2025年ベスト
- 赤坂太輔(映画批評家)
- 渥美喜子(gojo/映画ライター・シネ砦集団代表)
- 梅本健司(NOBODY)
- 岡田秀則(フィルムアーキビスト)
- 荻野洋一(番組等映像演出/映画評論家)
- 堅田諒(映画研究/skiptracing)
- 隈元博樹(NOBODY/BOTA)
- 坂本安美(映画批評、アンスティチュ・フランセ日本 映画主任)
- 鈴木里実(映画館スタッフ/刺繍作家)
- 竹内航汰(フランス文学研究/字幕翻訳)
- 常川拓也(映画批評家)
- 冨塚亮平(米文学者)
- 中村修七(映画批評)
- 新谷和輝(映画研究)
- Patch Adams(DJ)
- 深田隆之(映画監督)
- 二井梓緒(映像制作会社プロデューサー)
- 朴舜起(英米文学研究者/skiptracing)
- 三浦光彦(映画研究者/skiptracing)
- 村松道代(デザイナー)
- 山田剛志(NOBODY)
- 和久井亮(監督志望)
赤坂太輔 (映画批評家)
映画ベスト
- 『Água Mãe』鈴木仁篤&ロサーナ・トレス
- 『The Fishing Place』ロブ・トレゲンザ
あれこれ書いたり喋ったりした作品は別にして、ここでは2本だけ。いずれもSNSの大虐殺&ポルノ映像に占拠された耐え難い日常とAI時代に、それでもなお残る実写映画とは? という問いに答えを出す傑作だと思う。一方はほとんど固定画面、もう一方はほとんどが動く画面というよりワンシーン・ワンカットと違いはあれど、例えば『Água Mãe 』は同じ被写体をいつどのように捉えるのか、あるいは挑むという方がいいのかも知れないが、時=自然・光・音の推移がもたらす一瞬一瞬(特にカット代わりの水音のアタック!)の目もくらむ豊かさに繰り返し見ずにはいられない。また『The Fishing Place』は雪国で昔ながらのクレーンや移動を含む困難さを隠さない手仕事の時代劇でありそのドキュメンタリーとも言え、しかもラストは22分の驚倒すべき山海臨む室内外3回転以上? のワンカットで、それは冒頭すぐの画面の「メイキング」でもあるが(というだけではない)、困惑や呆然様々を観客のもとに運んでくる。どちらも早い時期の日本公開を望みたい(そしてレトロスペクティブも)。イベントとしては昨年6月29日に韓国・ソウルで行われたオランダの映画作家フランス・ファン・デ・スターク特集にゲストとしてZoomレクチャーを行ったが、ブリュッセル~ニューヨーク~ナバラを皮切りにスペイン全般~ソウルへとリレーされたこの20世紀後半の偉大な映画作家の国際的な再評価の波に加われたことが素晴らしかった。
その他ベスト(本)
次著の準備のためとにかく時間が取れなかった年になってしまったが、海老根剛(「人形浄瑠璃の「近代」が始まったころ 観客からのアプローチ」)、ユ・ウンソン/유운성(「植物性の誘惑」(식물성의 유혹)、「水湯:相互感染の美学」(물듦)はぜひ日本語訳されていただきたい)の各氏の文章は取り上げられている題材へのこちらの無知を超えて批評史の再検討(それはおそらく1970~80年代に遡るが、今は判断を留保する)へと誘ってくれた。また旧著だがAttilio Bertolucci「Reflessi dα un paradiso」はベルトルッチ兄弟の父である詩人のイタリア映画界への知られざる業績を、またCarmelo Bene「Si può solo dire nulla」もまた20世紀後半のイタリアを代表する演劇=映画人の声を集成し貴重な証言を教えてくれた。それらはいずれも緊急性を持ってこちらを突き動かす力を持っている。
渥美喜子 (gojo/映画ライター・シネ砦集団代表)
映画ベスト
2025年は映画よりも「色んな人と色んな場所に行く」ことを優先しようと決めていたので、年間鑑賞数はさほど多くないのだが、その中でも特に心をつかまれた5本。見た順。
- 『ドマーニ! 愛のことづて』パオラ・コルテッレージ
- 『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』大九明子
- 『海辺へ行く道』横浜聡子
- 『よみがえる声』朴壽南、朴麻衣
- 『Black Box Diaries』伊藤詩織
5本全部が女性監督なのは意図的ではなく偶然なのだがこんな偶然が起こるのは必然である理由は明白である。
『よみがえる声』の、この国によって「ない」ことにされ、消されようとしている在日コリアンたちの歴史や「声」を2025年に聴く衝撃、データとしては知っていたはずの強制労働の事実を生きた姿/声として見るという体験は25年に生きる私たちに何を突きつけたかを考えたとき、同じくドキュメンタリー映画である『Black Box Diaries』に沈黙する日本人を私は軽蔑する。
芸人ベスト
2025年は個人的第4期お笑いブームの年でもあった。めちゃくちゃTV見た。
- 千鳥 大悟・ノブ
このふたりの、現場で起きた笑いを瞬時に分析し批評する力はもっと評価されていい。食レポも然り。その力が埼玉の住宅街や地味な食堂を舞台にしたときですらいかんなく発揮される「いろはに千鳥」はこのコンビの真骨頂が見れる。
- 川島明(麒麟)
「めちゃくちゃTV見た」の6割は月〜金曜日に2時間放送される「ラヴィット!」をTverで夜な夜な見ているからで、そこでの川島の器用さは言うまでもないが、ラジオ「川島明のねごと」を併せて聴くと、この振り幅こそがプロの芸人だよなと毎回感動する。
- 永野
ameba「チャンスの時間」でのアンジャッシュ渡部を攻撃する毒舌芸やYouTubeでのOASISファンに対する的確な悪口芸など、一見酷いことを言っているがその芸自体が的確な批判になっており、相手がムカつくことを言わせたらピカイチな様が誰かに似てるなーと思っていたら、あれだ、中原昌也だ。
- ニューヨーク 嶋佐・屋敷
松本人志がコントで抽象的に表現した「泣き笑い」という感情を、徹底的に「同世代のリアル」として表現することに成功しているコンビ。単独ライブでのコント「不良親子」「オンラインサロン」「田舎の社長」「メンズアイドル」あたりの切れ味は震えるほどだ(YouTubeで見れます)。
- こたけ正義感
24年には袴田事件の弁護団の一員として活動した経験を元に自身の単独お笑いイベント「弁論」で冤罪事件における検察批判を繰り広げ、25年も「弁論」にて経験を元に生活保護をめぐる「いのちのとりで裁判」を取り上げ、「差別」という言葉を使って生活保護者への偏見を強く否定するイベントをする芸人は、やはり無視することはできない。特定の政党や個人名を出さないところに日本の限界を感じるが、戦略としては成功しているのだろう。
梅本健司 (NOBODY)
映画ベスト(見た順)
- 『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』ジェームズ・マンゴールド
- 『フライト・リスク』メル・ギブソン
- 『来し方 行く末』リウ・ジアイン
- 『蝶の渡り』ナナ・ジョルジャゼ
- 『旅と日々』三宅唱
映画祭や特集上映を除いた劇場公開作のみ。
サッカー
今期のプレミアリーグでは、半数以上のチームがロングスローを多用しており、昨季のスローインの平均飛距離は2.3m伸びたらしい。ということで、ロングスローが上手い選手を3選。
- マイケル・カヨデ(ブレントフォード)
球数も豊富。全部のスローインをコーナーキックみたいにできる。
- ノルディ・ムキエレ(サンダーランド)
ムラっ気があって強豪のスタメンに定着できなかった中堅が、ロングスローワーとして化けた。
- アントワーヌ・セメニョ
