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2.17
スキー ノルディック 複合団体
アルベールヴィルの金以来、日本の複合チームは栄光に輝いていた。
アルベールヴィルから長野の前年までが日本チームのピークであり、それから長期低迷期に入っている。エースの荻原健司さえ現在のワールドカップ・ランキングは高い方ではないと先日書いた。それにしても団体の8位
は惨敗だ。
個人競技なら戦術もへったくれもない。ジャンプではひたすら遠くへ、クロスカントリーではひたすら早く滑ればよいのだが、団体というチーム・スポーツにはやはり戦術が必要だ。そして戦略も大いに必要になる。
まず4人の出場選手のセレクション。
日本チームは全員ジャンプの得意な選手を集め、前半のジャンプに失敗した。団体で4位
という意味は、良くて銅メダル、悪ければ今回の結果ということである。団体は5キロと距離が短いから、一挙に差を詰めなければ当然抜かれる。誰を第1走者に持ってくるかという戦術の問題がある。荻原しかないだろうし、今回は、荻原と心中というのが戦術(?)だ。
つまり、これは完全に日本の複合チームが完全に凋落していることを示している。懐の深いチームは、戦略的にも戦術的にも選択肢が多い。多様な展開に付いて行けるし、他チームに先んじて、自らのチームの戦術をまっとうできる。「自分の滑りができれば──」「自分たちのやり方が貫ければ──」という選手たちのインタヴューに頻出する言葉にはそういう意味がある。今回の日本チームは、ジャンプで優位
に立てなければメダルにはとうてい届かないし、荻原が抜かれれば成績はどん底まで落ちるしかない。言ってみれば、戦略や戦術以前の一か八かという選択しかないということだ。こうしたチームは弱い。
個人戦がほとんどのスキー競技も選手たちはチームとしてワールド・カップを回っている。アルペンの岡部がいつか書いていたが、岡部がエースだった頃のアルペン・チームはコーチの古川年正がスバルを運転してワールド・カップを転戦していたという。ワールド・カップの日程が終わりに近づくと、古川は運転士ながら必ず千昌夫の『北国の春』を歌い、岡部は感動したと書いていた。
僕の言いたいのは古川年正が演歌がうまかったということではなく、個人戦でもやはりチームなのだ、ということだ。専任のコーチが付き、専用の車があり、ワックスマンやスキーメーカーのエンジニアが付き添い、同じホテルに投宿し、一緒に練習をする。
いつかティエリー・ジュスが「カイエ」の編集長だった時代にこんな話をしたことがある。
「カイエ」っていうのはチームだ。本当にスポーツのチームとよく似ている。選手たちの平均年齢がいつも同じぐらいに保たれていなければいけない。ひとりが引退すると、チームのどの選手よりも若い奴が入ってくる。新陳代謝を繰り返すことでチームはつねに若くあり続け、力を保つことが出きるのだ、と。
選手の固定化や急速な若返りはかならず失敗する。チーム内の競争のレヴェルを上げ、レギュラーの位
置を得るために常に切磋琢磨することがチームを強くする最低限の条件だ。
東京オリンピックとメキシコ・オリンピックがほぼ同じメンバーで戦ったサッカーはそれ以後、凋落の一途を辿ったことは周知の通
りだし、ドーハの悲劇を経験した選手がレギュラーに多く残るチームはやはりワールド・カップで全敗した。トゥルシエがそれなりの成功を今のところ収めているのは、上記のような原則に忠実だからに他ならない。単純な原則だが、それを維持することはとても難しいことだ。経験則でしか生きられない人間の定めで、過去のよいイメージにどうしてもすがろうとする。チームで作業をするとき、若手の起用に一回失敗すると、どうしてもヴェテランの力に頼る傾向がある。「カイエ」をやっていた頃の僕の反省だ。チーム・ディレクションには常に勇気が必要だ。そして選手が結果
を出すまで少し待ってやる忍耐も必要だ。勇気と忍耐という相矛盾する方向性に調和が生まれたとき──滅多にあることではない──すべてがうまく運ぶ。たとえばフランス代表監督当時のエメ・ジャケは、カントナをまず勇気を持って外し、ジダン、ジャルカエフにチームを託し、そして次第にジダンひとりのチームへと忍耐強くフランス代表を変貌させた。
荻原も富井も森も長野にも出ているし、若い高橋はまだコンスタントに成績を収められない。わずかな新陳代謝しかなく、ほとんど切磋琢磨の状況を欠いた複合チームはやはり弱体なのだ。これは複合チームに限らないことだろう。明日の早朝に行われるジャンプの団体にも、アイスホッケーにも言えることだ。不況でスキー場が潰れ、アイスホッケー・チームが解散し、温暖化によって榛名湖も結氷しなくなった。スキーにもスケートにも明るい未来は遠い。オリンピックの晴れがましさは、僕らの周囲に広がる寂寞感を逆に照射しているようだ。
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