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2006年06月28日

オール・ザ・キングズメン

 ブラジルの選手たちはスカウティングしているのだろうか?
 対ガーナに対して真っ向勝負では体力的に持たない、だからラインを引き気味にしてボールを取れるところで取り、一気にカウンター。このゲームはこうやって戦おうという意思統一がごく自然にできている。ポゼッションで下回っても、ここは勝ち上がればいい。それにエシアンがいない中盤で俺たちを追いかけてくる奴はいないだろう。パレイラがそんなことを話したのだろうか? おそらく何も言われなくても、その程度の戦術は選手たちに徹底されていて、何気なくそんなことが可能になってしまう。このチームのポテンシャルは本当に底知れない。ロナウドもアドリアーノも好調になった。

 そしてこの日の注目のゲーム。スペイン対フランス。どちらも予選リーグで「実験」を終え、本気。負けたらおしまいのノックアウト・システムは緊張する。
 ジズーも復帰。キングは退場せよ、もうデモクラシーの時代だ、ぼくはそう書いた。向こう見ずな若者よ、ひとり芝居をせずに、もっと皆と一緒に戦え、とも書いた。でも、他の選手たちは、キングが好きで、キングに敬意を持って接し、若者には試練を与えた上で、自然に学べばよいと考えたようだ。

 序盤はスペイン優位で進む。シャビ、シャビ=アロンソ、セスクの中盤がいい。そしてサイドアタック、次にヴァイタルエリア。だがスペインのアタックがことごとくそこで停止してしまう。右サイドのサニョルがアタックを控え、センターの強靱なふたりがスペインの新星にゲームの厳しさを教える。強靱なふたりのうちのひとりにとって、このゲームを落とすときこそ、この王国との別れの時である。最初の数分間、キングにはまったくボールが渡らない。左サイドに住処を与えられた独りよがりの若者は、いつもように強引な突破を試みるが、今日は抜ける。背後に、右に左にキングの足音を聞いたスペインの将校たちが、少しばかり若者に道を譲ってくれるからだ。そして若者が危険なエリアに押し入ろうとする頃、キングにボールが渡り始める。

 今日のキングは、専制を振るおうとしない。長年このキングと共に戦場にあった強靱なディフェンダー、そしてこのキングに影のようにつきまとい、窮地にあるキングに常に救いの手をさしのべてきた忍耐力にあふれる小兵と一緒に、まるでこの瞬間を共有することこそ、自らの喜びであったことを再発見するように、キングは、「共にあること」の最後の時間を謳歌する。
 強靱なディフェンダーの一歩がスペイン勢の足を踏みつけた失敗を若者は脅威の運動量で償おうとする。今までならば途中で止められていた突破が、前半の終了近くに成功し、若者の放った銃弾がスペインのゴールに突き刺さる。王国はまだ立派な呼吸を続けている。専制君主を王として祭り上げているフェオダルな政治制度でなく、王もまた自らの国を構成する欠かすことのできない部分であるかのように、キングは静かに自らの存在感を示し始める。

 スペイン勢のもっとも優秀な部分に疲労が見え始める。スペインを率いる百戦錬磨の老将軍は、自軍の中央にいるそれまで何度も自軍を救った人物と今回の戦いで功労のあった新たな人物を下げ、影のように敵軍の背後にせまる刺客と右サイドを切り裂く名人を送り込む。だが、中央に位置するスペイン軍のもっとも優秀な部分に次第に疲労の色が濃くなってくる。
 その最終の防御を司る誠意のディフェンダーが王国の速度あふれる先兵を体で止めてしまうとき、その場にキングはゆっくりと歩を進める。キングの僚友たちはもとより、キングと共に時間を過ごすことで少しずつキングの偉大さを理解し始めた諸侯たちもキングの力を信じて、相手陣の適切な位置でキングのボールを待ちかまえる。
 ゴールをかすめるように左に弧を描いたキングの放ったボールは、イングランドからイタリアへと領地を変え、かの地で攻撃を会得した長身の重臣の頭を捉え、スペイン防御兵の足に当たってスペインの堅陣へと吸い込まれていく。

 王国の復活を告げる鬨の声が聞こえてくる。キングは健在だ。老いたとはいえ、キングはわれわれのキングにふさわしい活躍を、この戦場に成し遂げている。やはりキングはキングだ。その退位の時刻は今ではない。キングの退位の祝祭を10 日ほど後で過ごしたい。スペイン勢が最後の力を振り絞ってフランス人への攻撃を続ける背後をキングは冷静に狙い、とどめの一撃をスペイン勢に与える。Vive le roi! デモクラシーを信じ続けるぼくらも思わず声を合わせて叫んでしまう。王政復古。だが、キングの健在ぶりが知られた今、諸侯たちはキング退位の花道をどのように飾り付けるかを考えればいいのだ。

投稿者 nobodymag : 2006年06月28日 10:26