両利きで、テクニックがあって、スピードもフィジカルもあって、さらにロングスローも投げれる。ただ冬に移籍したマンチェスター・シティがアンチ・ロングスローなので彼のスローインを見る機会は多分もうない。
岡田秀則 (フィルムアーキビスト)
映画ベスト
- 『恋のエチュード 完全版』【35mm上映】フランソワ・トリュフォー
- 『ワン・バトル・アフター・アナザー』ポール・トーマス・アンダーソン
- 『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』大九明子
- 『ビリー・ザ・キッドの冒険』リュック・ムレ
- 『マカリオ』ロベルト・ガバルドン
『恋のエチュード』を見終えて土曜夜の北千住駅に向かいながら、人物たちが「恋」のことしか考えていない映画などいまやこの地球のどこにも成立しないのだ…とむしろ世界が失ったものの大きさに気づかされた。そしてこの歳になると、かの「エピローグ」に対面するのがますます苦しい。だが、待ってましたリュック・ムレ特集では七色の変化球に嬉々として幻惑された。あなた人間よりも山や岩の方が好きでしょ?と難癖つけたくなるほど俳優を岩山の穴ぼこや崖っぷちに連れ出すし、炭坑のボタ山の再評価とかどうしたら思いつくのか。メキシコ映画特集では『マカリオ』。これは死神映画の最高峰ではないだろうか。ほかに『アイム・スティル・ヒア』(ウォルター・サレス)、『ミゼリコルディア』(アラン・ギロディ)、『新世紀ロマンティクス』(ジャ・ジャンクー)、山形国際ドキュメンタリー映画祭で見たバーバラ・コップルの『アメリカ合衆国ハーラン郡』(NFAJでも以前上映したが見逃した)。あと、岐阜ロイヤル劇場がいまも現役で、そこで深作欣二の『黒蜥蜴』を見られたのは贅沢だった。シネマスコープはこういうスクリーンで見たいもの。でもシネマカリテ、シネ・リーブル池袋、サツゲキに刈谷日劇まで、閉館の報を聞くのはつらい。映画系展覧会については、ペドロ・コスタ展、ゴダール「イメージの本」展が行われて充実の一年だった。自分自身もアンジェイ・ワイダと森田芳光という難問を乗り切ったので、パリでオーソン・ウェルズ展を見られたのはご褒美だと思っている。
その他ベスト
- 『ファクトリー・レコード全史』ジェームズ・ナイス著、今井スミ訳(書籍)
930頁あったが、これだけは片田舎の少年だった自分のために読まねばならなかった。あの頃のマンチェスター音楽シーンといっても、『24アワー・パーティ・ピープル』のような社主トニー・ウィルソンと狂乱の中心ハシエンダの話だけではない。トニーの我流「シチュアシオニスム」が説明不能の反資本主義的贅沢でいかに経営を混乱させ、どこにいくら借金し、どのバンドの誰がどのドラッグにハマり、どんな地元ギャングがハシエンダを襲い、どの連中がどんな理由で何か月レコーディングを遅らせ、ピーター・サヴィルのジャケットデザインの納品遅れがいかに皆に迷惑をかけ、それでもヴィニ・ライリーだけはいかに優しく守られ、一方でメインのバンドになり損ねた連中がいかに割りを食ったかまで、数々の名盤の美質にも触れながらインサイドの人物が書き切った。注釈もよく、翻訳も読みやすい。
- 「サウンドウォーク・コレクティヴ & パティ・スミス|コレスポンデンス」(展覧会)
東京都現代美術館で行われた、サウンドウォーク・コレクティヴ&パティ・スミスの企画。エモーションの水準ではコスタ展、ゴダール展もこれには敵わなかったかも知れない。『王女メディア』と『アンドレイ・ルブリョフ』の抜粋やメイキングが引用され、現実の環境破壊も暗喩ならざるスタイルで表現される。8作品で1時間50分、映像に付されたパティの詩文朗読にはどこまでも深みがあり、特にクロポトキンを讃えつつ、氷河や永久凍土の融解に寄せた「アナーキーの王子」に圧された。
- 「ルイズ・ランチ」(飲食店)
ナポリ移民の多いニューへイヴンは全米で最もピザのおいしい街という評判だが、なんと「ハンバーガー発祥の店」もあるというので行った。アメリカに一体どれだけハンバーガーショップがあるか知らないが、その始祖だという。はじまりのハンバーガーは、薄めに焼いた四角いトーストではさまれていた。ほかに具はない。バンズじゃないからあれはハンバーガーじゃないと文句も言われるそうだが、小さくて可愛かった。私にはこれぐらいがいい。お店も質素な小屋みたいだった。
- 「生誕100年 中村正義 その熱と渦」(展覧会)
端正な画風で日本画界に颯爽とデビューするが、日展の審査員にまで上りつめた瞬間、中村は自分の作風を破壊し始め、色彩も筆遣いも荒々しく変わってゆく。その壮絶な探究の中で監督小林正樹から頼まれたのが『怪談』の第3話「耳無し芳一」のための《源平海戦絵巻》全5図だという。東京国立近代美術館の所蔵品で、数年前に全図が展示されたというが私が気づかず、今回初めて現物(第3・4図)に対面できた。これが見たくて豊橋まで行ったのだ。なお豊橋では、駅前ロータリー向かいの地下にある立ち飲み屋「ナイス」を大推薦しておく。
荻野洋一 (番組等映像演出/映画評論家)
映画ベスト
- 『音楽サロン』サタジット・レイ(ショットジット・ラエ)
- 『南部の反逆者』ラオール・ウォルシュ
- 『永遠は、もうない』ヤニック・ベロン
- 『リリアン・ギッシュの肖像』ジャンヌ・モロー
- 『満ち汐』マルコ・カルヴァーニ
2025年公開の新作ベストテンについては「リアルサウンド」で発表済み、そして日本映画&外国映画それぞれのベストテンおよび主演女優賞、新人男優賞などといった個人賞各賞については「キネマ旬報」で発表済みであるため、当サイトでは荻野にとっての純粋な初見ベスト5をリストアップする。①はサタジット・レイ(近年のNFAJで採用されたベンガル語発音表記:ショットジット・ラエ)の偉大さに改めて圧倒された。②はNHKオンエアで録画したものを初見。ウォルシュとしては低評価の作品だが、そんな世評のいい加減さに改めて気づいた。後期ウォルシュの隠れた傑作。③④は東京日仏学院で。⑤はレインボー・リール東京(東京国際レズビアン&ゲイ映画祭)で。
その他ベスト(中華文物ベスト)
- [音楽] 『Pur ti miro』呉巍(ウー・ウェイ)、マルティン・シュテークナー、ヤンネ・サクサラ(ECM Records)
- [本] 『中華と綺想 東アジアのマニエリスム精神史』平井敏晴 著(工作舎)
- [本] 『荒原にて』索南才譲(ソナムツェラン)著(リトルモア)
- [本] 『聊斎本紀』閻連科(イェン・リェンクー)著(河出書房新社)
- [映画] 『新世紀ロマンティクス』賈樟柯(ジャ・ジャンクー)
映画、中華文物以外の諸ジャンルについてはベストを1つずつ。
- 本ベスト=『Pageboy エリオット・ペイジ自伝 トランスジェンダーとして勇気を持って生きる、ハリウッド俳優の回想録』エリオット・ペイジ(DU BOOKS)
- 音楽ベスト=『Syzygy, Vol. 1』ブランドン・ロペス&キム・ドヨン(김도연)(577 Records)
- 舞台ベスト=『スリー・キングダムス』サイモン・スティーヴンス作、上村聡史演出(新国立劇場)
- 美術展ベスト=石に遊ぶ――愛石家たちの想像と創造(早稲田大学 会津八一記念博物館)
- スポーツベスト=サン・アンドレウ(サッカー スペイン4部リーグ)
- テレビベスト=該当なし
- 飲食ベスト=鯉清(淡水魚料理/埼玉県志木市)
2024年暮れに埼玉県のベッドタウンに転居した私にとって、2025年は隠遁元年となった。そんなふうになりたいわけではないが、おのずとそうなっていってしまう。人に会う機会も激減し、寂寞感とともに過ごしている。そんな境遇を慰めてくれるのは、廃業した現代思潮新社の残部僅少本を少しずつ拾い買いしては読むという日々だった。ジョルジュ・バタイユの『無頭人(アセファル)』とか、ボーヴォワールの『サドは有罪か』とか、ミシェル・レリスの『成熟の年齢』とか、なぜ今まで読まなかったのか? という著名書物との遅まきながらの邂逅はすばらしかった。逆にジャン=ルイ・シェフェールが意外とつまらないことを書く人だということも知った。
