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~SEPTEMBER  09/29__up dated

-『路地へ 〜中上健次の残したフィルム』 青山真治
-米国同時多発テロ事件
-America Under Attack
-追悼 相米慎二
-『インディア・ソング』マルグリット・デュラス
-『焼け石に水』フランソワ・オゾン


9月29日(土)

『路地へ 〜中上健次の残したフィルム』 青山真治

 新宮市から熊野川沿いを北上する国道168号線。その国道が山へとのびる入り口部 分にトンネルがある。小さいとは言え町だからか、海に面しているためか、新宮は明 るい。だがそのトンネルを抜けると風景はにわかに暗くなり、どこまでも山々に囲ま れてしまう。その道を少し走ると、私の母の実家の熊野川町になり、もう少し行くと 本宮にいたる。
 『路地へ』は三重県から海沿いに新宮を目指すので、奈良県から続く168号線のこ のトンネルは映らない。しかし、どうも『路地へ』を見ている間ずっと、私には馴染 み深いこのトンネルの向こう側、山々に閉ざされた168号線沿いの薄暗い風景が離れ なかった。もちろん、その薄暗さを知らないであろう大多数の観客にとってはその風 景は無関係だろうし、『路地へ』というフィルムがその風景を喚起するわけでもない のだから、この薄暗い風景は私の単なる思い違いなのだろう。
 だがしかし…。住んだことがあるわけでもないのだが、中途半端に馴染みのある新 宮の風景がこのフィルムにあらわれる。神倉神社、スーパーオークワの駐車場、新宮 駅の裏側…。そんななかで『路地へ』の映像は「わたし」にとって、あの薄暗い風景 を「欠いた」ものであった。何をお前にしか関係のない話をしているのだ、と言われ るかもしれない。いや、その通りなのだ。それは「わたし」にしか関係がない。そし て『路地へ』はそうしたフィルムである。
 そもそも『路地へ』は愛想が悪い。中上の原稿を読み、あらわれるタイトル「Le retrouve’」はその語を理解できない者に不親切なように見えるし、井土紀 州が解放会館わきの天地の辻を歩く時、まず誰もその事実に気付きはしないだろう。 朗読される中上作品も、中上の文学を知る人と知らない人とでは、その抜粋されたテ クストが抱かせるイメージは全く異なるのは当たり前だ。中上が撮った「路地」の映 像にしろ、それが中上作品中のそれと重なるにせよ、排斥しあうにせよ、「路地」を 知るものと知らないものとでは全くその映像の与えるものが違ってしまうだろう。だ から『路地へ』は「路地」についてのフィルムではなく、「わたし」の「路地」につ いてのフィルムなのだ。青山真治は、あの恥ずかしいくらい感傷的な坂本龍一の音楽 の使い方について、「中上の作品を読んでもらうためにやるのだ」というようなこと を言っていた。青山のもくろみが功をそうするならば、本物の「路地」をまず最初に 見てしまった人が中上作品を読んだ時にあらわれる「路地」はどんなものになるのか。 そのようなありえない想像も含めて、「わたし」の「路地」が生成変化していく現場 が『路地へ』というフィルムなのである。

 しかし「わたし」とは何なのか。少なくともそれは私という個人ではないのだが。 とりあえず逆説的に言うのならば『路地へ』というフィルムが「路地」を生成変化さ せていく現場が「わたし」なのだろう。

(新垣一平)


9月16日(日)

