2.20

スキー 女子回転

のっぺりしたアメリカ

やっと冬季オリンピックの華・アルペン競技について語れる。
午前1時50分からの中継を待つ。だが、その前のスケルトン。これがリュージュに劣らず退屈。やはり風景が見たい。気温が上がり、コースの周囲に広がるのは、氷の壁ではなく、除雪車の通 った後の雪の壁のようだ。選手たちはそれなりに頑張っているのだろうが、同じ動作の限りない反復は退屈しか生まないのだ。

オリンピック観戦ももう連続10日なり、こちらはその間も真っ当に仕事をしているわけで、睡魔がおそってくる。
目を開けると女子回転のスタート時間だった。
天候は雪。それも気温が上がってベタ雪だ。
次々に選手が飛び込んでいく。短いカーヴィング・スキーは、こうしたベタ雪には不向きなようだ。切れのあるターンよりは、ややもっこりした弧 を描くターンになってしまう。軟雪はコースを剔り、イーヴン・コンディションでのレースは難しい。それに雪のためか、あれほど求めていた景色が見えない。雪に雲って見えるのは、穏やかに続く山並みで、ヨーロッパ・アルプスの急峻な岩山の群ではない。まるで六日町とか石打といった上越線沿線のスキー場のような風景なのだ。不思議なことにこうした風景からは晴れがましさが感じられない。カラフルな三角屋根の家々を望みはしないが、それでももう少しスキー場らしい風景はないのか?白馬や志賀高原の方が景色は良かった。これはこれで美しいのだろうが、アルペン・スキーという風景には不似合いだ。
そう、こうした風景は馬に乗ったカウボーイが似合う。ジョン・フォードの『捜索者』で、あたり一面 が雪で覆われ、ジョン・ウェインが馬で緩やかに進むシーンがあったが、そんな光景が似つかわしいのだ。
起伏を欠いたアメリカ、のっぺりしたアメリカ。
モーグルのように、ターンの技術やエアが風景に化してしまう競技を見ているときは気が付かなかったが、アルペン競技は、絶対的な風景の現前を強く必要としている。