『シャーリーの好色人生と転落人生』佐藤央 × 濱口竜介 ショート対談

『シャーリーの好色人生と転落人生』が公開中の佐藤央監督と昨年『PASSION』で話題を集めた濱口竜介監督の若手監督ふたりによる、演出の問題について語っていただいた対談が次号nobody30号にて掲載の予定です。同い年、同級生で映画の趣味も近いというおふたりの映画談義をご期待ください。
そこで現在公開中の『シャーリーの好色人生』(以下『好色人生』)について語っていただいた部分を一部先行公開いたします。途中からは濱口監督が聞き手に回って『好色人生』の演出の秘密に迫っていただいております。『シャーリーの好色人生と転落人生』をもうご覧の方もまだこれからという方もこれを読めば『好色人生』をより楽しめること請け合いです。
また、『シャーリーの好色人生と転落人生』の公開中、23日にはおふたりのトークショーも予定されております。まだまだ語り足りない様子であったおふたり、ここで話されることのなかったより広い、より興味深いお話が聞けると思われますので、どうぞそちらも合わせてお楽しみください。

――濱口監督は同年代の佐藤監督が撮った『好色人生』をどのように見られましたか。

濱口『好色人生』で佐藤さんがやっていることを見ると、本当に一瞬も目が離せないという感じがします。古典的なアメリカ映画が好きで映画を撮っている方というのは、われわれの世代には数多くいると思うんですけど、佐藤さんくらい日本映画というのが身体のなかに流れ込んでいるという人はあんまりいないなと思うんですよ。今回の映画が日本家屋を中心に撮られていることからそういう印象を受けるということもあるんでしょうけど、いざというときの引きの画面であるとか、人の動かし方であるとか、そしてやはり編集点ですかね。他の人が受け継げなかったものを佐藤さんは受け継いでいるという感じがして。それをやはりいま同年代のなかでは佐藤さん以外の作品から見ることはなかったんで、『好色人生』を見たときに、「やられた」ちゅうとなんかね、悔しいですけどね(笑)。僕がこれをやるにはお金も時間も足りないなと思ってあきらめていたことを佐藤さんはやっていて、そして達成していてそれが本当に素晴らしい。

――たとえばおふたりの上の世代でもそういったことを受け継いでいるという印象を抱く方というのは?

濱口もちろん立教のOBの方々というのはそういうところをちゃんと通過なされていると思うんですけれども、それはあまりダイレクトな形では出ていなかったのではないかと思いますし、僕からするとどちらかというとロバート・アルドリッチとか、ドン・シーゲルとかその辺の70年代アクション映画のほうがむしろすごく大きいじゃないかなと思っているんですね。でも、佐藤さんはその辺という感じではないですよね。

佐藤もちろん濱口君が挙げた名前というのは大好きな監督たちなんですけれども、でもあえてどちらかというとアメリカ映画においても50年代くらいまでの映画のほうが深く身体に染み込んでるように思います。たとえすでに崩壊の兆しが差し始めていたとはいえ、表向きにはまだ健全にスタジオが機能していた時代、サイレント映画を別にすれば、そういった30年代から50年代の日本映画やアメリカ映画が持っていたリズム感というか、いってみれば映画の在り方に、気がつけば圧倒的な影響を受けていました。これは自分が映画を作っていく上で、とても大きなことだと思っています。別に狙ってここに行こうと思っていたわけではないけれども、気がつけばそうなっていたらしいというか。実際、60年代以降の映画というのは、もちろんとても好きな作品もたくさんあるんですけど、撮る段階になると僕とはどうしても毛色が違うという感じがします。よくわからないですけども、身体の感覚的な反応というかそういうところが確かにあります。

――しかし、今そういう部分を共有している人は周りにもあまりいないのではないでしょうか。

佐藤どこかにはいるはずなんでしょうが、目に見えてそれが表れているという人は、少なくとも同性代ではなかなかいないかもしれません。

濱口たぶんそれは他の人がやろうと思ってもあきらめていることを、佐藤さんはやっているというところがありますよね。撮影所の技術があって成り立っているんだという前提がみんなどこかにあって、みんなそうじゃない方法というのを探してしまうんですよ。でも、佐藤さんはそこをまったく問題にしなかった。すごく映画の本質に関わる段階で考えると、そんなことは問題じゃないんだとやりきっちゃったところがあるのかなと。

佐藤たぶん僕の撮り方というのはスタジオ時代の撮り方をそのままやっているのに近いのではないかと思うんですね。これはやってみればものすごく技術力がいることなんですけど、仮に僕がそういうようにやっているのだとしたら、それは僕が芦澤明子というキャメラマンと組んでいるということがものすごく大きいと思います。現場レベルでいえば、まずは段取りをつけて俳優を動かし、そこからカットを割っていく。そこまでは僕がやっていきますけど、撮り順などのイニシアティブにおいてはすでに芦澤さんに委ねています。現場に入る前では、僕からはただ重要なシーンのポイントについて話すだけで、そこから先は芦澤さんに投げかけると。それで、現場に入ってみて、もしできないならばできないということで、そこからどうするかというのはその時考えるという形なので。

濱口芦澤さんは現場で「監督はこれをやりたいかもしれないですけどできないです」という場合はあるんですか?

