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渡辺進也
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渡辺進也
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2009年10月21日

10/21
結城秀勇

本日は渡辺に代わり私結城が。10/21は、今年の東京国際映画祭に一日だけ来るならこの日、といわんばかりのラインナップ。一ヶ月前に今日の予定がわかっていれば、ジャック・リヴェット『小さな山のまわりで』→キム・ギヨン『玄界灘は知っている』→イエジー・スコリモフスキ『身分証明書』→イエジー・スコリモフスキ『不戦勝』→ホセ・ルイス・ゲリン『イニスフリー』という一連の前売り券を買っていたことでしょうが、コンペ作品などのまったく未知の作品との遭遇にも備えなければならない身としてはそれもできず。当日券の存在に儚い(というかほぼない)期待を抱くも、もちろん無理。聞くところによれば、チケット売り場に朝7時から列が出来ていたという……。
『小さな山のまわりで』は月曜のID上映にて既に見ていた。限られたスペースでひとことだけこの映画について述べるならば、完全に肯定的な意味で”軽い”映画だと感じた。と、書いてしまってすぐに語弊があると思い直すが、上映時間が90分だからとか、リヴェットぽい/ぽくないとか、見やすい見やすくないとか、そうした語の用いられ方とはまったく無縁な場所で、”軽い”映画だった。冒頭、ジェーン・バーキンの持ち物である故障した三菱パジェロのロゴが、みっつの頂点にある菱がひとつ取れてぐるっと回転してVの字になっていたことが、そのことと関係しているような、していないような……。
さてスコリモフスキの当日券には見切りを付けて、シネマートの方の当日券に期待をかけたところ、『玄界灘は知っている』のチケットが買えた。途中に音声、映像の欠損箇所があるこの作品だが、冒頭の軍艦上のシーンからもう、欠損があろうがなかろうがいろんなものをすっ飛ばしてぐいぐい引っ張って行かれる映画である。民族間の軋轢、軍国主義への反感、伝統の抑圧とそこからの解放についてぐるぐる回っていた物語が、最終的には火との戦いに終結する様は圧巻。何主義だろうが焼けちまえば一緒と言わんばかりの業火、そしてさすがに焼かれれば死ぬだろと思っていたら、なんと死なない。『水女』に近いものを感じる爆発的エンディング。帰りのエレベーターで青山真治監督と会い、主人公のナレーションが『陸軍中野学校』の市川雷蔵そっくりだという話を。
続いて、ヤスミン・アフマド『タレンタイム』。空き時間に立ち読みしていた「真夜中」の蓮実・黒沢・青山鼎談にて、『マイ・ボディガード』と『トウキョウソナタ』との共通点という話が出ていたので、冒頭いきなりドビュッシーが流れ出してびっくりする。無人の講堂に蛍光灯がつき、静まりかえるテスト中の教室までつながる流れがいい。そこで映り込む学生もいい顔をしている。7回目を迎える「タレンタイム」なる学芸会みたいなもの(なのか?)のオーディションから開催までを描いた群像劇だが、ひとつひとつのエピソードにおける俳優たちはみな魅力的であり、本作の後で上映された同監督のCMを見てもかわいい男の子や女の子を描くのがうまいなあと思う。『タレンタイム』は優れたアイドル映画だと言えるかもしれない。ただし、実際にひとつひとつのエピソードをつなぐ蝶番になるはずの、「タレンタイム」で上演される音楽の演奏があまりにきれいすぎ、またそこに挿入される回想がどうしても鼻についた。一番最初にオーディションで落とされる女の子のギターとか、開催前日のシーンで変なタイミングで挿入される女の子のダンスとかの方が好きだった。
本来ならこの後、ジェームズ・デモナコ『NYスタテンアイランド物語』を見る予定だったが売り切れ。コンペ作品だから侮っていた。この作品が見たかった理由というのは、実は今回この作品の出演者であるシーモア・カッセルが来日の予定だったからなのだが、残念ながら来日中止。彼に会えるのならこの映画祭で一本も映画見れなくてもかまわなかったのに。
というわけで、その他諸々の映画も既に埋まっており、こうした機会に再来週から一般公開される映画を映画祭のパスを使って見るなんてはなはだ無粋だ、と思いながらもサム・ライミ『スペル』を。はじめのラーミア登場シーンから明らかなのだが、この映画の中で描かれる超自然的な力はめちゃめちゃフィジカルなものである。そこに見えない何かがいる、とわかるのは、そいつがひっつかんだりぶんなぐったりしてくるからなのだ。いや、それはタイトルの時点で既に明らか(原題は「Drag me to hell」)なのかもしれなかった。いまいる場所からどこか悪い場所へ誘われる、というのではなく、極めて暴力的に連れて行かれるのだ。その理不尽な暴力の前兆として、「スパイダーマン」シリーズでも見慣れたような動きをするありえないかたちの影が登場するのだが、実はライミはこの描かれた影にはほとんど興味を持っていないのではないかという気もした。それよりもおそらく重要なのは、ヒロインに聞きたくない噂話を聞かせるために開け放たれた扉、フライパンや食器をがちゃがちゃならす風の通り道としての窓、あるいは悪魔の足音を聞かせるためのドアの下の隙間、なのではないだろうか。実際この作品の中で、視覚ほど頼りにならないものはない。呪いの証たるボタンの丸い形は、吐瀉物やら泥やら昆虫やら薄い紙やらに覆われて見分けがつかなくなってしまうではないか。ジャスティン・ロング演じるヒロインの彼氏がフロイト系の心理学者だったというのは、悪夢じみた不連続な映像を分析する鍵だったのだろうか。

『小さな山のまわりで』
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『玄界灘は知っている』
10月23日21:10
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『タレンタイム』
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『スペル』
>> 11/6、TOHOシネマズ日劇ほかにて全国ロードショー

投稿者 nobodymag : 2009年10月21日 22:25