みんなのジャック・ロジエ 特集

『アデュー・フィリピーヌ』
© 1961 Jacques Rozier

7月29日から始まった真夏の特集上映「みんなのジャック・ロジエ」。小誌では、ロジエのヴァカンス、その時空間がいかに特別なのか、あるいはフィルモグラフィを通してその時空間の位置付けがどのように変化していくのか、さまざま監督との比較から鮮やかに浮かび上がる斉藤綾子氏の論考を含めた、ロジエに纏わる三つのテクストをお届けする。物語も仕掛けもすり抜けて、映画内の時間というよりも、われわれが映画を見ている時間とともに生きているようなロジエの登場人物たち。本特集が愉快でもあり、厳しくもある彼らとの冒険のお供となれば幸いだ。

ロジエに終わりのないヴァカンスを。

ジャック・ロジエ監督 特集上映

みんなのジャック・ロジエ
〜長篇〜
『アデュー・フィリピーヌ』パリとコルシカ島。夏のヴァカンス。
『トルテュ島の遭難者たち』カリブ海へ。冒険ヴァカンス。
『メーヌ・オセアン』大西洋の島へ。冬の小さなヴァカンス。
『フィフィ・マルタンガル』ヴァカンスから演劇へ
〜短篇〜
『パパラッツィ』『バルドー/ゴダール』ゴダール『軽蔑』の撮影を取材した2作品

予告編:https://www.youtube.com/watch?v=3xxGnF0JlAI
公式HP:https://www.jacquesrozier-films.com

無条件の自発性、あるいは最高の劇的な物語

斉藤綾子

『アデュー・フィリピーヌ』
© 1961 Jacques Rozie

 アルジェリア戦争中のフランスを舞台にした若者たちのひと夏の冒険を瑞々しく描いた青春映画として、時代を超えて多くを魅了してきた『アデュー・フィリピーヌ』。アルジェリア戦争を背景に兵役間近な青年と彼に惹かれる若い娘二人。屈折した感情を抱えながらも、十代最後の夏を謳歌する彼らの姿が発する画面からはちきれんばかりの若さと若さ特有の無秩序さ、そしてやがてその無垢が失われるだろうメランコリーをカメラは詩情溢れる視線で捉える。ロジエの長編第一作は、俳優たちの即興的で自然な演技、アマチュア的な演出、ロケーションを活かした長回し、移動撮影を駆使した映像的なリアリズムの感覚がまず印象に残る。人為性がないわけではない。各所にこだわった演出も見られるが、全体的な編集のリズムや映像スタイルの統一性のなさは、古典的ハリウッド映画のお作法を無視したヌーヴェル・ヴァーグを代表する映画の中でも特出している。
 すでにラストシーンの素晴らしさについては多くが賞賛するが、映画が始まって30分くらいでリリアーヌとジュリエットがパリの街をただ歩く姿をカメラが横移動で追う3分ほどの何の変哲もないシークエンスがある。アニエス・ヴァルダの『5時から7時までのクレオ』(1962)でクレオがパリの街をさまよい歩く長回しのシーンを思い起こすが、不安に満ちたクレオとは対照的に、若い娘たちは軽やかにそぞろ歩く。ロジエは二人の姿をフレームの中景に捉え、前景に移動する車や電柱を交差させながら、マックス・オフュルスのカメラさながらにロジエは心地よい横移動のショットを、背景に流れるサントラ音楽のタンゴのリズムにあわせて二人の動きを再構成する。あるいは、ミシェルが生放送撮影中に所狭しとスタジオ内のケーブルを持ちながら移動する姿を追うダイナミックな空間の使い方。ちなみに、山師のようなパシャラを見ると、私はどうしてもジャン・ルノワールの『ランジュ氏の犯罪』(1936)のジュール・ベリー演じるバタラ氏を思い出してしまう。この道化的なキャラクターは、その後のロジエには欠かせない人物で、『オルエットの方へ』のジルベール、『トルテュ島の遭難者たち』のボナヴァンチュール、『メーヌ・オセアン』のプチガとメキシコの興行師、そして『フィフィ・マルタンガル』のガストンへと続く。『アデュー・フィリピーヌ』にはその後のロジエ映画の重要な要素がちりばめられているのだ。

