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April 1, 2008

『冷たい夢、明るい休息』渡邊琢磨
宮一紀

[ cinema , music ]

 今さら説明も要らぬとは思うが、渡邊琢磨はcombopiano、sighboat等のプロジェクトで精力的に音楽活動を展開してきたアーティストである。これまでキップ・ハンラハンやジョナス・メカス、あるいはダニエル・シュミットといった「重鎮」たちを嗾けて(?)アルバムを制作し、また日本の若い映画作家たち——冨永昌敬や甲斐田祐輔——に楽曲を提供するなど、まさに「精力的」という形容に相応しいアーティストの代表であるように僕には思われる。お会いしたこともないのにこんなことを言うのは憚られるが、雑誌等でお見受けするに、ご本人の風貌もどことなくエネルギッシュだ。
 たとえばいま僕の手元には昨年リリースされたcombopianoの『Growing Up Absurd』があるのだが、その歌詞カードにはマラルメを彷彿とさせるようなマーク・ボスウィックによる手書きの詩(「All Gone Crazy Now」と題されている)があり、アンダース・エドストロームによるどことなく傍観的な写真があり、言うなればこれらはこのアルバムに関わった人々の生々しい作業記録のようなものなのであって、だから僕は渡邊琢磨という人は、音とヴィジュアルが相互作用によって創出する世界で何かをやらかそうとしている人なのだと思っていた。ともすると、そのうち映像作品を撮るのではないかなどと思っていた。
 いずれにしても、今こうして僕らの元に届けられたのは、彼が自身初となるソロ名義でリリースした『冷たい夢、明るい休息』である。内橋和久(gu)、千住宗臣(dr)との豪華なトリオで聴かせるこのアルバムは、誤解を恐れずに言うと、実に「とっちらかっている」。ジャケットには鈴木親による非常に印象的なポートレートが使われ、またそのデザインにはかなり強い意志表明のようなものが感じられる。そこにはこれまでと通底するものがたしかにある。つまり渡邊琢磨はアートディレクターであり、彼のアートディレクションには一貫性があるということだ。しかし、聴いてみて本当に驚いたのだが、その音楽には一貫性など微塵もなく、本人が「デヴィッド・トーマス、ランディ・ニューマン、ミロ・オカーマン、フレディ・マーキュリー、など幾多の偉大なシンガーを本気でオマージュした」と言うとおり、多様な音楽が一枚のアルバムの中に混在し、犇めき合っている様子がたしかに聴き取れる。そもそもアルバムの英語タイトルが「Chilly dream, Bright rest」となっているものの、実は一曲目の「Chilly dream」と三曲目の「Bright rest」のあいだに「Not fade away」と題された短く雑然としたヴォーカル曲が挿入されていて、そのことがまさにこのアルバムに託された混沌をいたずらっぽく宣言しているかのようだ。この飾り気のない素朴なアプローチが、昨今の批評的嘲笑の行き交うペシミスティックな世界で燦然と輝いてほしいと僕は切に願う。よりによって本日は2008年のエイプリル・フールであるが、combopianoでもsighboatでもなく、「渡邊琢磨」の誕生をより多くの人々とともに祝いたいというのが偽らざる僕の心である。