また韓国のカヤグム(伽耶琴)奏者キム・ドヨン(김도연)を知ったのも2025年の収穫である。音楽ベストに選んだアルバム『Syzygy, Vol. 1』は彼女がニューヨークのベーシスト、ブランドン・ロペスと共演したシリーズの第1弾であり、即興演奏の可能性を再定義している。同盤はbandcampで有料ダウンロード可能。
埼玉県という海なし県に転居したことによって、私の淡水魚愛が身体の奥底まで沈潜していく。これまでも東京のとぜう、滋賀県の鮒ずし、京都のすっぽん、中禅寺湖の虹鱒、陽澄湖の上海蟹などを愛してきた私だが、いまこれに埼玉県・荒川流域の鯉となまずが加わった。江戸時代は流域の水運によって発達したこの地の古き食文化を、私が率先して享受していこうと思う。これまで食べた鯉こくの中では、鈴木清順監督も愛した「伊せ㐂」(東京・深川高ばし/2011年閉店)の江戸スタイルを愛してきたが、埼玉県志木市の「鯉清」の鯉こくはそのレベルを遥かに凌駕する。
中華文物ベストなどというものも、選んでみた。昨今の日中関係をやぶ睨みした結果の、ほんの戯れである。
堅田諒 (映画研究/skiptracing)
映画ベスト
- 『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』ジェームズ・マンゴールド
- 『オーガスト・マイ・ヘヴン』工藤梨穂
- 『さよならはスローボールで』カーソン・ランド
- 『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』スコット・クーパー
- 『マスターマインド』ケリー・ライカート
ボブ・ディランをティモシー・シャラメが演じるというキャスティングに驚きがありつつも、同時にどこか不安もあった『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』だが、当の映画は演出が冴えており、会心の出来だった。実在の人物(しかも存命)を意識しつつも、俳優が自身の解釈を交えてキャラクター造形に取り組んだ賜物なのだろう。ジョーン・バエズを演じたモニカ・バルバロも好演。同様のミュージシャン伝記映画として、『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』も優れた作品であった。ジェレミー・アレン・ホワイトの佇まいの素晴らしさ。ウェルメイドなアメリカ映画を断固として擁護したい。LAのフィルム・コレクティヴ「オムネス・フィルムズ」のメンバー、カーソン・ランドが監督した『さよならはスローボールで』は筋運びこそ風変わりだけど、最後までワクワクしたし、作り手たちのたしかな技量を感じた。ライカートの新作『マスターマインド』はトラブル続きの人物たちの様子に笑う。昨年は、たいへん充実した『Kelly Reichardt: Six Films/ケリー・ライカート Blu-ray Collection』の販売という喜ばしい出来事もあった。研ぎ澄まされたショットに導かれ、謎めいた関係性を帯びた三人組のロードムービーが展開されてゆく『オーガスト・マイ・ヘヴン』も大いに魅了された映画の一つだった。スケボー、凧揚げ、トランシーバーといった小道具や衣装、ロケーション撮影も素晴らしかった(撮影は谷村咲貴)。工藤梨穂は、いま最も新作を待ち望んでいる監督だ。
その他ベスト
- 書籍:長谷正人『ベンヤミンの映画俳優論――複製芸術論文を読み直す』(岩波書店)
ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」を俳優論として読みなおす本書のスリリングな試みは、論証の大胆さと緻密さの両輪によって可能になっている。ここで投げかけられた問題を自分なりの課題として引き受け、長い射程で考えていきたい。
- 食事:『立ち食いうどん 木の葉天狗』
札幌の北区にあるうどん屋。自分が高知出身だからか、うどんが好きだ(四国はうどん文化)。夏は冷たい肉うどん、冬はそれの温かいやつをよく食べた。天ぷらや海鮮つつみといったメニューも充実していて、どれもおいしい。夜はみんな楽しそうに酒を飲んでいて、心地が良い店。
- 音楽:Geese『Getting Killed』
2025年に一番聴いたのはGeeseのGetting Killedだった。アルバムも良いけど、YouTubeにあるFrom The Basementのライブ映像もよく聴いた。ボーカルCameron WinterのソロアルバムHeavy Metalも良い。坂本慎太郎のライブが素晴らしかったのも記憶に残っている(2025/08/07、@ペニーレーン24)。
隈元博樹 (NOBODY/BOTA)
映画ベスト(順不同)
- 『You Burn Me』マティアス・ピニェイロ
- 『春、阿賀の岸辺にて』小森はるか
- 『スーパーマン』ジェームズ・ガン
- 『バード ここから羽ばたく』アンドレア・アーノルド
- 『雪子 a.k.a.』草場尚也
「私はこう考えてみたんですが、あなたはどう思いますか?」――そんな問いかけを投げかけられたかのような5本を素直に選んだ。だから恵比寿映像祭で見た『You Burn Me』とピニェイロが披露したショットとテクストによってつくられた「映画の巻物」には圧倒されたし、『春、阿賀の岸辺にて』から見えてくる阿賀という場所が放つ過去と現在はもちろんのこと、これから監督が紡ぐ未来の阿賀に想いを馳せてみたくなった。『スーパーマン』が問う(あるいは背中で語る)現実世界の状況には直ちに憤り、『バード』の父親のようにたとえ何かしらの成長を遂げずとも、隣人を愛する気持ちに変わりがなければ一歩先に進む必要なんてないんだぜと。そのことは『雪子 a.k.a.』における、マンションのベランダにたたずむ三人の女性たちにも言えることだなと思っている。
その他ベスト
- 「東京トホホ」(ポッドキャスト)
イラストレーターのoyumiさんによる、日々のトホホな出来事が紡がれていく番組。別に他人の不幸話を聴いて元気になる〜、みたいなことが言いたいわけではもちろんなく、彼女ならではの「そういうことはあるけども、まあ生きてりゃ何とかなるんすよ」のメッセージが「ハハハ」という空笑いに込められているようでいつもグッと来る。毎週火曜のオアシス。
- ベトナム・ダナン(海外)
「ダナン・アジア国際映画祭」(DANAFF)に併設されてあるピッチング・プロジェクト参加のために渡越。またそのカリキュラムでは『マルリナの明日』(モーリー・スリヤ)のコプロデューサーであるイザベル・グラシャンや、『ルノワール』(早川千絵)のコプロデューサーであるクリストフ・ブリュンシェなどの講義も受けた。2016年に参加したベトナムの若手作家育成プロジェクトである「Autumn Meeting」の時にも感じたけれど、ベトナムひいては東南アジア諸国の映画製作に対するモチベーションや熱意は本当に目覚ましい。これからも注視していきたい。
- 元住吉「酒場ヒナタ」(居酒屋)
以前から野毛や都内にも展開している「ビートル」という大衆居酒屋が好きで、雰囲気も似ているなあと思いきや「ビートル」のエースだった大将が独立して始めたお店だった。「ヒナタ」に行ってしまうのは、最初から「●●ハイ」と書かれたメニューがあるわけでなく、コップに並々注がれる焼酎を前に、「それをいったい自分は何で割るのか?」という問いかけ、いやむしろその概念(スタンス)にある。食事もお酒もリーズナブルなので、はしご酒をする時はいつもヒナタを起点に展開していく。
