2008年末、バラク・オバマがアメリカ合衆国大統領選に勝利した約1ヶ月後、詩人であり写真家であり、そして俳優であるヴィゴ・モーテンセンが我々の前に姿を現した。
『ロード・オブ・ザ・リング』(以下『ロード』)シリーズの大成功により、彼の名前はもはや世界中の誰もが知るところだろう。あるいは傑作『インディアン・ランナー』の、あの狂気に至るヴェトナム帰還兵から彼をつねに追いかけつづけ、ついにはデヴィッド・クローネンバーグの近作2本のなかの彼を見て狂喜乱舞した方々もいるだろう。
そして今回は、スペイン映画『アラトリステ』(アグスティン・ディアス・ヤネス監督、2006年製作)のプロモーションのための、数年ぶりとなる来日。キャスト、スタッフほぼ全員がV・モーテンセンを除いてスペイン人で固められたこのフィルムは(もちろん全編スペイン語だ)、アルトゥーロ=ペレス・レベルテの同名ベストセラー人気大衆小説を原作に持ち、17世紀、大英帝国軍に敗れて徐々に衰退してゆくスペイン帝国を背景に、架空の人物アラトリステ(V・モーテンセン)の生き様を——剣術あり、友情あり、父子の物語あり、悲痛なるロマンスあり——描き出す。『オーシャン・オブ・ファイヤー』でカウボーイになった彼が、今度は、誇り溢れる剣客であり孤高なる反逆者となったフィルム『アラトリステ』。
ファンの方々始め、多くの方々に、ここで彼の言葉をできる限りたくさんお届けしたいと思う。
さてさて、今朝到着したばかりで「起きているのか夢を見ているのか分からないような状態」だと語り始めるモーテンセン。グレーのスーツの下にアルゼンチンのフットボールクラブ「サン・ロレンツォ」(アルゼンチンで少年時代を過ごしたこともある彼ゆかりのクラブ)の赤いシャツを着込んで記者会見に臨むいでたちは、ファンの方々にはもうお馴染みと言うべきか。残念ながら、その「鋼の肉体」とタトゥーは拝めなかったが…。『ロード』シリーズのアラゴルン役で一躍「ドル箱スタア」になってしまった彼だが、その物腰は実に穏やか、すぐさま親近感を湧かせるものだ。
たとえば『ロード』のためだけでなく、日本の皆さんとは世界中で出会う機会に僕は恵まれている。日本のファンとは多くの関わりがあって、自分の写真展や詩の朗読会や、果てはアイスランドにまで、日本のファンたちが僕を訪ねてきてくれる。だからときには自分が日本に来るのがフェアだろうと、そう思ったんだ。
日本のファンにとっては何とも嬉しい言葉。ところで誰もが思う疑問だろうが、デンマーク人の父とアメリカ人の母を持つモーテンセンが、いったいどうして今回スペイン映画に出演することになったのだろうか? しかも、どうしてあれほど流暢に彼はスペイン語を操れるのだろう?