米国同時多発テロ事件

 9月11日、ハイジャックされたボーイングがニューヨークの貿易センタービルに 激突した。18分後もう一機が残る一本に、さらに三機目がペンタゴンに落ちた。
 「映画のようだ」。陳腐だが誰もが抱かざるをえない感想。そのことが重要なわけ ではない。今日では起こってしまった出来事を捉えた映像はすべて映画のように見え る。あらゆるものが撮られ、見られた。距離感と時間感覚を失わせるTVの映像はそれ に拍車をかけ、もはや「映画のよう」に写され、見えるだけでなく、あらゆる出来事 は「映画のよう」に起こる。しかしこの事件はおそらく、ただ「映画のよう」に起 こっただけでなく、「映画のように起こること」があらかじめ意図されたものだった のではないか。
 貿易センタービルが崩れ落ちたのは、しかれられた爆弾による、という説があるら しい。だとすれば、ジェット旅客機がビルにぶつけられたのはその破壊が目的なので はないということになる。少なくとも貿易センタービルは飛行機をぶつけることなく 破壊することが可能だからだ。現に、ニュース番組で飽くことなく繰り返される二機 目のジェット機の衝突の瞬間の映像では、ビルは崩れ落ちることはない。破壊するの が目的ではなく、ぶつけるためにぶつける。この目的と結果が同語反復であるような 発想を可能にするのはおそらく映像の力なのだ。二機の飛行機が皮肉にも「きれい に」ビルに激突する映像を計画者は思い描かなかっただろうか。予想もできない大爆 発が画面上に繰り広げられるのではない(こんなことを言うことは許されないが、ま るでCGとそっくりの)映像。安っぽいワイドショーの司会者でさえ口にする、「これ は映画の中のことではない、実際に現実として起こっているということを忘れてはな らない」という台詞。距離感も実感も欠いた湾岸戦争の映像がまるで「映画かゲーム のようだ」ったのなら、ある一定の質量と質量とが激突し、より大きなほうが傷つき ながらあとに残るこの事件の映像はまるで「現実のようだ」ったのであることに気付 き、戦慄する。
 『ハリウッド映画史講義』の中で語られる、アメリカ対映画、「合衆国」対映画の 戦いにおいて絶えず攻撃を受けてきた映像が、初めてくり出した「先制攻撃」が(そ れゆえこの事件は「パールハーバー」に喩えられるのか)この激突の映像なのだと言 うことができるだろうか?もう既に世界中のテレビで数えきれない数のボーイングが アメリカ経済を直撃したし、これからも無数に直撃することは疑いえない。映画の中 では放たれた弾丸が当たるべくして当たるように、この映像の中でもボーイングはそ の標的をはずすことがない。この数限り無い「現実の」激突がこの計画を「演出」し た者の意図だとは言い過ぎだろうか。
 仮にそうならば、表と裏のような、資本主義と映画、大国と小国とが行ってきた戦 いの外にこの事件は位置することになるだろう。映像にはっきりと写っているよう に、大きいものと小さいものがぶつかればより大きいほうが残るに決まっているのに もかかわらず、等価交換のルールである報復がありえない。敵をある地理上の一点と して定め、距離を測定することができない。相手を「見えない敵」と称するほかない のは、実はそう見えるだけでしかない映像を相手にしているからではないのか。
 僕らは初めてアメリカに「先制攻撃」を行ったこの映像を擁護するのだろうか?英 雄として?ばかばかしい。映画を擁護して戦いを続けてきた(そして続けている)者 たちは一度たりとも「先制攻撃」することなどなかった。映画は「かつてそこにあっ た」ものを撮り、それゆえ必然的に後攻なのだ。その不利な状況でいかにうまく立ち 回るかが監督を始めすべての関係者に求められる力である。戦いの中で弱り切った歪 んだ映像を凶器として襲い掛かることは卑劣極まりない。
 僕がこの映像を擁護することはけしてない。

(結城秀勇)


9月15日(土)