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「自発性と自由さ」の変遷

松田春樹

『トルテュ島の遭難者』

 自由な身振り、仕草の俳優たち、瑞々しい自然、水や光、木々が画面を満たしている。そうしたロジエの生き生きとした画面はいかにして生まれているのだろうか。ロジエ自身がインタビューでも答えているように、「素人=俳優の自発性と自由さをとらえるため」に複数カメラでの同時撮影をよく用いたという。ロジエの生き生きとした画面は、ストーリーや演技のでたらめさの上に必ずしも成り立っているのではなく、あくまでその撮影手法=どう撮るか、によって生みだされているのだと仮定してみる。
 例えば、『アデュー・フィリピーヌ』はどのように撮られているだろうか。主人公のミシェルが、アルジェリア戦争から帰還したばかりのいとこデデを連れて久々に家族と食卓を囲う場面。ここでは主に二つのショットがメインとなっていることがわかる。テーブルを囲う6人全員をフレームに捉えたショットA。そしてダイアローグの中心となる母親(と隣人の男)を捉えたショットBである。このショットAはミシェルとデデが車のブレーキ音と共に家の中に入ってくる動作をきっかけとして現れる。二人が入ってくるまでの間は、ショットBとその対面にいるモーリス・ガレル演じる父親(と隣人の女)を捉えたショットCがカットバックされている。このBとCのショットは互いに同時撮影することが可能なポジションであり、ショットAの出現と共に、ショットCが消えている。次のお茶の場面に切り替わるまでの間、主にショットAとBを切り返すことによって、シーンは構成されている。ここで、そのメインとなる二つのショットはモンタージュとしての効用をほとんど果たしていない。ショットの組み合わせによって、運動の継続や演技をコントロールするでもなく、あくまで生々しい演技を二つの位置から捉えているに過ぎない。仮にこのシーンを、異なるサイズやカットを細かく割って撮影していたとすれば、演技の中断と引き換えにフィルムの編集点に一つの道筋ができ始め、モンタージュの効用がシーンに及ぼす影響は大きかっただろう。ここでの簡素だがラフな二つのショットは、作為によってその画面に感情や視線を誘導することなく、俳優の身振りをただ見せることに成功している。食卓を囲うそれぞれの自発的な仕草は見ているだけで楽しいが、特に母親が車を買ったミシェルを流暢に叱責する姿は脳裏に焼き付くだろう。

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ただ見るためのレッスン 映画における誤認と信をめぐって

三浦光彦

『バルドー/ゴダール』

 ジャン=リュック・ゴダールにジャン=マリー・ストローブ、吉田喜重、青山真治、そしてジャック・ロジエ…。所詮は映像の束に過ぎない映画というものを、何とか意味のある形式へと昇華しようとしてきた映画作家たちが去年から今年にかけて次々と亡くなった。だからといって「映画の死」なんてものを嘆く気にはならないし、そもそもテレビやパソコンなどの映画以外の映像文化が当たり前の時代に生まれ、映画の原体験なんてものを持ち合わせていない私には、それを嘆く権利すらないだろう。20世紀の末に生まれた私が目にしてきたのは、目まぐるしいメディアの変化やコロナ禍といった如何ともしがたい社会状況の変遷の中で、映画が大衆娯楽としても、芸術の一形式としても訴求力を着々と失っていく様だけだった。誰もがポケットサイズのカメラを日常的に持ち歩き、映像を撮っては世界中に拡散する現代において、「映画とは何か」なんて問いを発するのはあまりに無意味に思える。しばしば言われるように、結局のところ、映画というのはあまりにも20世紀的な芸術だったのだろう。ならば、この21世紀に、なお我々が映画を見る必然的はどこにあるのか。映画を見るという行為そのものがある種の暴力性を持ち、イデオロギーを固定化してしまう危険性を秘めているにもかかわらず。私はこの大きすぎる問いに答える術を知らない。だが、少なくとも本文の冒頭に名前を挙げた作家をはじめとする少なくない映画監督たちが、そのような暴力性に、映画そのものを通じて抵抗しようとしていただろうということだけは知っている。彼らは自身の映画を通じて、観客の「映画を見る」という経験を、観客の認知や身体、知覚を変容させようとした。その試みが果たして成功したのか、それとも失敗したのかは判定できない。そのような変容がどのように起こるのか、どの程度起こるのかは観客個人個人によって違うだろうから。しかし、彼らはその可能性に賭けたのだろう。そして、そのような実践は彼らが死んでしまった今になっても、なお有効なのではないか。私もまたその可能性に賭けるところから、ジャック・ロジエについて論じはじめる。

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