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May 30, 2005

2005年5月30日

むき出しの彼の背中にまたがり、私はそこにオイルを垂らす。筋肉の筋にそって腰から肩にむけ親指を滑らせる。肩甲骨の周りに、グリグリと指を押し付ける。ふと、膿のようなにおいが鼻を突く。彼の肩には、一面にニキビがつぶれたような赤いかさぶたやシミが点在している。そこに指を押し付けるたび、毛穴に閉じ込められて酸化した皮脂から少しずつ空気が抜けていくのだ。さけようとしても、その凹凸に指がとられる。むせ返り、私は息を止める。腰のほうから肩に向け、再び指をはわせる。膿のにおいがあがる。「背中どうされたんですか?」思い切って声に出してみる。「小さい頃からなんだよね」「……いたいです?」「ううん。大丈夫だよ」。
マッサージを続ける。オイルでぬるぬるの手のひらを自分の鼻に近づけてみる。自分の指先からも、かすかに同じ種類の異臭がする。私は、以前唐十郎の赤テントで観た、肩につめものをした男のことを思い出す。セムシ男とでも呼ばれていただろうか。とにかくそこでは、そのこぶになった背中に、逃れられない彼自身の過去が象徴的に重ねられていたように思う。言葉少なに私にいろいろと声をかけてくれる彼からは、もちろんあからさまに過去にとらわれている様子など見えてこない。しかし洗い落とされずにずっと彼の背中に居座ってきた皮脂たちは、私に彼に流れた月日の大きさを連想させた。ぼこぼこと小さく隆起するそれを背負って、彼は自分の後ろにたつものたちに、自分の月日を異臭として垂れ流しているように思えた。それを享受するのは、あるいは裸で彼に接することのできたものたちの特権なのかもしれない。しかしとにかく私には、直感的な嫌悪感以上に、それを受け止める責任感とでも言うような重圧が重たくのしかかってきたような気がした。それは彼が帰ったあとも、異臭とともにしばらく私にまとわりついた。

投稿者 nobodymag : 5:40 AM

May 24, 2005

2005年5月24日

みんなはどんな気持ちで「風俗」という仕事に取り組んでいるのだろう。という純粋な興味から、たまたま新宿のある書店で『風俗嬢意識調査』と題された本を手にとった。
目次には、1999年から2000年にかけて、都内と横浜の限定された23件の非本番系の風俗店で働く女の子を対象にした職業意識の調査アンケートの結果が項目別に示されてある。「年齢」から「動機」「罪悪感」「風俗と浮気」といったそれぞれの質問内容は、風俗で働く自分自身にとっても切実な問題ばかりだ。
読み進めると、まず、冒頭での何十にも施された前置きが目を引いた。そこには、調査期間や対象の店舗名、それらを選んだ理由、調査方法や統計方法が、とにかく具体的に詳細に明示されていた。それはきっと、予想される多くの批判への前段階での厳重な対策なのだろう。そしてそのことによって、調査対象つまり冒頭での「みんな」は、可能な限りの具体性のなかで、その輪郭を浮き彫りにしているようだった。様々な条件で限定された「みんな」は、すごく私に似ているように思えた。
さてしかし各章を読み終えると、私はついに初めに示した疑問に対する答えをこの本から得るにはいたらなかったことに気がついた。というよりも、その疑問は途中から消えてしまっていた。それはアンケートの統計報告であるにも関わらず、その回答があまりに細分化されていたからだ。例えば「この仕事に誇りを持っていますか」という質問に対して、もちろんその答えは、はいかいいえかどちらとも言えないの3つに分類される。しかし本書はさらに掘り下げてその理由まで克明に記す。「与えるものがある」から「はい」とか、「人に言えない」から「いいえ」とか、それらの回答は統計である一方でどこか切実だ。本末ではその簡略化された回答の全文を逐一たどることすらできる。匿名性は維持されつつ、それらは徹底的に具体的で、個人的なのだ。私の興味はいつしか「みんな」から、アンケートに答えたひとりひとりへと向かっていった。本書を読み終えると、彼女たちと会うために、実際に示されたお店で働いてみるのも悪くないかもしれない、という思いがよぎった。それは男の人だったらもしかしたら、お客さんとして足を運んでみようと思う気持ちと似ているのかもしれない。「職歴」の調査報告によれば風俗で彼女たちが働く期間は、1年未満が約8割を占めている。なんて短いのだろう。どうして辞めてるのだろう。もっと詳しく聞いてみたい思いがあふれる。しかし彼女たちの大部分はもうそのお店にはいない。本書は、あるとき風俗をやっていた女の子たちのその痕跡を、ただ確かにその内に刻むのだ。

