2.23

スキー 男子回転

ソルトレイクのコースは難しい。
片斜面とうねるような急斜面が続いている。それに軟雪に水をまいて固めた表面 ばかりが凍ったバーン。カーヴィング・ショート・スキーとは相性の悪いコースだ。
ゆっくりと加重できる従来のスキーなら、スキーとの接点の多さからこの種のバーンはこなしやすいかもしれないが、極限にまで面 積を減らした接面に一瞬で加重し方向を変える操作が伴うカーヴィング・ショート・スキーで、こういうバーンを滑らせるのは酷かもしれない。もちろん安全に滑ることは可能だろうが、後半の急斜面 はリズムに乗って、スキーを加速させなければメダルはない。
フランスのヴィダルは徹底して攻めた。2〜3回のミスはあったが、リズムに乗り、体力にものを言わせ、一回目のラップを奪った。皆川は? 木村は? 皆川健太郎のスキーは中途まで走っていたが、ヴィダルに比べると、加重する時間がコンマ何秒か長い。2回目に進むための安全策とも思えたが、やはりスキーは走らない。そして片斜面 から急斜面に移行する瞬間に現れる極端に右に触れる旗門もクリア、おそらく2回目に進めるだろうと思えた瞬間、ラストから3旗門目で回りきれず失格。次第に走り始めるスキーを押しとどめることができなかった。スキーが走り始めると、少しずつ後傾になり、スキーのコントロールが難しくなる。ショート・スキーの場合、一旦、アンコントローラブルになるともうリカヴァーすることができない。常にベストの位 置に乗らないとスキーが闇雲に走るだけだ。回しやすいが、リカヴァーが困難。 そして木村は、何よりも安全策をとった。2メートルのスキー板だった時代の彼の欠点──過度の前傾──は直っていない。だが、スピードを遅くする彼のその欠点は、ショート・スキーになった現在、常に前方へ加圧することになり、スピードは遅いが、アンコントローラブルにはならない。かろうじて29位 に滑り込み、2回目に進んだ。ヴィダルと4秒近い差がありながら2回目に進めるのは、このバーンが難しく、多くの選手が転倒したり、旗門不通 過になったからだ。百分の1秒を争うレースとして面白味に欠ける。
トンバ、グシュトライン、岡部らが競った時代は、もっと競ったレースが見られたように思う。2本目で木村が19位 に順位を上げても、見ている興奮はない。 単にスキーがうまいヴィダルが金を獲り、同じようにショートターンが巧みなアミエが銀。スキーの回転でもレースの抽象度は増している。グシュトラインのような職人的な技術はもう必要とされないようだ。CGによって回転を解析し、あるトレースに沿ってターンできるようになること。それこそ勝つ秘訣であるように思われる。 同じようにワールドカップがありながら、スピードスケートと回転が異なるのは、スピードスケートが室内リンクの整備によってひたすらイーヴン・コンディションで滑れるようになったのに対し、回転は常にバーンが異なるということだろう。スケートがオーヴァル・コースのインディならば、回転はF1といったところか。モンツァ、イモラ、シルヴァーストーン、鈴鹿といった名コースがあり、それぞれ別 のテクニックを有さないと勝利を収められないF1──それは回転競技に近いのだが、ショート・スキーの出現以来、どうもF1的なものよりはインディに近づいているような気がしてならない。「書物」をバルト的に快楽的に読む行為よりも、コンピュータの自動言語処理に近い技術が勝利を収める時代といったらよいか──今回のオリンピックが「物語」を欠いているのは、そうした変化と無縁ではないからかもしれない。そう言えばフィギュアの採点も主観を廃してコンピュータによるものに変えようとする動きがあると聞く。
スポーツのディジタル化は、ライヴで観戦する興味を殺ぐように思う。