America Under Attack

 ここにテクストを置く事。仮にもそれらがクラシックや、ヌーヴェル・ヴァーグのフィルムに対するものであっても、その行為は否応無しに日付けを記述することになる。いや、全て僕の一挙手一投足が、そうして「今/ここ」もしくは「今/どこか」とリンクしていて、アクチュアルな行為であるというのも、大概、頷ける。が、しかし、映画が常にそのフィルムに映 り込んだ対象との間に時間の齟齬を抱えざるを得ないように、どんな批評もまた、映画に先立って存在する事はないだろう。だから、ここには、観ていない映画に対する批評がないのは当然ながら、作られていない映画に対する批評はない。
 米国で歴史的惨事が起きた。事件発生以降、メディアは、大して変りばえもしない限られた情報の蒐集作業に追われ、人々は、それらの情報の微少な差異の発見の作業の末に何かしらの感情を得る。それはそれで、何とも空しい光景だ。肉眼で一部始終を観ていた人々さえその惨事を「映画のようだ」と言うのだから、真にその惨事をメディアを介さない映像として体験したものなど、犠牲者を含む事件の当事者以外にいるはずもないが、遠い国の小さな部屋の少し画像の乱れたテレビや、深夜、煌々と並ぶドンキ・ホーテの格安テレビをじっと観ていたものの方が、崩れるビルの脇を逃げまどうものより、よっぽど事の次第を良く知っているだろう。だがそれらは、致し方ない事実であると言う他ない。
 また、夕刊の「戦争秒読み」という見出しを前にして、今、僕がその秒読みされている「戦争」について何の映像をも想起しないのも事実で、この惨事に、何か言葉をあてがおうと、ポール・ヴィリリオを読んだとしても、そこには何も書かれていないだろうし、多くの「映画」を寄り添わせようとしても何の助力にもならない事は分かっている。そして、今まさに、ここで僕が、何かを云わんとしても、ただ僕は、逐一事実を確かめようとする事以外に、事件の原因や今後の行方に対する気の利いた言葉を発する事ができないということもまた、分かっている。だが、それらは単に、この事件を取り巻くあまりに貧困な時間の問題のせいだと思う。この事件が真っ当に映像として記述され、テクストとして記述されるには、仮にも経験則としての歴史の名のもとで「歴史的」と位 置付けられ、世界に張巡らされた情報網から多くの危険分子やその関係性を抽出しえたとしても、今はまだ、それらをあらゆる意味で内在化する為の時間が不足している。確かにインターネットによって情報伝達のスピードがアップし、それらが多様化したかもしれない。しかし、それは時にこうした事件の客観性を人々に早急に押し付ける忌わしい技術の進歩となり、新しいメディアがもたらす新しい批評的視点などというキャッチフレーズのもとに、まさに映画を初めとした全ての表象物が歴史的に真摯に背負って来た時間の経過と決定的に相容れない、速さという幻想を生んでしまうことになる。
 なにも、時間をかけて資料をあさり、歴史的な事件を並べたり、知れた固有名詞の格言を並べたりして、結局、「がんばろうニューヨーク」などと云うことが歴史に準拠した批評行為だとは云わない。ただ、映画=現実をじっと見詰める事以外に、今、僕は何もしようとも思わない。テクストを残すという行為は、紙であろうがwebであろうが常に同じ文字によって成り、それらは全く同じ様にさらされる。違うのは、読み手のアクションだけだ。ならば、批評を行なおうとするものは、こうしたメディアの上であろうが、しっかりと現実を見据える必要がある。そこに、貧困な速さは、とりあえずいらない。
 CNNが「AMERICA's NEW WAR」と掲げるように、事件=現実は、双塔のビルが崩れた今、始まったばかりだ。

(酒井航介)


9月12日(水)

追悼 相米慎二

 相米慎二が肺癌で亡くなった。カーラジオから流れる相米の死のニュースを聞いた瞬間、自殺ではないかという予感が胸を過ぎったが、死因に関するコメントを聞いたとき、なぜか安心した気分になったと告白することは、死者に対する礼を失していることになるだろうか。 『風花』が彼の遺作になったということだ。ミニシアターでの上映だったとは言え、多くの人々の目にこのフィルムが触れたことはひとまず喜ばしいことだった。だが、『お引っ越し』以降の相米のフィルムは、私を完全に納得させたとは言えない。かつて外国から東京に帰った直後に見た『ションベンライダー』に感動し、東京映画祭のヤングシネマ部門に出品された『台風クラブ』に無償で英語字幕を付けたことのある私は、相米の近作に納得できなかった理由を相米自身にばかり帰する気になれない。『お引っ越し』以降、「日本映画」の何かが変容し、同じ定規でフィルムを見ることができなくなったことこそ私が相米の近作を評価できなかった一番の原因だと思う。映画とは何か、という大文字の問いに対する回答を捏造する態度が、ここ10年間で確実に変化したのだと思う。かつて山根貞男が「日本映画の底が抜けた」と発言し、安井豊がその発言について徹底した論功を著したことがあったが、相米はその「底」の変容を動かす基底にいたのだと私は思う。その質の変容について、思考することこそ相米を弔うことになるはずだ。

(梅本洋一)


9月6日(木)

『インディア・ソング』マルグリット・デュラス

 「INDIA SONG」のタイトルの背後に、まず、地平線に沈んでゆく美しい夕陽の映像があった。次に女の喚き声とも区別 のつかない歌声が虚ろに響く。
  「物乞い女よ。」「気が狂ったのね。」オフの声。
  豪奢な館の中の彼女、彼らは、タンゴやルンバが流れれば何かに捕り付かれたように踊り出すだけで、何もしてはいないし、唯、そこに居るだけ。これは静止画かと疑ってしまいかねない絵画的な構図では、形を変えながら部屋の中を漂うお香の煙だけがここに時間が流れていることを辛うじて教えてくれる。彼女、彼らは何もしていないし、何も待っていない。待っているのは観客の方である。こんな訳は無い、何かが起こるに違いないと、彼女、彼らについて饒舌なまでに語る何者かの音声、字幕の上を滑りながら、映像を眺めるもののやはり何も起こらない。そのうち字幕ばかりを追いかけているような気がしてきて、頑固な観客は「映画はまず映像だ」と映像に集中しようとする、が“neノpas/neノrien/neノplus/否定形ばかりがやたらと耳につく噂話は嫌でも耳に入ってくる。
 タンゴが流れれば彼は右手を彼女の腰に当て、その動きを支配しようとするが実際は彼女が彼を支配しているのである。(男は彼女の所為で発狂し死ぬ )彼女は彼に身を委ねているように見えて実は完全に孤独である。その二人の隙間にある齟齬、映像と音声の隙間そのもののようであるデュラスの映画を前にした私達も、その運動の中に、“INDIA SONG”の流れに身を任せなくてはならないだろう。そうした時、私達はただ彼女が美しいこと、夕陽が美しいこと、そこに古びた館があることだけを受け入れるのである。ここが何処なのか、彼女が誰なのか、そんなことがどうでも良くなってくる。デュラスならこのことを“破壊”と呼ぶのだろうか。

  『世界の破滅とは、世界が広がること。「もう社会主義の希望の映画を作る必要はない」私は別 のところでそう書いた。資本主義の希望の映画を作る必要はない。(略)映画の映画を作る必要はない。もう何も信じるものはない。人が信じるのは、喜び。人が信じるのは、何もないこと。』

 固有名詞の連なる世界地図で「INDIA SONG」を終わらせたデュラスは、“この映画には破壊が足りなかった”と言って直後に「ヴェネツィア時代の彼女の名前」を撮る。

(澤田陽子)


9月1日(土)

『焼け石に水』フランソワ・オゾン

 僕らを互いにつなぎとめる、わずかな剰余。それはベットの上で生まれる。彼と僕、 僕と彼女、彼女と彼はベットの上で出会う。出会いなおす。

 快楽はどこからやってくるのだろう?

 月曜日の朝、彼は小奇麗な家具のそろったその部屋から出て行く。部屋に帰ることの できない5日間という時間と彼の精神的苦痛はあらかじめ価値づけが与えられてい て、幾ばくかの金銭によって計量される。小奇麗な家具や美味しそうなワインや僕の いささかぴったりとしすぎたTシャツもその金銭と交換して得たものだ。いっさいの 価値づけを与えられない僕の5日間は、土曜日、日曜日に彼の精神的苦痛の余波を一 身に受けることで埋め合わされる。だからその部屋は社会から孤立した楽園などでは ない。僕の淋しさや彼の苛立ちは間違いなく「等価交換」という資本主義社会のゲー ム機構の一部である。カメラが部屋の中にとどまらず、時折外から部屋の窓を映すの はそのせいだ。

  窓から顔を覗かせる僕らの視線はいったいどこを向いているのだろう?

  部屋に4人の人間が集まる。僕と彼の関係は敢え無く崩壊する。快楽がなくなったか らではなくて、彼女の若さや美しさに見合うだけの価値を僕が持ちえなかったのだ。 価値の変動、それもゲーム機構の一部だ。若さや美しさが商品として価値づけられ る。快楽が労働として消費される。金銭を媒介に性が交換し、男が女になる。その部 屋ではあらゆるものが交換されうる。彼と僕、僕と彼女、彼女と彼、そして僕と、僕 の未来の姿である彼/彼女。僕と彼/彼女が毛皮のコート(それも金銭の一種だ)を交 換するとき、時勢すらも取り替えられ僕は死を先取りする。僕の死は彼/彼女の過去 と未来を同時に映し出す。

  すべてが等価に交換されるのであれば、なにも問題はないはずなのに、どうして僕ら はこんなにもぶつけどころのない感情を抱えているのだろう?僕が彼に快楽を提供 し、同時に彼が僕に快楽を提供するとき、その価値は等価なのだろうか?その快楽は 誰のものなのだろうか?そんな疑問こそが、ゲームが進行しつづける最中にふと生み 出される剰余だ。

 窓に突っ伏して泣く彼/彼女。
 快楽はどこからやってくるのだろう?
 そして僕はどこからやってきたのだろう?

(志賀謙太)