坂本安美 (映画批評、アンスティチュ・フランセ日本 映画主任)
映画ベスト(2025年に日本で上映・公開された新作より、見た順)
- 『春、阿賀の岸辺にて』小森はるか +『母との記録「働く手」』小田香(恵比寿映像祭)
- 『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』ジェームズ・マンゴールド
- 『ミゼリコルディア』アラン・ギロディ
- 『旅と日々』三宅唱
- 『旅人の必需品』ホン・サンス
- 『ワン・バトル・アフター・アナザー』ポール・トーマス・アンダーソン
- 『ミラーズ No.3』クリスティアン・ペッツォルト(監督週間 in Tokio)
- 『イエス』ナダヴ・ラピド(フィルメックス/監督週間 in Tokio)
その他
スクリーンで再見・発見した旧作ベスト
- 『晩餐八時』ジョージ・キューカー(1933)
- 『描くべきか愛を交わすべきか』アルノー&ジャン=マリー・ラリユー(2004)
- 『カップルの解剖学』リュック・ムレ (1976)
- 『走り来る人々』ヴィンセント・ミネリ(1958)
- 『妖刀物語 花の吉原百人斬』内田吐夢(1960)
- 『春』マルセル・アヌーン(1970)
- 『変ホ長調のトリオ』リタ・アゼヴェード・ゴメス(2018)
- 『夜明け前の子どもたち』柳澤壽男(1968)
鈴木里実 (映画館スタッフ/刺繍作家)
映画ベスト(鑑賞順、新旧混合)
- 『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』ジェームズ・マンゴールド
- 『美しく、黙りなさい』デルフィーヌ・セリッグ
- 『かたつむりのメモワール』アダム・エリオット
- 『UNloved』万田邦敏
- 『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』ジェームズ・キャメロン
すみません!少しだけズルしました!アバターを見たのはつい先日なんですが、やっぱり素晴らしかったので入れさせていただきました。まずなんと言ってもウディ・ガスリーの晩年をあそこまでたっぷりと描いてくれたことに心が動いた『名もなき者』。ガスリーの病室から見える去るものの背中に涙を流さずにいることはできません。『デルフィーヌとキャロル』を見てからずっと見たいと思っていた『美しく、黙りなさい』は、カメラのこちら側にデルフィーヌがいるということだけでも震えるのに、映画界の女性たちによる「声」を映していることに、私の気持ちが奮い立ちました。作るとは?見せるとは?ということが、あの歪な粘土の塊に純粋に凝縮されていた『かたつむりのメモワール』に、歪と言えば『UNloved』の歪さも全く別の方向で心底笑ってしまいました。「正しいとか正しくないとか、そういうことじゃないの」!そして『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』。終盤、青い人たちをメインで捉えるショットの奥の方で人間がちゃんと動いていて、そこに感動してしまいました。大きなことをやりながら、そういう細かなところまで描くキャメロン、やっぱりいいじゃない、と。当たり前だけど映画の中にいる名もない人々にも名前はある、と。
その他ベスト
杉並区(+中野区)の大衆中華料理店4選
一昨年、昨年に続き今年も同じテーマです。年一の連載と思ってご容赦ください(今回で終わりかもしれないとは毎回思っています)。
- 中華屋 櫂ちゃん
いかつい店主がいないなと思っていたら、店主が代わったそうで二代目に。味の違いは正直わからず、同じ味を提供し続けていることに感心もしましたが、もしかしたらそろそろ味に違いが出てきているかもしれません。確認しに行きます。
- 三久
おじいちゃん店主、行くたびに腰のカーブが強くなり頭が少しずつ鍋に近づいてきました。一昨年女将さんが他界してから大丈夫かなと勝手に思っていましたが、曲がった腰でも力強く中華鍋を振っていてすごいです。
- 中華徳大
昨年借りた傘をまだ返しに行っていません。そのことを思い出すたびに「らんらんトッピング」されたほうれん草炒飯の味が、二世代経営で完全分業制の厨房の様子と共に脳内に蘇ります。餃子用の黒酢があるのもポイントです。
- 尚チャンラーメン
新高円寺「櫂ちゃん」の初代店主も、荻窪「啓ちゃん」の店主もこの店で修行を積んだそうで、言われてみるとその系譜があるような気もします。炒飯に付く中華スープとラーメンのスープの違いを楽しんでいたら、それ一緒だよ!と教えてもらいました。
竹内航汰 (フランス文学研究/字幕翻訳)
映画ベスト(順番は劇場公開日順)
- ①『La Petite Dernière』アフシア・エルジ
- ②『DREAMS』ダーグ・ヨハン・ハウゲルード
- ③『Un poeta』シモン・メサ・ソト
- ④『善き谷の物語』ホセ・ルイス・ゲリン
- ⑤『Sirāt』オリベル・ラシェ
フランスで2025年に劇場公開された作品から5本選んでみると、登場人物や出来事と丁寧に向き合っていることを画面から感じられる作品たちばかりが集まった。そして、どれほど世界が酷くなろうとも、抵抗する者たちの輝きを感じられる作品を。名声のためではなく、自らの欲望に従って「書く」ことを選ぶヨハンネ(②)とユルラディ(③)。クラブで「家父長制をぶっ壊せ」と叫ぶファティナ(①)。水浴をするバルボナの住民たちが、警察から急いで逃げるラストシーンは微笑まずにはいられなかった(④)。彼女/彼らの姿はいまも心に焼きついている。だが、抵抗が必ずしもユートピアをもたらすわけではないことを、ルイスとエステバンたちの行く末を思い出すたび、身震いとともに噛みしめる(⑤)。アリス・ドゥアール『Des Preuves d’amour』、ダルデンヌ兄弟『そして彼女たちは』もまた忘れがたい作品だった。
その他ベスト【展示】
- ①:シュザンヌ・ヴァラドン展(ポンピドゥー・センター)
- ②:ドゥニーズ・ベロン展(ユダヤ教の歴史と芸術の博物館)
女性アーティストの再評価が進むなか、とりわけ印象深かった展示を2つ。
①:各地の美術館に所蔵されてきたヴァラドンの作品を一望すると、人形や不在の父といった反復される主題が浮かび上がり、作品群を貫く軸が立ち現れる。彼女は、印象派のミューズには留まらない存在だと実感した。
②:家族を撮ることから始まったカメラとの関係は、やがて雑誌カメラマンとして国外へ赴く実践へと広がる。ドゥニーズは移動を通じて、鋭いジャーナリスティックな視線を獲得した。とりわけ第三世界の娼婦や子供を写した写真に顕著な、親密さと社会批評の交差は印象的だった。彼女がスチール撮影で協力した娘ヤニックの映画作品も、『永遠はもうない』に加え、さらに日本で紹介したい。
【書籍】
- ①:堀江敏幸『二月のつぎに七月が』(講談社)
- ②:ナターシャ・アパナ『La Nuit au cœur』(Gallimard)
- ③:モニック・ウィティッグ『Jeanne d'Arc, ou plutôt Jeanne Rommée...』(Minuit)
①:物語を読んでいるという以上に、ある技術をもつ者の声に耳を傾けるような読書体験。それはまるで伝説の料理人、西音松のインタビューを読む時のようだった。
②:性暴力を受けた3人の女性の声を、自らも被害者である語り手が「私たち」かつ「彼女たち」という視点から記録しようとする小説。証言と一人称の関係について、記録における主観と客観について考えさせられた。
③:デルフィーヌ・セリッグがジャンヌ・ダルクの訓練を担った聖女を演じる予定だった映画の脚本。「どうして男の服を着ているのと聞かれたらどうするの」と少女にあえて尋ねる教育者=セリッグの姿を想像し、不在の映画に思いを馳せる。
他にも、『Les Francs-tireuses』(Emmanuelle Hutin, Anne Carrière)、『Paris, Musée du XXIè siècle...』(Thomas Clerc, Minuit)、『Le cinéma, c’est vivre trois fois plus』(Jonás Trueba, Les Éditions de l’ œil)などが印象的だった。
常川拓也 (映画批評家)
映画ベスト
- 『かたつむりのメモワール』アダム・エリオット
- 『星つなぎのエリオ』マデリン・シャラフィアン、ドミー・シー、エイドリアン・モリーナ
- 『エタニティ』デヴィッド・フレイン
- 『WEAPONS/ウェポンズ』ザック・クレッガー
- 『ソーリー、ベイビー』エヴァ・ヴィクター
(『Playground/校庭』は2022年、『サブスタンス』『アノーラ』『カーテンコールの灯』は2024年のベストに入れたため除外)
ストップモーションを通して、欠点を抱え、過去の後悔や自責の念に苦しむ孤独者たちを祝福する『かたつむりのメモワール』の寛大で誠実な優しさが大好きだった。「本物の後悔は罰と同じ」という台詞は、アダム・エリオット本人に直接伝えたほど2025年最も心に響いた言葉だった。
『ブゴニア』(ヨルゴス・ランティモス)や『ズートピア2』(ジャレド・ブッシュ、バイロン・ハワード)のように、陰謀論者の想像をある意味正当化してしまう物語は、陰謀論を妄信する人たちがいる現実の前で慎重に受け止めたいと思った。『未知との遭遇』的な願望なら『星つなぎのエリオ』を支持したい。『私ときどきレッサーパンダ』に続き、親の期待と抑圧の中で悩む孤独な子どもを優しく描き、男らしさの鎧を脱ぐ話でもあった。
『あなたの死後にご用心!』の系譜を継ぐ『エタニティ』は、古き良きハリウッドの甘美なメロドラマを死後の世界を舞台に展開させたロマンティック・コメディの傑作。前作『恋人はアンバー』に続いて、誠実で利他的な自己犠牲に胸を打たれる。
性暴力を不必要に描写したり、無意味な悲劇に流されることなく、トラウマ後に人生を取り戻していく女性を描く『ソーリー、ベイビー』と『The World of Love』(ユン・ガウン)は、単一的なレイプ被害者像から脱却している意味で、性暴力サバイバーが明るい顔を見せることを許せない日本で一層重要な映画だと思った。ケン・ローチ精神が息づいた『私はネヴェンカ』(イシアル・ボジャイン)も被害者を無価値な存在へ貶めるセクハラの依存と操作のメカニズムを丹念に描き出していた。一方で、性暴力の加害者が報いを受けたらどうなるかを痛烈に示したノエミ・メルラン×セリーヌ・シアマ版レイプ・リベンジ映画『バルコニーの女たち』も必要な映画だった。
編集者としてのショーン・ベイカーの手腕が冴え渡った『左利きの少女』(ツォウ・シーチン)、『アドベンチャーランドへようこそ』『プールサイド・デイズ』を彷彿とさせる一夏の青春映画『スナックバーへようこそ』(アダム・レーマイヤー)、階級格差と児童労働の搾取を残酷に浮き彫りにするエジプト映画『ハッピー・バースデイ』(サラ・ゴーヘル)なども好きだった。
その他ベスト
- KID FRESINO「hikari」(曲)
大好きなJJJのあまりに突然の死は、2025年で最もショッキングな知らせだった。盟友亡き後の心情を歌った「hikari」をひたすら聴いた。急逝から約3ヶ月後に行われたワンマン『Ins And Outs Tour』でこの曲が歌われたとき、会場が静まり返り、全員が息を呑んで聴き入っていた。『エタニティ』や『メイデン』のように、FebbとJJJも死後の永遠の世界で一緒に過ごしていてほしい。JJJ 4ever
- STUTS『Odyssey』at K-Arena横浜(ライブ)
客演ゲスト盛り沢山の集大成3時間半だったと同時に、生前の秘蔵映像も用いたJJJへの素晴らしきトリビュートだった。「hikari」を歌ったばかりのKID FRESINOが、客演総集結した「Presence」で自身のバースを終えた後、Daichi Yamamotoに笑顔で駆け寄って行くところを見ながら、『クリスマス・イブ・イン・ミラーズ・ポイント』ではないけれど、人は自分で選んだ友人たちとまた新たなコミュニティを見出していくんだと勝手に感じ入った。
- TYLER,THE CREATOR CHROMAKOPIA: THE WORLD TOUR(ライブ)
日本でタイラー・ザ・クリエイターの歌をみんな合唱する盛り上がりに驚かされた。特に「Darling, I」の一体感は格別だった。
- SEEDA『親子星』(アルバム)
Mummy-Dとtha BOSS、KREVAとMACCHOに続いて、かつてビーフを繰り広げたSEEDAとVERBALが和解を果たした姿は、当時ビーフに衝撃を受けた者として感慨深かったし、「もうどちらかサイドを選ばざるを得ない時代は終わり」とこの2025年に告げるものだった。「地球に絆創膏」をテーマにした最も愛聴したアルバム。しばらく歌詞が書けなくなっていたSEEDAが仲間とのコーライティングを採用したことで再びラッパーとして復活を遂げた背景も美しい。
- 『イカれてる⁈』(ドラマ)
レナ・ダナムの2025年版『ガールズ』であり、第6話でケシャ「Praying」が歌われるように、歌手の夫ルイス・フェルバー(共同製作)との出会いがいかに彼女自身を失恋と元カレへの執着から立ち直らせたかを感じさせる半自伝的なロマンティック・コメディ(故に、男性がある種マニック・ピクシー・ドリーム・ボーイ的に描かれているのだろう)。最終話はダナムも絶賛していた『Banana Split』を思い出させもした。『ガールズ』再評価の機運も高まる中、製作・主演を務めた『旅の終わりのたからもの』とともに、レナ・ダナムの新章を告げる年だった。
冨塚亮平 (米文学者)
映画ベスト 新作
- 『ハム・オン・ライ』タイラー・タオルミーナ(2019)
- 『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』ジェームズ・マンゴールド(2024)
- 『マスターマインド』ケリー・ライカート(2025)
- 『春、阿賀の岸辺にて』小森はるか(2025)
- 『脱出の最中』黒川幸則(2025)
初見旧作ベスト
- 『蜘蛛の巣』ヴィンセント・ミネリ(1955) @Stranger 菊川
- 『日曜日は終わらない』高橋陽一郎(1999) @ラピュタ阿佐ヶ谷
- 『スターレット』ショーン・ベイカー(2012) @恵比寿ガーデンシネマ
- 『私は死にたくない』ロバート・ワイズ(1958) @シネマート新宿
- 『孤独な惑星』筒井武文(2011) @Stranger 菊川
まずは年末にかけてオムネス・フィルムス作品と出会う僥倖に恵まれたことに感謝したい。1のプロム的イベントにせよハリケーンやコロナにせよ、ある決定的な出来事が終わってしまった後の世界を見つめる彼らの視線には、口が裂けてもMAGAとは言えない現状の暗さを前提にしつつ、それでもスラッカーであろうとするような芯の通った能天気さを感じる。年間ベストシーンは、『ハッパーズ・コメット』(2022)でコロナ禍のだだっ広い工場で一人ラジオを聴いている中年男性が、自己啓発的な歌詞の曲を聴き終えた途端おもむろに腕立て伏せを始めるところを遠目から捉えた場面。めちゃくちゃ笑った。2は『ANORA アノーラ』(2024)と並ぶ今更すぎる『情熱の航路』(1942)オマージュに興奮。内なるディラン警察が出動しそうでしなかった歌唱場面のクオリティも特筆もの。3は冒頭とラストのブローヴェルト撮影にもハッとさせられたが、全体としてはかつてないほどにエンタメ性の高い新境地を開いた印象。お客さんも入ると思うのでぜひ日本公開を! 4は『息の跡』(2015)を更新したかもしれないラストショットの鮮烈さに思わず声が出た。フレームから出た鳥が戻ってきたようにも見えた、海を撮ったエンプティショットで不意に落涙した5は、短歌や詩との関わりゆえか、とうとうピンク映画よりも短くなった40分弱の尺がむしろ非常にしっくりきた。