この役が僕に来たのはまず明らかにビジネス的な理由があったはずだ。これはスペイン映画にしては非常に大きな予算のフィルムで、「誰か」が、つまりスペインの俳優以外にも有名な「誰か」が必要だったんだ。僕は『ロード』によって有名になっていたし、スペイン語を話すこともできたので、それで白羽の矢が立ったはずだ。それは今回日本で公開される理由の一部でもあると思う。もちろんまず何より、このフィルムの素晴らしさという理由があって、日本でも見られて然るべきなわけだけど、日本の人々も僕のことを知っているし、だから配給会社も「ヴィゴも出ている、それに良い映画だ」と思ったと考えるのが当然だろう。
そう思ったからこそ、僕にも大きな責任があるし、少し怖いとも思った。だけど怖れを感じるのは良いことだ。これはスペインにとっても重大なことだし、僕にとっても剣術や立ち振る舞いを尊重し、スペイン人としてふさわしく演じることは非常に貴重な経験だった。現代のマドリードを歩いているような人間に見えるのではなく、現代の人々と僕のリサーチから想像する人物を融合させ、400年前当時の人物のように見せる必要があったんだ。
僕は幼い頃を南米で過ごして、英語と同時にスペイン語を学んだんだ。ただもちろんスペインのスペイン語と南米のそれは微妙に異なるし、それに17世紀ということで、いまでは使わないフレーズや、文法的な違いもある。やっぱりどのスペインの、どの地域の出身か、どのリズムで話すかというのが重要だった。そのために想像力を働かせたり、リサーチを重ねることが必要だった。でもどの作品でもそういった「人類学的」なリサーチは行うので、今回も特にそれが苦というわけではなかった。実はときどき英語よりもスペイン語で表現する方が心地良いときがある。それから最近何か書くときにはできるだけスペイン語で書くようにしているんだ。というのもスペイン語の方が英語よりも感情を表現しやすいんじゃないかと思うんだ。
「人類学的なリサーチ」を行うべく、モーテンセンはスペインを巡り、最終的には主人公アラトリステの出身地をカスティーヤ・レオン地方に想定までしたのだと語る。剣術のレッスンなどかなり大変だったのは想像に難くないわけだが、ひとつ役のために行うリサーチはかなりのものなようで、それは見事にフィルムに反映されているし、彼が単なる人気スターでないことの証明でもあるだろう。
今回の役作りのためには、たとえばイタリアやイギリスやアメリカの映画、それに以前に見た日本の映画も参考にした。それからこの映画と同時代を舞台にした日本のサムライ映画を見直して、立ち居振る舞いやキャラクターの面で、多くの共通点を発見したんだ。
実は息子が「これ飛行機のなかで読むといいよ」と、一冊の本をくれたんだ。それは『アラトリステ』と同時代の僧侶が書いた、剣士たちへのアドヴァイスで、3つのエッセイからなる本だった。沢庵和尚の『The Unfettered Mind(不動智神妙録)』で、これは宮本武藏などへのアドヴァイスともなったわけだけど、実践と理論を、つまり剣術と禅思想の哲学を同時に説いたものなんだ。そこに書かれてある、歴史的な存在の価値観、儀礼、個人の倫理観、道なき道を旅する剣士というところが『アラトリステ』と似ていると思った。だから日本の観客もこの映画をそんなに馴染みのない話だと感じないだろうと、この本を読みながらそう思ったね。ちなみに息子は大の日本好きで、日本語の読み書きや会話もできるんだ。彼とは親子としてすごく良い関係にあって、親というのは最終的には子供からいろんなことを教わるんだと、実感するね。そうまさにアラトリステと養子の息子イニゴ(ウナクス・ウガルデ)のようにね。実は彼はこのフィルムにオランダ兵士役で出演していて、物語上僕が彼を殺してしまうんだ。リハーサルのときこう言われたよ、「お父さん、これは映画だから許すんだよ」と(笑)。
ただいろいろ研究して、いちばん重要だったのはやはりスペインに関わる事柄、特にスペインの絵画だった。そもそも監督のヤネスは意図的にこの映画を、まるで一連のヴェラスケスの絵画が動き出したような雰囲気にしたんだ。実際にヴェラスケスの絵画も出てきて、アラトリステがそれに触れたりするんだよね。つまりヴェラスケスの絵画でのライティングはこの映画の視覚的な部分をかなり形作っていて、たとえば室内はキャンドルだけの明かりで、それが暗ければ、その通り暗く映っている。多くの映画監督は照明にかけるお金がなくて、たいていは照明をしすぎてしまうが、この映画はそうじゃない。リアリスティックに見えるように作っていて、影を多用しているんだ。今回美術館に行ってヴェラスケスやその他の絵画を再見しながら奇妙なことに気がついたんだ、つまりそれまでの見方と違って、そのときはいつも絵画のなかに自分=アラトリステを捜していた。俳優としてこれはかなりエキサイティングな体験だったよ。
絵画以外には、いろんな街や村に行って現代のスペインの人々の顔を見て「もし自分が当時のその街にいたら」なんてやっぱり想像してみた。音楽でも集められるだけ当時の教会音楽や伝統音楽を集めて、何枚かCDも自分で作って、それを聴きながら、その当時に自分が存在したような雰囲気に浸っていた。絵画を見ることや当時の兵士の自伝を読むことを通して、歴史的なプロジェクトの一部になるのは本当に興味深かったね。
さて、勇猛果敢たる剣士=武士アラトリステにはもちろん最愛の女性が必要だ。舞台女優マリア(アリアドナ・ヒル)とのロマンスは、しかし権力の壁や様々なスレ違いによって何とも悲しいものとなってしまう…。詳しくは実際に見てもらうのがいいが、このフィルムのひとつのヤマ場でもあるシーンにおいて、ふたりの愛は確実に観客の胸に鋭く突き刺さるだろう。
あのシーンは本当に美しいシーンだ。映画のなかではときに、撮影、衣装、光、セットなど、すべての要素が組み合わさって奇跡的な瞬間が訪れることがある。そういうときに最終的には、俳優が重要になってくるが、マリア役のアリアドナ・ヒルは本当に素晴らしい女優だった。特にあのシーンの彼女は素晴らしかった。あのふたりの関係というのは、僕自身あのシーンに出ているというのに、観てみると、自分自身とても胸が打たれるし、どうにかこのふたりが一緒になってほしいと思ってしまう。誇りを捨てて、お互い心を打ち明け合ってほしいと願ってしまう。物語上とても興味深いシーンであると同時に、非常に心が痛むシーンだ。俳優というのは相手役によってかなり変わってしまうものだが、彼女はまさに「与えてくれる」女優なので、僕はとても心地良く演じることができた。
他の俳優たちとのコラボレーション。すでに挙がった名前の他にもエドゥアルド・ノリエガ(『NOVO/ノボ』)、ハビエル・カマラ(『トーク・トゥ・ハー』)など、素晴らしい俳優たちがモーテンセンとともにこのフィルムを彩っている。そしてさらに、監督はじめ、あらゆるスタッフたちとの親密なコラボレーション作業。それこそがこのフィルムの素晴らしさでもあるようだ。
この作品に関わって、役の準備をし、撮影をし、キャスト・スタッフ全員がひとつの家族のようになって物語を語ってゆくという、非常に良い経験をした。『アラトリステ』は、この映画に関わったすべての人々の愛の結晶だと思う。スペインの黄金時代について、スペインが世界で一番の力を持っていた時代、世界初の帝国の話を、スペイン自身が映画で語ったことはこれまでなかった。ハリウッドやイギリスでは扱っているが、あくまでそれは彼らの視点なんだ。大英帝国の視点というのは、アメリカの帝国と同じように、彼ら自身のイメージをよくするものだ。スペイン人というのは意外とプライドが高いというのか、スペイン帝国以降、あまり自分をプロモーションしないという姿勢があった。この映画に関わった人々はみな意識的に、この機会で初めて自分たちの歴史を、より正確に掘り下げて語ろうと思っていたんだ。かつてスペイン帝国はもちろん軍事的にも経済的にも非常に大きな国だったが、それだけでなく文化的にもとても豊かだったことがここでは描かれている。
だから関係者はこの映画に入ることに緊張していた。というのも初めてのことだし、スペイン国民の多くがこの映画に大きな期待を持っていて、その期待に完全に応えるのは無理ではないかと不安を持ったからだ。監督のヤネスのファンや、原作『アラトリステ』のシリーズのファンもいるし、そのすべての期待にこたえるのは無理ではないかと。でも完成してみると、これは10年、20年後になっても、スペインを代表するクラシックになりうるフィルムだと思ったよ。
「友情」というのは『アラトリステ』の見所のひとつだ。そして映画とはつねに愛情と友情によって作られるべきものだ。モーテンセンはそうした他者との繋がりに関して、切実に真剣に語ってくれる。
僕はいままでいろんな監督たちと多くの旅をともにしてきた。そのなかで多くの友情を育んだんだけど、まさにこの映画の物語と同じで、重要なのは、友情が自分にとってどんな意味があるかということ、そしてそのためにどこまでできるかということだ。ときに間違いを犯すとしても、ひとりひとりがプライドを持ち、ひとつの集団として、忠誠心や倫理観を持ってともに行動すること。ときに古くさくて愚かだとしても、それが重要なんだ。僕は映画を撮影していると、いつもそう思う。それが映画の価値でもある。つまり日本でもスペインでもいいけど、たとえば国家というのは単なるコンセプトでしかない。実際には単に人々が集まって、与えられた場所、与えられた時間を一緒になって何かのために立ち上がるだけだ。結婚や人間関係と同じく、国家というのはコンセプトだと思う。
そう語ったモーテンセンは、やはり大スターである以前に、バラク・オバマ大統領誕生に向けてつねにPRを行っていたモーテンセンそのひとでもあるのだった(彼はドキュメンタリー映画監督マイケル・ムーアとも親交がある)。今後はスペインで自身約20年ぶりとなる舞台出演の予定もあるそうで「演劇ってのは逃げ場がないから怖いものだけど、素晴らしい挑戦だし、それに『怖さ』というのは僕にはつねに必要なものなんだ」と語るモーテンセン。写真家、詩人、また出版社「パーシヴァル・プレスPERCEVAL PRESS」(自身の本や写真集の他、マイナーなアーティストらの作品も精力的に出版している)の立ち上げ人として、そして俳優としては今後『Appaloosa』(エド・ハリス監督)や『The Road』(ジョン・ヒルコート監督、コーマック・マッカーシー原作)の日本公開も望まれる彼から、どうしたって眼が離せない。
『インディアン・ランナー』から『イースタン・プロミス』まで、彼はつねに反逆者かつノマド的な自由さを持ちつづけ、ゆえに現在のアメリカ映画の偉大な俳優のひとりでありつづける。そんなヴィゴ・モーテンセンに『インディアン・ランナー』のなかの言葉を、ふてぶてしくも唐突にひとつ贈ってみたい。
"You're a message, you're an INDIAN RUNNER..."
まずはともあれその勇姿を眼に刻むべく、『アラトリステ』を観に劇場へ!
*今回掲載できなかったヴィゴ・モーテンセンの言葉は本誌次号にてお読みいただけます。本作以外のお話もいろいろありますので、ぜひお楽しみに!
『アラトリステ』
2006年/145分/スペイン/35ミリ/カラー/アメリカン・ビスタ
監督・脚本:アグスティン・ディアス・ヤネス
原作:アルトゥーロ・ペレス=レベルテ(『アラトリステ』イン・ロック社刊)
撮影:パコ・フェメニア
出演:ヴィゴ・モーテンセン、ウナクス・ウガルデ、アリアドナ・ヒル、エンリコ・ロー・ヴェルソ、エドゥアルド・ノリエガ、エレナ・アナヤ、ハビエル・カマラほか
12月13日(土)より、シャンテシネほか全国順次ロードショー!
© Estudios Picasso / Origen PC / NBC Universal Global Networks España 2006
ヴィゴ・モーテンセン VIGGO MORTENSEN
1958年10月20日NY生まれ。デンマーク人の父とアメリカ人の母のもとで育ち、少年時代はベネズエラ、アルゼンチン、デンマークなどでの生活を経験。アメリカ帰国後、高校時代に演技に興味を持ち、演劇学校に進む。狂気と穏やかさを併せ持つその演技は、アメリカ映画において彼を貴重な俳優のひとりとしている。
その他おもな出演作:
『プリズン』(87、レニー・ハーリン)、『インディアン・ランナー』(91、ショーン・ペン)、『カリートの道』(93、ブライアン・デ・パルマ)、『デイ・ライト』(96、ロブ・コーエン)、『G.I.ジェーン』(97、リドリー・スコット)、『サイコ』(98、ガス・ヴァン・サント)、『オーバー・ザ・ムーン』(99、トニー・ゴールウィン)、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズ(01〜03、ピーター・ジャクソン)、『ヒストリー・オブ・バイオレンス』(05)、『イースタン・プロミス』(07、ともにデヴィッド・クローネンバーグ)
取材・構成:松井宏
撮影:宮一紀
協力:中根理英