2.13

ジャンプ ラージヒル予選

ジャンプを予選から見るというのは単にオリンピックだからだ。
ワールドカップでは予選は中継されない。オリンピックの「高校野球」性とでも言えるだろうか。
ラグビー・マガジンの元編集長・村上晃──今ではスカパーの解説者──と話したときのことを思い出す。
「高校選手権の予選まで選手名入りで報道するのはなぜ?」
「売れるからですよ」
「地方の高校生が買うんです。彼が載っていたり、親戚の甥が載っていたりするんですね」
ラージヒルの予選にはエストニアの選手やイギリスの選手などが登場する。まだ「参加することに意義がある」オリンピック精神が生きている。巨大なスポーツイヴェントと化したオリンピックがまるで町内の大会になった瞬間──それが予選だ。
事実、K点120のラージヒルで80メートルしか飛ばない選手も出場している。小学生の頃、インターハイのジャンプをTVで見たことがあるが、九州の高校生が出場しているようなもの。そういえばボブスレー・ジャマイカ・チームの映画もあったよね。
3強は予選から強い。ハンナヴァルト、マリッシュ、そしてアマン。ヨーロッパ・ジャンプ週間まではマリッシュとハンナヴァルトの2強だったが、オリンピックにきてからアマンの好調ぶり──というか安定して遠くへ飛ぶ力──が目立っている。
怪我あけの宮平はワールドカップの調子に戻っていない。原田は精一杯。船木はトレーニング方法に誤りがあるとしか思えない。そして葛西は絶不調。

スケート 男子500メートル 2本目

百分の3秒差で清水は銀。これも勝負だ。
堀井は長野の表情とは違う顔をしてレースを終えた。
昨日も書いたが、もう「ドラマ」はない。「感動」もない。淡々とした力の勝負が続くだけだ。速い者が勝ち、遅い者が負ける。
翌朝の新聞に載った黒岩彰による記事。やはり名選手は、自らの経験値からしかものを語れない。「サラエヴォでは失敗し、カルガリーでは銅メダル」の自分から彼は逃れられない。サラエヴォもカルガリーも彼にとってスケートの町にしか見えないのだろうか。もちろんボスニア内戦のときには「かつて黒岩が滑ったリンクが、今や……」というキャッチフレーズはあった。やはりTVのライヴで黒岩の失敗を見ていた僕は、彼の失敗の光景よりも、サラエヴォの夜、屋外リンクにひたすら降り続ける白い雪が印象に残っている。雪がかき分けられた練習コースの中でゆっくりと一人で滑る彼の姿は夜間照明に反映して美しかった。そして雪は周囲の景色を覆い隠し、そこがサラエヴォであることを忘れさせてくるようだった。それから4年後、サラエヴォのリンクは真昼の光の中に無惨な姿を晒した。僕は、サラエヴォのリンクに関わる2つの光景を記憶し、黒岩が「自らに勝った」カルガリーのリンクの光景をまったく忘れている。