旧作1は高々カーテンの柄どうするかの話で揺れまくる各人物の心模様といいギラギラした色彩といい全てが過剰すぎる最高のメロドラマ。なぜサークと比較されてきたのかがよく納得できるストレンジャーでの特集全体もありがたかった。2は林由美香、ロケ地、撮影…あらゆる要素に世紀末の空気が刻印されていた。3はベイカー旧作特集の中でも個人的ベスト。4は終盤の容赦なさすぎるドキュメンタリータッチの展開に戦慄。5は『或る夜の出来事』(1934)のジェリコの壁とスクリーンを合体させたようなベランダの使い方がとにかく面白すぎた。
その他ベスト【本】
- 1.『未来図と蜘蛛の巣』矢部嵩
- 2.『調査的感性術 真実の政治における紛争とコモンズ』マシュー・フラー+エヤル・ヴァイツマン
- 3.『SMの思想史 戦後日本における支配と暴力をめぐる夢と欲望』河原梓水
- 4.『無知な教師』ジャック・ランシエール
- 5-1.『謎ときエドガー・アラン・ポー 知られざる未解決殺人事件』竹内康浩
- 5-2.『Tシャツの日本史』高畑鍬名
なんといっても偏愛する矢部嵩の1が期待をさらに超える奇書だったことの喜びが大きい。ほぼ掌編中心の作品集の中でなぜか本の分量の大半を占める、宝塚のような劇団に所属する少女たちがステージで血と汗を流して戦い続ける姿を大量の脚注とともに追った中編「エンタ」がとにかく忘れがたい。全女のプロレスが可愛く見えるほどに激化してゆく少女たちの狂気と覚悟、それらと表裏一体の魅力、そして連続する戦いの果てに浮上する祈り。涙なしには読めなかった。2はヒルマ・アフ・クリント展図録の岡崎乾二郎論考で知った。大分荒っぽい部分もあるものの、ビッグデータ、LLM以降にはじめて現れる思想があるとしたらたしかにこの方向性なのかもしれない、と思わせるカマシの力、発想の意外性を具体的な実践、成果に結びつけている点に凄みがある。3からは何かにつけて「正しさ」が求められる時代に暴力性や欲望、「悪さ」をどう思考することができるのか、についてヒントを数多く得られた。沼正三問題への興味から手に取ったがそれ以上に古川裕子を論じた8章に惹かれた。最近は教育というと、一から十まで世話を焼く方向か、逆にアクティブ・ラーニングだ!みたいな話ばかり聞くが、4を読むとそういった態度がいずれも学生/生徒をいかに侮っているだけなのかがよくわかる。読むと元気の出る本。5-1はトウェイン本に続きほとんど一休さんの頓知を聞いたような読後感。さすがに根本的に新しい読み筋はもうないだろうと思っていたところにシンプルかつ決定的な問いを立てる能力が高すぎて嫉妬心すら湧かない。主張だけでも査読は通せるかもしれないが、良い問いのない議論が面白くなるはずがないと再確認。一つの単純な問いをとことん掘り下げることの魅力という点では、Tシャツの裾問題だけで戦後映画史と漫画史にまで一石を投じた、5-2も出色の出来。同書について話していた際に友人が漏らしていた「タックイン/アウトとボトムスとの関係も考慮する必要があるのでは?」というこれまた生産的な問いと共に紹介しておきたい。
【笑】
- 「ひとり海賊団ソロ」イチキップリン
- 「さんぽ」トム・ブラウン
- 「子供の名前」囲碁将棋
1は、もはや似せる気が全くない潔さとどこか「トカゲのおっさん」を思わせる物悲しさに、一時期はほとんど飲酒するたびに見直すほどはまってしまい単独ライブにも行った。2は夏に単独で。ひらがなで「さんぽ」と書かれたのぼりが裏返るとなぜか・・・という全小学生が歓喜しそうなド直球の下ネタ。あまりのシンプルさとバカバカしさに感動も、なぜかキングオブコントのコンプラに引っかかり前年の「剛力」に続き地上波では披露されず。3はザ・セカンド二本目。叉の字の天丼という異次元。そのほか、好き嫌いは別にしてM1敗者復活戦のミキは昔のM1だったらほぼ確実に優勝していたはずの速度と完成度で驚いた。
【食】
- AL MINA (神田、パレスチナ料理)
- TA-IM(恵比寿、イスラエル料理)
- 居酒屋 四万十(高知)
そもそもパレスチナ料理とかイスラエル料理といった呼び方がどこまで正しいのかもよくわからないところがあるが、食べ比べた結果、両者にはフムスやソースの使い方などある程度共通する部分もあるということを知った。こんな記事も思い出しつつ、食文化を通じた共感の道はありえないものかと考えたりも。四万十は友人が勧めてくれた旅先の飲み屋で、当日朝に大将が釣った魚を刺身にしてくれたものがあまりに美味すぎて生まれてはじめて同じ刺身を二度注文することに。どの店も美味しいのでおすすめです。
中村修七 (映画批評)
映画ベスト
- 『HERE 時を越えて』ロバート・ゼメキス
- 『IT'S NOT ME イッツ・ノット・ミー』レオス・カラックス
- 『私たちが光と想うすべて』パヤル・カパーリヤー
2025年は日々の雑事に追われてあまり映画を見る時間をつくれず、5本の作品を選ぶことができなかった。
『HERE』は、ほぼ全編を一つの固定ショットで捉えながら、長大な時間軸で幾つもの生と死を描く。一つの場所が様々な時間の混合によって出来上がっていることを、これほど端的に示す作品もないと思う。
強度のある映像断片の組み合わせからなる短編『IT'S NOT ME』において、カラックスは、自らを変化・更新していく態度を力強く示している。
『私たちが光と想うすべて』では命や愛や友情や希望や自立心や決心が描かれるが、それらは光によって象徴されるものだ。タイトルの通り、この作品には、光が象徴するもののすべてが含まれていると言いたくなる。
美術展ベスト
- 「グラシエラ・イトゥルビデ」@KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭
- 「岡﨑乾二郎 而今而後 ジコンジゴ Time Unfolding Here」@東京都現代美術館
- 「ルイジ・ギッリ 終わらない風景」@東京都写真美術館
- 「コレクションを中心とした特集 記録をひらく 記憶をつむぐ」@東京国立近代美術館
- 「ペドロ・コスタ インナーヴィジョンズ」@東京都写真美術館
エドワード・ウェストンの影響を受けてモダニズムの表現を手中に収め、メキシコの土着文化へ強い関心を注ぐグラシエラ・イトゥルビデの写真には、しばしば日常風景の中にシュルレアリスム的なイメージが現れる。彼女によって、モダニズムと人類学とシュルレアリスムが重なり合う領域が切りひらかれてきた。
岡﨑乾二郎の作品の前に立って細部に目を凝らしていると、その度に何かが立ち現れてくる。彼の作品は、見る主体を作り上げるための装置のようなものだ。また、作品を見ていると、作品の思考に巻き込まれるような感覚がある。
ルイジ・ギッリの作品では、フレーム内で複数のイメージがモンタージュされているのだが、イメージ同士の関係が何らかの意味を生成するわけではない。むしろ、イメージが互いにぶつかり合うことで、その隙間へと意識を向かわせようとするかのようだ。
