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03.3/11

 

 アパートの改修工事が終わりつつある。騒音も減ってるし、塗り替えのために張り巡らされたビニールが一挙になくなったのが何よりも大きい。工事終了しちゃうのか。
 さて、写真家鈴木親さんを御存知だろうか(「チカシ」と読む)。ネットなんかで調べるとホンマタカシやらの「若手写真家」といっしょに並べられているが、しかしこの人、笑っちゃうほどおかしな人だ。彼の写真には「東京」なんて全く映っていない。
 写真専門の教育を受けずに(なにせヨーゼフ・ボイスの写真が好きだったらしいし)大学在学中に独学で技術を身に付ける。卒業後は日仏学院でフランス語の勉強。そんなある日の一幕。

 鈴木:「僕、いつかアンダース・エドストロームと一緒に仕事をしたいんですよ」
 隣の席の生徒:「あっ、その人、オレの奥さんの友だちかも」
           
 この会話からフランス行きが決定。さらにエドストロームに気に入ってもらい、最強アンダーグラウンドファッション雑誌「purple」で初の仕事をすることとなる。そこでの横の繋がりというか、「環境」みたいなものが彼の物差しを決定する。
 ファッション界には厳然と階級があるという事実。そのファインダーを覗く冷徹で現実主義的な眼がチカシさんの写真をつくっている。そこに「パリ」や「東京」のイメージはないし、デザイン性の高い服もまた、やたらとベーシックなものに落とし込まれる。
 仕事をして業界の裏を知る。それはそのイメージを自分もまた纏うことではなく、単にそこにある矛盾だらけの現実を知ることである。その中での実際の労働が自らのオルタナティヴなフォーカスを絞り込む。彼が仕事を始めたのは、そんな「環境」でだ。東京とパリのそれのどちらが良い悪いではなく、東京には「環境」ってのは単に皆無なのだと、チカシさんは言う。
 いやそれにしても。この人、運が良いというか、語学もできないままよく向こうで仕事したよな。そのラッキーさと、ラッキーを引き寄せるだけの力に唖然、笑いっぱなし。悪意に満ちた素敵な笑顔、鈴木親30歳、注目です。

松井宏