『ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択』

渡辺進也

© 2016 Clyde Park, LLC. All Rights Reserved.

 『ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択』の中で、一番好きなシーンは何かと考えると、真っ先に最初にあるいくつかのショットが思い浮かぶ。薄曇りの中、雪を覆う山脈を背後に、100メートルはあるんじゃないかというような長い貨物列車が画面右奥から手前に向かってやってくる。のろのろと、ブレーキを軋ませて、汽笛を鳴らし、ガタゴトと車両を揺らしながら。そのあと、街を高くから捉えたショットに天気を伝えるラジオの声が重なる。「非常に気の毒なことにマイナス15度を記録した先週 3匹の犬が舌が腫れてしまい病院へ運ばれました」……。 まだひとりも登場人物が現れてもいない、こうした最初のシーンになぜ惹かれるのか。まるで一枚の静止画であるような景色の中でただ列車だけが動いているというその美しさもさることながら、これらのシーンが、この映画の全てと言ってもいいほどに、多くのことを語っているからではないかと思う。滅多に陽が射さないであろうその曇りがちの天気や木々や植物の薄く茂ることが伝えるその寒さ。また、馬につけられたのだろうか鈴の音と、耳をつんざくばかりに鳴り響く汽笛(この映画の中で最大のヴォリュームである)はこのあと、彼女たちが住み、訪れる街の中で、何度となく聴こえてくることとなるだろう。また、このゆっくりとしたリズムがその後この映画に流れるリズムそのものであるようにも感じる。

 例えば、ケリー・ライカートのどの作品も、乗り物から始まっていることが多い印象がある。『ウェンディ&ルーシー』もまた貨物列車の車両基地に電車が到着するところから始まるのだし、『ミークス・カットオフ』は牛が引く幌馬車が川を渡るところから始まっていた。『First Cow』では大型の貨物船が河川を進むところから始まるようだ。さらに言えば、『ナイト・スリーパーズ ダム爆破計画』はダムから放水される水の流れを映っているのだし、『オールド・ジョイ』は囀る小鳥の姿が映っている。写真を映すことで始まる『リバー・オブ・グラス』以来、ライカートの映画は必ず固定画面から始まる。『リバー・オブ・グラス』が過去からの時間を表すのに対して、『オールド・ジョイ』以降そこで映っている対象はどこか移動を思わせるものばかりだ。それがどこからやってきたのかもわからず、いつまでもそこにとどまるものでもなく、時が経てばその場所からいなくなってしまう。たまたまその瞬間にその場所にいたそうしたものを映すことから映画が始まる。
 ライカート映画の主人公もまた、そうしたひとつの場所にとどまることがなく漂流する者たちである。『リバー・オブ・グラス』で主人公たちが街から出ていき、『オールド・ジョイ』ではウィル・オーダムが街に帰ってきたことから始まるように。『ウェンディ&ルーシー』のミシェル・ウィリアムズはアラスカに仕事を探しに行く途中に立ち寄った街で往生し、『ミークス・カットオフ』では新たな住処を求めて道に迷い、『ナイト・スリーパーズ』は牧場に住みながら共同生活をする若者たちの仮の住処であったように。

© 2016 Clyde Park, LLC. All Rights Reserved.

 『ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択』は、原題のCertain Women が示す通り、貨物列車の汽笛が聴こえる街、リビングストンとその周辺に住む、複数の女性たちの物語だと、とりあえず言うことができるだろう。仕事中に起きた事故から働いていた会社に訴訟を起こせないかと男に付き纏われる弁護士の女性(ローラ・ダーン)。古くからその場所にある石を使って家を建てようとする女性(ミシェル・ウィリアムズ)。冬の間だけ牧場に泊まり込み馬の世話をする女性(リリー・グラッドソン)が夜間の法律スクールが行われる学校に紛れ込み、そこに街から教えにやってきた若い弁護士(クリステン・スチュワート)と交流する話。ミシェル・ウィリアムズ演じる女性の夫がローラ・ダーン演じる弁護士と関係を持っていたり、リリー・グラッドソン演じる女性がローラ・ダーンが働く法律事務所を訪れたりと3つの話が同じ時間や空間を共有している。
 3つの話に共通して、それぞれが働き生活する様が詳細に描かれ、その仕事や生活に関してそれぞれの女性たちが不安や心配事を抱えている。働くこと、家族との関係……。そうしたことを明らかにされるのはいつもふたりの人物が向かい合っての対話をする場面であるのだが、その多くはあたかも独白のようですらある。ローラ・ダーンが仕事の大変さを話す電話、ミシェル・ウィリアムズが石を譲ってくれないかと老人の家を訪れて頼む会話、リリー・グラッドソンが授業後のダイナーで語る子供の時の思い出。それらは彼女たちのことを知るための多くをもたらしてくれるのだが、一方でそれを聞く相手はその言葉に反応するというよりはむしろ自分のことを語りたがる。聞いてはいるのだが、真っ向からそれを受け止めないというような。だからこそ、この映画で人物たちが心を通わすほんの些細なシーンがとても心に残る。刑務所の面会室で飲むバニラシェイク、家族や仲間たちと食べるサンドウィッチ、ダイナーに向かう馬上のふたり。だからこそ、このまま会えなくなるのが嫌だったからと話した、わざわざ数時間かけてやってきたリリー・グラッドソンの言葉にただ沈黙するしかないクリステン・スチュワートの姿が心に残る。
 街の生活者たちも、他のケリー・ライカートの映画の主人公たちと同じように、人々とすれ違い、自分のいるべき場所、自分のするべきことに向かい合い進み続ける。同じ空の下、列車は今日も汽笛を鳴らして走ってゆく。

『ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択』
価格:¥3,800+税
発売・販売元:(株)ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント