3話

ともに祈りましょう

隈元博樹

 サン・ピエトロ広場に集う数多の聴衆を前に、大聖堂のバルコニーに立つパウロ教皇6世(トニ・セルヴィッロ)。車椅子姿から教皇庁の人々の手を借りて立ち上がった彼は、聖週間の始まりを告げるとともに、キリスト教民主党の党首であったアルド・モーロ(ファブリツィオ・ジフーニ)の無事を祈るよう人々へと語りかける。こうして声高らかな彼の演説によって幕が上がる第3話では、敬虔なキリスト教徒であり、また旧知の仲であったモーロが赤い旅団に誘拐されるなか、病を押してまでもモーロの解放に向けて尽力する教皇の「受難と祈り」が描かれている。

©︎ 2022 The Apartment – Kavac Film – Arte France. All Rights Reserved.

 とはいえ、大きな宣言とも言える演説以降、このエピソード内においてローマ教皇が教皇庁の外に赴くことはない。もちろん聖職位階の最高位である以上、それは至極当然のことであり、実際に政府や旅団メンバーとの接触を直に試みるのは、彼を取り巻く司祭たちに他ならない。例えば200億リラの身代金と引き換えに首相であるアンドレオッティ(ファブリツィオ・コントリ)との交渉を図るのはカザローリ司祭であるし、赤い旅団と思しきメンバーと教会の告解室を通じて解放に向けた談判を進めるのはクリオーニ司祭(パオロ・ピエロボン)である。自力であれば杖を突いて庁内を移動することはできるものの、衣食住に関しては個人秘書であるマッキ神父(アントニオ・ピオバネリ)の助けを借りざるを得ない。空間内に設えられた机や食卓、ソファに腰掛けては目の前の神父や司祭たちに自身の意向、つまりは祈りを粛々と伝えていくのだ。こうした教皇の動きもさることながら、彼を捉えた撮影のフランチェスコ・ディ・ジャコモはより静謐に、かつ二者間の切り返しを通じたフレームを要求されていく。またその後テレビ画面を通じて映る「十字架の道行き」の光景も、そこから幻想として見えてくる十字架を背負ったモーロや政府の要人たちの姿も、自らの腹部に巻いたシリス帯によって血まみれになるのも、すべてはベッドの上で仰向けの状態にいる教皇自身の中でしか展開されない。解放に向けた祈りが強くなればなるほど、死期迫る身体を引き換えにして彼は受難にまみれていくのである。
 他方、本エピソード冒頭の赤い旅団創設メンバーに向けた裁判の場面は、「声明文11」の認定を主張する赤い旅団のメンバーたちと、裁判とは無関係な政治的表明であるという理由で声明文の読み上げを固辞する裁判長、またメンバーの主張に異を唱える裁判官、弁護士、メディア、それからメンバーに同調しアンセムを唱える傍聴人たちの声によって構成されている。争いを治めるはずの場は幾重にも飛び交う怒号の数々によって混沌とした様相を帯びていくわけだが、法廷劇に生起するベロッキオ映画の強度と言えば、近年の『シチリアーノ 裏切りの美学』(2019)におけるコーザ・ノストラの抗争を巡るいくつもの裁判の場面を想い起こすことさえできるだろう。むしろこうした法廷劇に漂う緊張、言い換えればサスペンスの強度を一身に浴びることで、まさに今ベロッキオの映画を見ていることをまざまざと認識するのである。しかし、そうした各所から沸き起こる抵抗と衝突の声々がもたらす画面の強度とは裏腹に、本作における庁内の教皇の姿と声はつねに細く、弱々しいものとして映るのかもしれない。言わばモーロ解放の鍵を握るフィクサーとしての一翼は担っているが、同時にどこか心許なさを感じてしまうことだろう。

©︎ 2022 The Apartment – Kavac Film – Arte France. All Rights Reserved.

 だが、第3話のラストでは、ある決意をもとに教皇が抱き続けてきた祈りのすべてが提示されることとなる。それは赤い旅団に向けた手紙の文面に頭を悩ませるなか、意を決しクリオーニ司祭に電話をする場面である。果たして自身の言葉で相手を説得することができるのか。また相手の凄惨な行為に対し、ひとりの聖職者としてその過ちを赦すことができるのか。周囲からは「聖下」と呼ばれ続けるも、本当に自分はそういった存在なのだろうか。率直かつ自由でありたい。このように自身が抱く受難と祈りのすべてを素直にクリオーニへ打ち明け、叱咤激励を受けることで、教皇は生気を取り戻したかのように筆を進めていく。そのことで夜に発せられる穏やかな声は、冒頭のサン・ピエトロ広場の聴衆(=外)へと向けて放たれた「ともに祈りましょう」の一声を喚起させるかのようでもある。こうして手紙の序文を読み上げる彼の姿は、弱さゆえの境地を証左するとともに、受難を背負いながらも祈り続けなければならないことの儚さを物語っている。そのことがこの最後の場面に集約されているように感じた。

←戻る