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2005年4月14日

2005年4月14日

「ねぇ本当の名前はなんていうの?」彼が私に尋ねる。私は一気に心拍数が上がり、イヤな汗をかく。「えー、……A子っていいます」。私はとっさに、源氏名とはまた別の、あらかじめ用意しておいた「本名」を口にする。「へぇ、いい名前だね。Aちゃん」。「……」。実際にはちっとも聞き慣れない名前で、改めて私を呼ぶ彼に、私は曖昧な笑みを返す。その少しこそばゆい雰囲気に、私は後ろめたい気持ちでいっぱいになる。もちろん、風俗の仕事では、自分の履歴について、二重三重の嘘を積み重ねるのはごく常識的なことだ。履歴を教えるということは、逆に私の大切な人たちに、自分が風俗嬢であるということが知らないところで伝わってしまう危険につながるだけでなく、私が、ある意味でお客さんに単なる風俗嬢以外の存在、つまりたたたま風俗嬢をやっている〈彼女〉として扱われる(と、私が感じてしまう)ことをも導くと思う。これは同時に私が、自身の履歴つまり、本名や出身地や年齢に、自分自身を定義する何かを見ているということを意味している。だからこそ、「本当の〜はなに?」という質問に、私はいつもひやりと冷たい汗をかくし、彼もそこを知りたいのではないだろうか。性感タイムに入る。私はいつも通りゆっくりとナース服を脱ぐ。さっきから繰り返される「Aちゃん」という響きに、後ろめたさを拭えないでいる。私はぬるぬるの手のひらで彼のペニスをいじり回す。「大きい! え〜びっくり!」「ほんとに固いよ」「いいお尻ですね、本当に」。嘘を伝えた罪悪感から、せめて自分の気持ちは「本当」だということを彼にわかってもらいたいがために、彼へのひと言ひと言が、「すごい」とか「ほんとに」とか、無意識にそんな副詞で埋め尽くされていく。彼は得意げに私を見つめる。彼の足にまたがり、上方から彼に笑顔を返す。両手を使ってペニスをしごく。「あ〜待って待って!!」彼が私の手を払いのける。私は手を止め、彼の隣に横になる。彼の手が私の胸へとゆっくりとのびてくる。私は彼の玉へと右手を伸ばす。爪を立て、指先で軽くなで付ける。柔らかい皮と玉の感触がいい。私がそのまま手をペニスの根元へもっていくと、胸を触っていた彼の手が止まる。中央線を指先でなぞり、少しつぶれたようなカリの輪郭を親指と人差し指で包み込む。軽く握ってグリグリと手首をひねる。「あ〜待って!!」彼がとっさに私の手首をつかむ。私は手を離し、彼の顔を見上げる。彼は黙って一点を見つめる。「あ!……ごめん。あの、いいや」。早口でそうつぶやくと彼が私の手首をぱっと離す。「へ?」訳が分からずあたふたする私に、彼があごで自分のペニスを指し示す。「……あ!……はい」。私は急いでまた彼のカリをにぎる。「あっ!」彼と私は、先端から粘液が飛び出すと、思わず同時に声を漏らす。それはいかにも微妙なタイミングだった。ドクッ、ドクッ、ドクッ……ゆっくりと彼のペニスが痙攣を繰り返す。気まずい間が流れる。見上げると、彼は固まったようになりながら顔を少しこちらへ向ける。「あはっ」。照れたように彼が笑う。私は彼のなにかずいぶんと大切で恥ずかしい部分を垣間見てしまったような気がする。うれしくなって私も彼に笑いかける。風俗嬢をやっていて、こういう瞬間が一番好きだと思う。それはつまり正直言って、私もまた、お客さんを、単なるお客さん以外の存在、つまりたまたまお客さんをやっている〈彼〉として、その存在感に触れることに、無性に喜びを感じてしまうのだということだ。私と彼は、その相手——対象——の存在感を、いま、ここで、対面しているものにゆだねるか、それともそれをみえない「本当」のことにまかせるか、という部分が異なっているだけなのだと思う。

投稿者 nobodymag : 09:43