「記録をひらく 記憶をつむぐ」では、展示を通して、「戦争画」の社会学的・メディア論的分析がなされていた。「戦争画」はアメリカから「無期限貸与」として返還されたのだが、「無期限貸与」という奇妙な状態が克服されない限り、「戦後」は終わったとは言えないのではないかと思う。
ペドロ・コスタは、安全な場から作品を見ることを観客に許さない。会場内は危険なほど暗く、覚束ない足取りで歩く観客に映像と音響が襲いかかる。そこで観客は、映像の被写体となる人物が放つ光に驚異を感じることとなる。
新谷和輝 (映画研究)
映画ベスト
- 『よみがえる声』朴壽南/朴麻衣
- 『善き谷の物語』ホセ・ルイス・ゲリン
- 『枯れ葉』アレクサンドル・コベリゼ
- 『来し方 行く末』リウ・ジアイン
- 『Cuadro negro』ホセ・ルイス・セプルベダ/カロリーナ・アドリアソラ
『よみがえる声』や『善き谷の物語』の映画的主体性には勇気づけられました。『Cuadro negro』は、本物のチリ軍にチリ軍ごっこをさせるかなりぶっとんだ介入的映画です。そのうち上映したいです。ほかには『ANORA』(ショーン・ベイカー)や『DREAMS』(ダーグ・ヨハン・ハウゲルード)、あと『ミステリアス・スキン』(グレッグ・アラキ)にとりわけ感動しました。
その他ベスト
柴崎友香『帰れない探偵』の時空の伸ばし方はかなり面白くて、現代的な不安を描きながら気持ちよかったです。「ジャム・セッション石橋財団コレクション×山城知佳子×志賀理江子 漂着」はこれぞ展示!という多方向・多層的音響映像空間に感じ入りました。写真美術館の「ペドロ・コスタ インナーヴィジョンズ」もすばらしかったです。最近行けていない調布のスペイン料理屋ティオ・ダンジョウにはやくまた行きたいです。
Patch Adams (DJ)
映画ベスト
- 『夜の心臓』ハイメ・ウンベルト・エルモシーリョ(メキシコ映画大回顧)@国立映画アーカイブ
- 『春、阿賀の岸辺にて』小森はるか@恵比寿映像祭、@ユーロスペース(山形ドキュメンタリー道場 in 東京2025「初夏篇」)
- 『Bleesed 祝福』崟利子@ポレポレ坐
- 『亡き両親への手紙』イグナシオ・アグエロ@山形国際ドキュメンタリー映画祭
- 『よみがえる声』朴壽南、朴麻衣@山形国際ドキュメンタリー映画祭
- 『テン・スカイズ』ジェームス・ベニング(トーク:エリカ・バルサム)@イメージフォーラム・フェスティバル2025
- 『燈台守』ジャン・グレミヨン(伴奏:Phew)@国立映画アーカイブ
深田隆之 (映画監督)
映画ベスト(新旧混合、観た順)
- 『セカンドハンド・ハーツ』ハル・アシュビー
- 『アブラハム渓谷』マノエル・ド・オリヴェイラ
- 『ドッグ・レディ』ラウラ・シタレラ
- 『海辺へ行く道』横浜聡子
- 『余る日』大美賀均
『セカンドハンド・ハーツ』ハル・アシュビー監督特集。人間が持つでたらめさやしょうもなさにカメラを向けながら、蔑むことなく共感も求めず、ただ見守り追いかける作り手が好き。その意味でジョン・フォードに並び、ハル・アシュビーも心から信頼できる監督になった。
『アブラハム渓谷』。猫をカメラに向かって投げつける(三脚がちょっと揺れる)シーンを観て、「レオノール・シルヴェイラにこんな顔で見られたら猫だって投げちゃうぜぇ…」とあさっての方向から唸る。久しぶりに終始身を乗り出す映画体験だった。
『ドッグ・レディ』ラウラ・シタレラ監督特集。こんな企画をやり遂げてしまうコレクティブとしての凄みにまず驚く。放浪者である主人公が、病院を受診し知人の家でご飯を食べながらテレビを観る姿に何故か心を打たれる。
『海辺へ行く道』。今年『ワン・バトル・アフター・アナザー』と並び、観ていたらどんどん元気が出た映画。唐田えりかさんのコメディエンヌぶりが最高。黒い何かを追いかけてとっ捕まえようとするカメラワークと地元のおじさまたちのチャーミングさよ。
『余る日』。ご存知、『悪は存在しない』主演の大美賀さんが監督した短編。『義父養父』を観た時にもその静謐さとサスペンスに驚いたが、この短編では北野武作品が持つ暴力性を久しぶりに観たような気がした。彼の映画をもっと観たいと心から思える同年代・同時代監督のひとり。
その他ベスト
- ベストごはん①:中華料理「光竜」の炒飯(世田谷線松原駅)
短編映画撮影の準備中、稽古場のそばにあった町中華。しっとり系の炒飯は量も多めだが飽きが来なくて無限にれんげが進む。俳優と会う前にいつも気合いを入れてくれた。炒飯から浮気して頼んだ天津飯もふわふわ卵と出汁の餡が美味。魔が差しただけなんだよ、炒飯。
- ベストごはん②:洋食屋「プクプク亭」(現「洋食フナハシ亭」)のハンバーグ(東横線日吉駅)
今年は洋食屋のハンバーグを食べ歩きたいと思い、比較的家から近い場所で見つけた洋食屋プクプク亭。酸味と苦味を感じる独自のデミグラスソースとキメの細かい肉感が最高。
- ベスト島①:種子島
ワークショップの巡業で行った島たち。種子島は“日本一の星空”らしい。港で見た、落ちてきそうな冬の星々はもちろん、夜の海に反射しながら徐々に沈んでいく三日月というのが初体験で、偶然の美しさをいくらでも眺めていられた。そこにいた同僚たちと、お互い顔もろくに見えないまましばらく突っ立っていた。
- ベスト島②:屋久島
初の屋久島は年間通して珍しい晴天で、島の形は高い岩山が聳えるジュラシックパークだった。屋久杉も素晴らしいのだけど、尾之間温泉という47℃の公衆浴場がハイライト。結構厳しい地元ルールのもと、おそろしく熱いお湯の中に子どもからおじいさんまで日常的に身を浸す。自分が行った時は熱くない方だったらしいが…いやいや、熱い。めっちゃ熱い。“良いお湯”というのは案外わかりにくいものだけど、ここの湯は身体の中へ入っていくのがわかる。上がってもしばらく身体が芯から温かかった。屋久島の山を登った後にぜひ。
- ベスト島③:壱岐島(と麦焼酎)
壱岐島は長崎県にある島でぼうっとしてるだけでなんとなく居心地がいい。麦焼酎発祥の地と言われているこの島で作られているのが「海鴉」というお酒。樫樽で5年熟成させているからなのか、ウイスキーのような香りがする。焼酎はお湯割りか水割りがほとんどだったけど、ロックで飲まないともったいないと思わせてくれる麦焼酎だった。
二井梓緒 (映像制作会社プロデューサー)
映画ベスト ※順不同
- 『私たちが光と想うすべて』
- 『プリンス・オブ・ブロードウェイ』
- 『ある女の愛』
- 『ドマーニ! 愛のことづて/まだ明日がある』
- 『旅と日々』
パヤル・カパーリヤーの前作を以前山形ドキュメンタリー映画祭で観た際はあまり印象に残らなかったのだが、『私たちが光と想うすべて』はすごく良かった。冒頭でのエマホイ・ツェゲ=マリアム・ゴブルーへの謝辞、そしてとても美しいシーンで入るエマフォイのあまりにも美しすぎるピアノの音でもう感涙。素晴らしかった(エマフォイといえば2025年にはヒルマ・アフ・クリントのアジア初の大回顧展が開催され、エマフォイを聴きながら何時間も眺めたことがベストモーメントにランクインします)。映画館を出た後に、(去年と書いていることが重複するが…)確かにそこにいるのにいないとされてしまう人を見逃さないでいたいと思った。だからこそ私は映画を見ているのかもしれない。それはショーン・ベイカー作品も同じ理由。だから私は彼の作品が好き。
『旅と日々』の何も起こらなさも抱きしめたいし、あとはベストには入らないが、『ウィキッド』を海外出張の帰りの飛行機で観て、ありえないくらい大泣きして目がパンパンな状態で日本に着いたのもいい思い出。『ドマーニ』も本当に良かった。この狂った世の中へ抵抗し続けること、そして同志との連帯、私たちは自分の権利をつねに忘れてはならない。なぜならまだ明日があるから!