佐藤それは今のところほぼないです。僕もそんな無茶なことは言わないですから。これはがんばればできるという範囲のことで想定しているんで、事前の根回しはしつつ、基本的にはゆずらないということになっていますよ。

――現場では具体的に芦澤キャメラマンに対してどういう指示を出すんでしょうか。

佐藤現場の流れを言いますと、あるシーンを撮ろうとするときに、まず段取りをするわけですよね。役者の位置関係を決めて動きをつけていくわけです。その後にカットを割っていきます。もう一回役者さんに動いてもらうなかで、ここで寄って、ここで引いて、ここで逆のポジションに入りましょう、逆に入るのはここですよなどと芦澤さんにいっていくわけです。ここでほぼカメラポジションが決まり、その流れのなかでフレームサイズのことも出てきますよね。その段階で芦澤さんはコンテの流れをすべて把握しているわけです。長いシーンを撮る場合なんかは、今はとりあえずちょっと決めきれないという部分も含めて、そのときに大部の流れを決めてしまいます。
そうすると、何はさておき最初のカットはどのカットでどう撮るかということが決まりますよね。そこで技術部が準備に入ります。準備に入ったら、そこで芦澤さんとコンテの流れをより細かく決めていきます。ちょっと曖昧だったところをどう撮るのか、どういう撮り方があるのか、どこにカメラが入っていくことができるのかというポイントを全部決めていきます。芦澤さんは芦澤さんのカット割を作っておられるわけですけど、そこで芦澤さんが具体的な意見を出してきてくれます。僕がいっていることを聞いた上で僕がどうするべきか困っているところを、ここはこうしましょうかとか、いや、それであればここはこうしてみたいんですが、とか具体的な反応になっていきその段階で全てが決まります。そうすると芦澤さんが全体を把握して現場を動かしてくれるので、僕は役者の芝居にどんどん入っていけるという。ネタを明かすと、うちの場合はもう、俳優同士の視線がどこで中に入って行くのか、ということもほぼ芦澤さんが決めています。

濱口そうすると、その時点から完全に分業に入っていくということですか。

佐藤そこから先はカメラ側のことは何もいわないです。つまりファインダーはもう覗かなくていいんですよ。それはもう芦澤さんが把握しているはずだから。もう間違えるはずがないんです。些細な違いはあってもそれはたいした問題にはならないです。何を撮りたいのかというのだけおさえてあれば別にブレがあっても僕はまったく構わないんですよ。ちゃんと写るべきものが写っていて、これをこう撮るというのが間違っていなければ。

濱口ポジションが間違ってなければということですか。

佐藤そうですね。やはり事後的にはポジションということに具体的に表れてくるのだと思います。フレーミングだとか、サイズだとかというのはそれに比べるとさほど気にならないというか、それはカメラマンの領域というか。もっといえば、そのカメラマンにお願いした時にすでに任せているものという気がします。

――話を聞いて意外に思ったんですが、カット割りは最初から決めているわけではないんですね。

佐藤難しいシーンであらかじめ割っている場面もありますけど、基本的に『好色人生』ではほぼ割らなくなっています。ただそのシーンのなかで芝居の流れが変わるポイントのところを決めておくということは必ずやります。長いシーンだったら、こことここの境目で流れが変わる、というところだけざっくりと割れ線を入れておくと。その流れが変わるというのは具体的にいうとカメラポジションが変わるんだというところで、それは俳優の芝居もそうですけど、カメラの演出という側からも表現すべきところということなので、こことここがカメラポジションが変わるというところですよ、というところは芦澤さんと事前に話しておきます。

――『好色人生』だと具体的にそれはどこになるでしょうか。

佐藤たとえば、福津屋兼蔵さん演じるシャーリーが庭で草むしりをしている場面で、中川安奈さんと宮田亜紀さんがシャーリーを挟んでやり合うところですね。あそこは長いシーンだったので。

濱口シャーリーと中川さんの関係だったところが、あるところから中川さんと宮田さんの関係に変わるところですよね。

佐藤そうです。あそこは事前にシーンを流れのなかから3つに分けたんですよね。その流れが変わる境界のところでポジションが決定的に変わるというのは段取り前に決めてましたね。まずシャーリーと中川さんがからむ場面があり、中川さんが動いて、ちょっと位置が離れて、宮田さんと中川さんのやり取りに変わるというところ。人物の位置関係が変わるわけですよ。女性ふたりの位置関係に変わっていく。その後、女性ふたりとシャーリーひとりの構図に入っていくわけです。これはもちろん台本から出てくるテーマなんで、これをどういうふうにカメラの側から演出するか、人物同士の位置関係のことも含めて、カメラが別のポジションに入るタイミングなどはしっかり把握しておくということですかね。