投稿者 nobodymag : 12:25 AM

May 10, 2005

2005年5月10日

一般的に、風俗のお店は汚いと思われている、と思っている。「汚い」というのは、だまされるとか、ごまかされるとかではなく、ただ純粋に「汚い」という意味だ。実際には、私のお店のプレイルームでは、お客さんが帰る毎にシーツを交換し、使われずに時間が経った蒸しタオルは洗いに出すので、私自身はお店をそこまで汚いものとは考えていない。でも絨毯にまで飛び散ったローションや精液はおしぼりで拭き取るだけだし、スリッパも裸足で履いているのに一度も洗ったことがないので、細かいことを気にかければ、お客さんは、他人のむきだしの生理と常に隣り合わせであるとはいえると思う。
彼はシャワーから上がり布団に横になるとこう言う。「あのね、顔のマッサージはなくていいから。あと、オイルも使わないで」。私は、いつもより少しぎこちなく、乾いた手でマッサージを始める。「……うーん、すいません。うまくできないです……ちょっと使います?」彼は即座に言葉を返す。「いいよいいよ。だって、それ、洗ってないでしょ?」並べられたオイル瓶を指差され、私は苦笑いをする。「まぁ、適当でいいから。ね」。
性感タイムに入る。うつぶせになった彼がいう。「パウダーとか、なんかつけるやつは一切やめてね」「はい」。私は彼の背中にまたがり、美しい曲線を描く彼の背を指でなぞる。オイルが付いていない洗い立ての彼の背中と私の手は、驚くほどさらりとしていて、気持ちよく指がながれていく。指を脇腹にそわせ、さらに胸のほうまでくぐらせると、彼からしっとりとした吐息が漏れる。「じゃあ、四つん這いになってください」。体をずらし、彼の体勢を整えると、私は彼のお尻のほうへと移動して、足の付け根に指をはわせる。次はローションを使った性感だ。「ローションもやめておきますか」。私は彼に尋ねる。「……あー、……ローションだけはつけようか」。私は笑ってボトルを手に取り、彼のお尻へとゆっくりと生暖かいローションをたらす。「これ気持ちいいねぇ」。四つん這いの彼がにわかに起き上がり、私と彼は向かい合わせの格好になる。指先を使い、今度は彼が私の足の付け根へと指をはわせる。「こら、もうどこ触ってるんですかー」。笑いまじりに彼を制止する。「いいじゃん、パンツ触らなかったらいいんでしょ? ね、絶対パンツは触らないから」「……絶対だめですよ」。彼は再び指先で私のパンツの輪郭をなぞっていく。「……気持ちいい?」私は彼に曖昧な笑みを返す。「ねぇねぇ、チュウしようか?」私は驚いて彼を見つめる。「え? だめですよー!」「いや違うの。したふりだけ。ね」「なんですか? それ」「顔近づけて、したふりするの。ね。絶対チュウしないから。ね」。私は彼の甘えたような優しい言い方がなんだか気に入って、とりあえず彼に合わせる。ゆっくりと、彼の顔が、私に近づいてくる。私も開いていた口を閉じて、彼のほうに顔を寄せる。彼の手が私の肩にまわる。私が少しびくついて体に力を入れると、彼がそれを敏感に察知する。「大丈夫だから。絶対口つけないから。ね。それだったら合法でしょ?」ふと、彼は本当に絶対に私にチュウしたりはしないんじゃないかという思いがよぎる。つまり彼の言う「合法」とは、お店のルール以上に、潔癖性気味の彼自身の理念に対してのものなのではないか。私は思い切ってさらに彼に近づく。彼も私に近づいてくる。彼の顔がすぐそこまで来ている。絶対に唇は触れない。
シャワーに向かう時は、お店のルールで女の子とお客さんは手をつなぐことになっている。私は彼に、ローションと彼の精液でベタベタになった手を差し出す。彼は躊躇する。風俗で遊びたい、つまり他人の生理と性的に直に向き合いたいという思いと、その生理を全面的に拒否したい思いが、彼のなかで絡み合う。しばらくすると彼は人差し指を1本たて、私に差し出しかえす。私は彼の指先を握る。彼のその遊びっぷりがひたすら素敵だ。

投稿者 nobodymag : 10:32 AM