<4月某日>
六本木にてJ=P・リモザン監督へのインタビューを終え、東大安田講堂へ向かう。大学院主催、安藤忠雄記念講演会「建築の可能性を語る」。<定員1200名、先着順>と案内にあり、開演前に入れば端っこの方にでも座れるだろう、とタカをくくっていたのが間違いだった。正門をくぐるといつにない人混みで、太い列が200mほど続いている。これはどれだけの人数が並んでいるのだろうと、目算してみる。新宿ミラノ座の座席数を想起して、目の前の群衆をそこに座らせてみる……やはり1000人以上いるな。すでに開場しているから講堂内にも大勢いるだろう。早々と講演会をあきらめ、東大病院に入院している身内を見舞うことにする。病院から帰るとき講演は始まっていたのだが、安田講堂前にはまだまだ長い列が続いていた。
<4月某日>
昨日のリベンジということで、今日は東京駅へ。安藤忠雄建築展2003「再生─環境と建築」。
六甲の集合住宅から同潤会青山アパート建替計画まで、安藤忠雄の代表作が展示されていて、展示数は多くないが大まかに安藤忠雄建築を知ることのできる構成だ。大規模なプロジェクトが中心に展示され、住吉の長屋やTIMEユSといった小さな建築の代表作がなかったのが残念だ。
『愛の世紀』(01)とともに思い出されるスガン島のピノー美術館プロジェクトは知っていたが、兵庫県立美術館とフォートワース美術館は、模型も写真も初見だった。兵庫県立美術館は湾岸にあって大きく海を見渡せるように窓が配置されている。海を見渡す眺望といえば、たとえば六甲の集合住宅、直島コンテンポラリーアートミュージアム、最近ではBRUTUS個人住宅プロジェクトなどがある。環境や立地に配慮した安藤忠雄らしいモチーフだと思う。フォートワース美術館は建物の外部に水を張り巡らし、やはり窓から水を望む建築である。その窓の上には大きな庇(ひさし)がある。これは兵庫県立美術館にも共通していて、推測するに、日光の直射から芸術作品を守るためなのかもしれない。そうであるならば、とうぜん館内を訪れたお客さんもまぶしい思いをすることなく芸術鑑賞ができるわけだし、それと同時に、明るい光がそそがれた窓外つまり海へ視線を誘われることになるだろう。
環境に立脚した建築をつくりあげ、大きく広い眺望を提供する。そこに住む者や通う者の生活の中に建築がとけ込んでゆけば、当然その視覚的体験も彼の身体の一部になるだろう。そうして、建築によって変容された視線で街を見つめることになるのだ。建築は、人々の身体を通して、外部へ環境へと広がる契機を得るのかも知れない。
期待とともにがっかりもさせられた同潤会青山アパート建替計画。安藤忠雄の計画案では、3・4階部分が住宅になるという。ドローイングを見ると住宅の窓はケヤキ並木よりも高い位置にある。おそらく、向かいのヴィトンビルと同じ程度の高さになるのだろう。そこで新しい視線を得た人々が、表参道の坂を下りながら街を見つめ直す、その後の変容を楽しみにしたい。
(衣笠真二郎)
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