするシーンが多く見られ、共同体を描く映画監督として語られることも多いのだが、同時にその場所との距離を感じざるを得ず、その場所からさまよい出ていく人たち、居心地の悪さ、生きづらさ、あるいは生きることの不可能性に苛まれた人たちの姿が見えてくることがある。ピコリ演じるフランソワは、まさに人々の集い、彷徨い、その間を往来しながら、いつかは絶対的な彷徨へと旅立つ人間の深いペシミズム、ソーテの映画の持つ秘密をこの作品で誰よりも担っているように見える。

ソーテ、シュナイダー、ピコリによる最後の映画『マド』

 ソーテとピコリが最後にタッグを組んだ作品が『マド』(1976年)である。前作の『友情』同様、社会的にある程度の成功を収めている男が、突如として危機に直面する姿を描いている。しかし『友情』がそこに人間的救いを見出していたのに反して、ここでは金銭による腐敗、汚職、自殺、裏切り、そして殺人......、世界はさらに荒廃し、救いが見えなくなってきている。初期のソーテの犯罪映画を想起させるプロット、シーンもあるが、タイトルが示すように、本作はピコリ演じるシモンが恋に落ちる娼婦マド(オッタヴィア・ピッコロ)をめぐる映画でもある。若く美しい娼婦マドは金で買われていながら、シモンの欲望、軽蔑、そして嫉妬さえかわし続ける。そして娼婦として多くの男たちの間を往来するマドによって、シモンは窮状から抜け出す手立てさえ得ることになる。近づこうとしても近づけない絶対的他者である女性、ソーテの抱き続けた女性の神秘への憧れ、とまどい、欲望についての映画でもある。そしてまた本作は、ソーテ、ピコリ、そしてシュナイダーの最後の映画でもある。ピコリ演じるシモンの恋人エレン(そう、『すぎ去りし日の...』で彼女が演じた女性と同じ名前だ)を演じるシュナイダー。ふたりの関係について多くは語られないながら、愛し合っているはずなのに結ばれることのないふたりであること、それは哀しみが宿るシュナイダーのその表情、視線、所作、そのすべてが痛いほど示している。そのシュナイダーがピコリを自分の寝室に迎え、共に過ごす数分間には、決定的な言葉は何も変わされないながら、『マックスとリリー』のあのラストのカフェのシーンに匹敵するほど濃密なもの、人生の多くの時間、感情が流れ、見えてくる。

*クロード・ソーテのその後のフィルモグラフィー、遺作となる『とまどい』(1995年)については、同作のブルーレイのリーフレットで紹介させて頂いているので、よろしければご覧になって頂きたい。
http://cinemakadokawa.jp/dvd/youga/40/457.html