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2005年11月17日

2005年11月17日

彼は6回目だと断言していたが、実際に私が彼とここで会ったのは4回目だと私は思う。彼は最初はすごく警戒心が強くて、初対面の私に自分にとって風俗とは何か、理想的な風俗嬢とはどういう存在か、とにかくそんな固い言葉で沈黙を埋め尽くし続けていたのを覚えている。細かい内容は忘れてしまったが、私も彼の言葉に共感できる部分を見つけては、そういう風に一見どうでもいいようなことひとつひとつに律儀に考察を重ねる態度に、ひたすら感心した。この人は不意の行為や環境に真摯に理論武装で向き合うタイプの人だという感覚を、今日彼を見るや、私は頭の隅から引っ張り出した。いつでも容赦なく掘り下げてくる彼に、適当なことは言ってはいけない。
「今日はちょっと暴力的にいこうかな」。彼が茶目っ気たっぷりに私に笑みを向けた。なじみの彼にすっかり心を許した私は彼の挑発をあおって同じように笑う。「らしくない」発言に、私はよく意味を噛み砕かないで彼独特の冗談なのだろうと受け流す。それが誤りだったのかもしれない。
性感の時間に入る。背を向ける彼にパウダーをまき、ローションを垂らし、いやらしく両手で彼に触れていく。玉袋を後ろからまさぐり、その奥に固い芯を感じる。彼はもう勃起している。後ろからペニスを触ってしまおうか、彼が仰向けになるまでじらそうか、私はちょっと思いあぐねる。さっきの彼の発言なんてもう私は忘れてしまっている。
「仰向けになって下さい」。彼の体制が整うと、私はそのペニスに唾をたらし、爪先でやんわりとカリをなぞる。彼は薄目で眉間に皺を寄せ、出産の時の妊婦さんのような、独特の苦しそうなうめき声を漏らす。私は彼の隣に横になり、さらにペニスにローションを垂らして柔らかにそれを馴染ませていく。「気持ちいい?」彼に尋ねると、擦れたうめき声の返事が返ってくる。私は彼の腕に頭を乗せて、そこから薄暗がりで鈍く光るペニスと自分の手を見つめる。触れ合った肌が、とても心地いい。どれくらいそうしたろうか、不意に彼が私の頭の乗っていないほうの左肩をぐっと起こす。斜めになった胸板に、私の頭はマットへとずるずると滑り落ち、彼は右手でその私の頭を支えた。伸びてきた左手が躊躇なく私のあごをつかむ。彼が固定された私の顔面に自分の顔をぐっと近づけてくる。……え、この人もしかして私にキスしようとしてる……? 安心しきって眠っていた私の猜疑心が、ゆっくりと緩慢に目を覚ます(お店ではキスは禁止されている)。しかし映画のようなこの「無理矢理キスされそうになっている」という情景に、それでも私は妙に客観的に冷静さを失えないでいる。「ちょっと……」私は半笑いで頭をグイグイ動かし、彼の手から逃れようとする。彼の唇が標的を外して私の鼻やら頬やらにガツンとぶつかってくる。彼の口が開く。饒舌なそれが今は何をいうわけでもなく私の口を飲み込もうと迫ってくる。「だぁめだって!!」ようやく私はペニスから手を離し、その手でぱちんと彼のおでこを叩いた。私はとっさにでも必死にでもなく、例えば流れ作業で型にあわない商品をベルトコンベヤーから廃棄かごに捨てるような冷静さでそれをやった。ゴキブリに遭遇した時のほうがよっぽど取り乱すと思う。自分の手を彼のおでこから離したときの、おでこと手を結ぶローションの糸が綺麗だなんて思っていた。
彼はすぐ素直に私に謝り、私も彼に叩いてしまったことを謝り、それから再び私たちは性感を続けた。当然時間もないし、ペニスも収縮する。私たちはただもっとも効率よく射精を迎えようとそれぞれが機械的に役割を全うした。
射精してもシャワーから戻っても着替え終えても、ついに彼に覇気は戻らなかった。それが反省の為なのかまた別の何かに対するものなのか、私は聞くことができなかった。しかし頭のいい彼ならば、ルールに反するにはリスクが伴うなんて、当然予想済みのはずだと思う。しかし別の落胆の対象なんて私には解りようがなかった。「彼らしさ」を、私が買いかぶりすぎたのだろうか、彼自身が「彼らしさ」から抜け出してみせたのだろうか、いずれにしても知りようがない。ただ彼はもう来ないのだろうと、何となく感じる。私は別段彼とのキスが絶対に無理というわけではなかった。でも私は彼を拒絶した。ただそれがルールだから。それはお互いにわかりきったことだ。しかしそれでは、私にも伝染したこの憂鬱は一体なんだ!!

投稿者 nobodymag : 2005年11月17日 15:21