【「マスター・クラス、アンゲロプロス」リポート〜『エレニの旅』テオ・アンゲロプロス その2】
取材・構成 渡辺進也


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◆◇◆新作『エレニの旅』について

『エレニの旅』は3部作の第1部で、エレニというひとりの女性、そしてその家族の波乱30年が描かれている。今後の2部と合わせると20世紀を統括するような内容になるという。21世紀を迎えた現在、彼なぜこうした映画を作ろうと思ったのだろうか。この3部作を作ろうと思いついたのはある出来事がきっかけであるという。

「『永遠と一日』でカンヌ映画祭に参加をして、映画祭から帰ってきた時に母が病気となり、しばらくして母は亡くなりました。私の母はこの20世紀を生きた、生き抜いた人物です。彼女は20世紀のはじまりに生まれ、20世紀の終わりに亡くなりました。この20世紀のすべての冒険を彼女は体験してきました。様々な戦争とまわりの人々の死……。私は、母に負うことがある、母のために何かをしなければならない、と考えました。そこで、母に捧げる、彼女の世紀についての映画を作ったのです」
『エレニの旅』
アンゲロプロスにとって、映画を作る時に重要な要素は、カメラ、俳優、撮影場所の3つだそうだ。撮影場所が入っていることに誰もが納得するだろう。『エレニの旅』では、家が何百軒と立ち並ぶふたつの村を映画のためにわざわざ建設したそうだ。アンゲロプロスは自分の気にいった風景を作るためにCGを使うのではなく、風景を実際に作り出してしまう。『エレニの旅』ではそれらの要素とともに、映画全体に渡って聞こえてくる音楽が映画の重要な部分を担っている。

「エレニ・カラインドルーの音楽のことですが、彼女と初めて会ったのは、『シテール島への船出』(84)の時でした。当時、彼女は映画音楽を作っていました。私は彼女が作曲した音楽を聴いて興味を持ちましたが、一緒に仕事ができるかどうかはわからない、彼女が私と同じ言語を話すかどうかはわからない、と思ったのです。映画の中にはたくさんの出会いが重要になってきます。同じ言語を話す撮影監督と出会うことも重要ですし、セットを作る建築家や脚本の協力者との出会いも重要です。同様にカラインドルーにしても、本当に同じ言語が話せるかどうかということがとても重要だと思ったのです。私は彼女と会って話してみようと思いました。初めて会った時、私は、映画のストーリーを彼女に話して聞かせました。彼女はそれをテープレコーダーに録音し、帰宅後、録音されたストーリーを語る私の声を聞いて、自分が作りたいと思う音楽(私たちは“模型”と呼んでいます)の簡単な下書きのような曲を作って持ってきてくれました。それを聴いた時、彼女と彼女の音楽は、私の映画の中にあるものだ、と感じ取ることができたのです。以来、今まで一緒に仕事をしています。今では、彼女の音楽なしでは私の作品は貧しいものになっていただろう、と思うほどです。私はそのほかスタッフにしても、同じ撮影監督、同じ技術者と、35年前から仕事をしています。35年前からスタッフを替えていません。移動撮影時のドリー担当の人は、35年前の私の最初の映画からずっと仕事をしてくれています。今でも最初の時と同じように注意深く移動カメラを押していきます。彼の動きの中には、同じような音楽性が常にあります。私たちは一緒に年を取ってきました。私たちはいい年の取り方をしたと思います。彼が特機として移動カメラを押す時は、本当に儀式的な時間です。私たちがその話をする時、本当に重要なものについて話すかのように話し合います。実際に彼がしていることは、何かを押しているだけなのに」

エレニの続ける旅、その30年にもわたる時間は風景の中で浮かび上がってくる。映画は当然終わりを迎えるが、映画の終わりとともに、エレニの旅もまた終わりを迎えることになるのだろうか。

「今回の映画は3部作の1本目です。このあと、2本目、3本目がきて、この第1作を補完して、それではじめて1本の全体として考えることができると思います。私が脚本を書いた時、実は、この3部作は3部作ではなくて、1本の映画として書いていました。しかし、製作が、それほど予算がかかる映画を作ることを受け入れてくれませんでした。そこで、この1本の脚本を3本に分けることにしました。3本ともそれぞれが自立している、独立している作品です。そして、3本の間には何かこの3本を統一するまとめるものがあると思うのです。同じ登場人物が出てくるわけでではないし、ストーリーも異なっています。3本ともができ上がったら、この3部作、3本をつなぐ1本の線がきっと浮き上がってくることでしょう。ですから、1本目のことについてお答えすることはできませんが、おそらく、あれはフィナーレであって、あるいは、フィナーレを待つフィナーレへの期待であると思います」

取材・構成 渡辺進也
協力 フランス映画社
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4月GWシャンテ・シネにてロードショー
『エレニの旅』
『エレニの旅』
監督・脚本:テオ・アンゲロプロス
撮影:アンドレアス・シナノス
音楽:エレニ・カランドルー
出演:アレクサンドラ・アイディニ、ニコス・プルサニディス、
ヨルゴス・アルメニス、エヴァ・コマタニドゥ
2004年/170分/ヴィスタ/カラー