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2005年5月29日

コンペディション部門 『Lemming』ドミニク・モル

今年のカンヌ映画祭コンペ部門のオープニング作品。〈レミング〉とは北欧に生息するネズミ科の小動物の名だ。その繁殖力の強さにより鼠算的に増える種の数を集団自殺で調節する、そんな特異な習性を持つ。本作は、ひょんなことからレミングを発見する〈幸福な〉若夫婦(ロラン・リュカ&シャルロット・ゲンズブール)がたどる奇妙な経験を、上司でもある〈危機の〉熟年カップル(アンドレ・デュソリエ&シャルロット・ランプリング)の介入とともにサスペンス仕立てで描いてゆく。物語はロラン・リュカ演じるハイテク企業の技師(タケコプター紛いの空飛ぶ監視カメラを作っている)の視点から語られる。さまざまな事件(上司の妻の誘惑、自殺、自らの妻の不倫、交通事故、上司の死……)が現実とファンタスムの境で繰り広げられ、彼自身の錯乱がフィルムのそれと軌を一にすることとなる。
日常から生じさせられる不気味さ。それは見事に持続させられ、現実とファンタスムの境は最後まで曖昧なままだ。その不気味さがレミングに賭けられているというか。ここでのレミングは、一見して、物語とは関係のないヒッチコック的マクガフィンの意味のなさ=不気味さなのだが、一方でドミニク・モルはそこに象徴的な意味をも与える。つまりここでのサスペンスは、犯罪を巡るのではなく(たとえば上司の死がリュカによる他殺なのか、自殺なのか云々)、レミングという存在に、物語上のその機能にこそ、賭けられているのだ。
とはいえ夢落ち的ラストといい、結局はクラシシズムに寄り添うフィルムだと言えなくもない。デビッド・リンチへの道はほど遠く、あるいはアラン・レネ『アメリカの伯父さん』のネズミ実験場からもほど遠い。あるいは、異なる形でレミングを扱う青山真治『Eli, Eli, Lema Sabachthani?』(「ある視点部門」出品)の対蹠的存在だと、そうも言えるだろう。フランスの若手監督には珍しく「アメリカ映画」を見据える演出や細部を持つドミニク・モルだが、今回もまた前作同様(『ハリー、見知らぬ友人』)、良質なフィルムの粋をはみ出すことがなかった。

松井 宏

投稿者 nobodymag : 2005年5月29日 00:05