03.1/21

 

 「僕には欠けてるとこがあるんだろうね・・・」。鼻水が止まらない午後十二時半、nobody事務所から5分程のクラブキング事務所最上階(1階から5階まで全て事務所だ)に桑原茂一氏がやってくる。壁を覆うCDとターンテーブル。薄汚れたコンクリートと木製家具が、西側に位置するガラス張りの壁を包む光とともに、すこし、身体を馴染ませてくれる。黒の太いフレームにアクセントをつけられた桑原氏の顔に、始めて結ばれた像のような感じを受け、そう、思っていたよりくっきりとした眼と小さな身体。
 70年代からスネイクマンショウを仕掛け、80年代前半にはあの伝説の(そして東京における最後にして最強のシーンをつくり出した)クラブ、「ピテカントロプス」を原宿に出現させ、今年で14年目を迎える(東京における最大で最強の)フリーペーパー、「ディクショナリー」の編集長を務める(その他手掛けた仕事は数知れないが省略)。インターナショナルという言葉が全く似つかわしくない彼の仕事が、ロンドンやパリのクラブカルチャーとの通路をつくり出した、そしてニューウェーブとはジャンルではなく生き方の問題である・・・、そんなことが頭をよぎる。バブル真っ盛りの時期に彼はフリーペーパーを世に送りだす、「なんでしょうね、バブル真っ盛りなのにね、ついつい・・・」。
 「軽さ」と「重さ」、「わかりやすさ」と「決してわからないこと」をいかに等価にするか、というより、方法としての前者と内容としての後者との境界をいかに消去するのか。それが実践であり「ズレ」と呼ばれるものであり桑原氏の言う「カウンター(カルチャー)」だ。
 「隣はずっと空いてますよ」。寺山修司が住んだこのアパートで「カウンター」は生まれ続けるだろうか。風が強い、そのわりに緩やかな陽射し。隣は空いてるそうです。

松井宏

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