――『好色人生』は短いカットがバッバッと変わっていくショットの積み重ねでできている映画だと思うんですけども、一般的に現在の映画ではひとつのシーンをできるだけワンカットで撮ろうとしますよね。

佐藤これは『好色人生』の台本を読み込んでる時に思ったんですけど、基本のサイズをバスト・ショットでいこうと決めました。バスト・ショットでどうつないでいくのかということを徹底的にやって、ここというところでフル・ショットかロングで引くという。だから、引きをベースにして、人に寄っていくという考え方ではなかったです。というのは、この映画は俳優の「顔」がお客さんにしっかり入っていく、認識される映画にしなくてはと思ったからです。『好色人生』でしっかり登場人物の「顔」をお客さんに刻み込んでもらってから『転落人生』にバトンを渡してやろうという気概があったというか。だから試写の後に、大谷能生さんが「王道だねえ、角川映画みたいだったよ」といってくれたのは嬉しかったですね。ああ、俺の試みはなんとかうまくいったんだな、と。だから、そこからコンテがすごく重要になってくるわけですよ。バスト・ショットでいかにつないでいけるかという。

濱口成瀬巳喜男監督の『流れる』などはそのようになっているんじゃないでしょうか。あれはウエスト・ショットですけれども。引きの画がウエスト・ショットが重ねられた後に出てくるという。成瀬というのは、佐藤さんにとっても最も直接的かつ大きな影響を与えた監督なんではないですか?

佐藤これは僕自身がもっとも金と時間をかけて追いかけた監督であり、また、かつて『キャメラマン 玉井正夫』という成瀬組の名カメラマンについてのドキュメンタリーを僕と芦澤さんとほぼふたりで作っていくなかで、成瀬組の方々に直に会ってお話しを伺ったり、玉井さんご本人がお書きになられた文章を読み込んだり、成瀬の映画を何度も見直したりしながら、「成瀬組の在り方」とでもいうものを突き詰めて考えて行ったという経験が大きいのかもしれません。あとはやはり、『う・み・め』というとても小さな作品でしたが、美学校時代に万田邦敏さんの現場についたことも大きな土台になっていることは間違いありません。カメラが芦澤さんでしたし。

濱口『好色人生』は短い期間で撮っていると思うんですけど、信じられないくらいのカット数ですよね。カット数というよりはむしろポジション数と言ったほうがいいでしょうか。「夢十夜 海賊版」の一編『不安』という佐藤さんの前の作品も僕は見ているんですけど、ワンカットにかけている時間というのは『不安』のほうが長いんじゃないかと思うんですよね。

佐藤そうですね。『不安』は、あえて乱暴に言ってしまえば、自分がフェティシズムを感じるような、ただうっとり長く見たいと思うようなショットを撮ってやろうと、その一点だけでやってみたので。だから俳優のカメラ目線だとか、はためく白いシーツだとか、そういった強い印象を与えるショットだけでほぼ構成されています。それは夏目漱石の原作があったとはいえ、それを叩き台にしてなにもかも好き勝手に変えて自分の題材をやりたいということがあったからだと思うんですけど。でも、『好色人生』は、こういうと語弊があるかもしれませんけど、企画の根本としては、ズバリ冨永さんの物語を他者である僕がどう見せるか、語るかということなんで、そういった意味で今回そういう割り切りはすごく大きかったかもしれないですね。

濱口視覚的な快楽から「説話」へと明確に『好色人生』のほうでふれていて、そっちの能力の高さを今回見せつけられた思いです。

佐藤おこがましいいい方をあえてすれば、『不安』のときでもこれくらいは十分撮れたとは思うんです。けれども、非常に独特の世界観をもった監督でもある冨永昌敬プロデュースによる『好色人生』という企画じゃなければこういう、ただひたすら演出にかける、というような撮り方をしなかったと思うんですよ。だから、その意味で、冨永さんのプロデュース能力というか、今この段階でよもや引き出すことはなかったであろう、自分のなかで眠っていた力を引き出してもらった、ということは強く感じています。

『シャーリーの好色人生』
監督・脚本:佐藤央
プロデューサー・脚本:冨永昌敬
撮影・照明:芦澤明子
出演:福津屋兼蔵、夏生さち、中川安奈、宮田亜紀、杉山彦々
2009年/44分/ヴイスタ/カラー

『シャーリーの好色人生と転落人生』は池袋シネマ・ロサにてレイトショー公開中
http://www.koshoku-tenraku.com/
シネマ・ロサ(cinema rosa.net):http://www.cinemarosa.net/

取材・構成 渡辺進也
写真 鈴木淳哉