その他ベスト(2025年よかったMV ※順不同)
今年はビビッとくる作品はあまりなく、3本だけ。
- David Byrne - "Everybody Laughs" (Official Music Video)
なんてキュートなMV。2025年一番見たかもしれない。デヴィッド・バーンはなんでこんなにも幸せをもたらしてくれるの?2026年にサマソニに来ることを知って発狂しています。
- Bon Iver - Everything Is Peaceful Love (Official Video)
NYの希望の光John Wilsonが監督!最高すぎる。本当に愛に溢れてる。
- betcover!! - ゴーゴースチーム
なんと海外のファンのインスタ投稿がきっかけに制作に・・・ってだけでいい話なのにクオリティがとんでもない。
朴舜起 (英米文学研究者/skiptracing)
映画ベスト
- 『コート・スティーリング』ダーレン・アロノフスキー
映画にせよ小説にせよ、常識にひきつけて何か言うことは無限にできる。例えばこの映画だったら「他人の猫を引き受けること」から倫理的なテーマを抜き出して当てはめることは簡単。しかし、この映画には他人の猫の命を気にかけつつ過去に友人を事故死させた罪の意識に悩む主人公だけではなく、人を当然のように殺すが何故か些細なユダヤの戒律は徹底して守るマフィアも出てくる。しかもこの二つはいずれも「車を運転できない」という共通項で結ばれているのだ。そのような符合は、あのユダヤ人たちが我々のありきたりな常識からは理解できないようにこの主人公もまた我々の常識からは推し量れない存在かもしれない、ということを我々へと仄めかしている。いい映画は、むしろ常識の方を問い直す。だからすでに知られた情報の確認や、誰もが共感/共有してしまう感想ではなく、作品が可能とする全く新しい理解=分析を催させる。
- 『ランニング・マン』エドガー・ライト
ポップコーンを買ってなかったのに、見終わった後で口の中にポップコーンの味がした。
その他ベスト【書籍】
- 『芸術をカテゴライズすることについて』(銭清弘)
作品について語るとき/鑑賞するとき、それを見る側の理屈やら仕組みやらに気を配ることは、作品について考えることに劣らず重要なことなのかもしれない。と言うのも、作品について直接に考えようとすることは、観察する自分を自分自身の認識から落とすこととセットなのだから。その見落としをさらに無視することで作品と親密に対面していると思い込むより、一度分析する側の問題を問い直しておいた方がよい。そのためには、見るこちら側の問題がどう成立しているのかを分析する必要がある。というわけで、この本はそういう見る側の仕組みのための思考と方法を提示してくれる。
- 『なにも見ていない 名画をめぐる六つの冒険』(ダニエル・アラス/宮下志朗 訳)
見る側の問題・実践編。誰もが気づくことばかりに拘泥して指摘したがる人は、誰も気が付かなかった発見や読解を煙たがる。しかし分析者の役割は、小説にせよ映画にせよ絵画にせよ、すでにある作品の意味をまるで違ったものへと変更してしまうことに(も)あるはず。またそれはある意味で、分析する側が作品そのものの「力」を自らにおいて再現してしまうことでもあり得る。そしてこの本はまさに、それを実演している。
初めの方でまず、フランチェスコ・デル・コッサの『受胎告知』という絵の右下に意味不明な「カタツムリ」がいる(本当にいる)、でもなんでいるのか普通に考えてもわからない、という謎が解かれている。これが6つのうちの2つ目の冒険。さて、なぜそこに「カタツムリ」がいるのか。実はこの虫は「遠近法」に抗っていて、その抵抗こそが「受胎告知」の最高の表象なのだという。なぜ「遠近法」に抗うのかというと、「受胎告知」とは「形象不可能なものの、形象への降臨」のことであり、一見すると「遠近法」はその「降臨」にうってつけの技法に思えるが、しかし実は「遠近法」のような計算/尺度による奇跡の表象化は無限かつ計算不可能であるはずの形象不可能性の脱神秘化でもあり、その点がダメだから。というわけで、このカタツムリがたったひとり、遠近法という可視の技法に抗い、神秘を損なわない奇跡の表象を体現している。詳細は省くが、このカタツムリはむしろ「形象」の方を「形象不可能なもの」へと逆降臨させてしまうすごいカタツムリである(それこそがまさに「なにも見ていない」という本の題名の意味だ)。しかも著者は最後に驚きのトリビアを披露し、自身でも画家(コッサ)の「神秘」を再現しようとしている。
【音楽】
- Mine or Yours(宇多田ヒカル)
「何が食べたい? 店探すよ」という歌詞に感動。
【飯屋】
- Hood Dog(スープカレー)
「nobodyにも度々寄稿している映画研究者の三浦光彦は北大きってのスープカレーマニアとして知られるが、私は彼に次ぐスープカレー好きと言ってもいいかもしれない。Hood Dogはススキノの名店。細かく言えば村上カレー系と言われる流派の内にある。しかし私の印象では、他の村上カレー系と比べて、この店は少し違った味わいがある(つまりちょっとだけ流派の外にある)。おすすめは海鮮メニュー。この前シーフードを食べたらメインでマグロの頬肉と真たち(白子)が入っていた。豪華すぎる。でも本当のおすすめは真っ黒いイカスミカレー。全く酒を飲まず、二日酔いなんか生まれて一度もなった事ない私が、これを食べるとなぜか二日酔いが完全に治癒した状態になる。
三浦光彦 (映画研究者/skiptracing)
映画ベスト(順不同/去年国内のスクリーンでかかったものの中から)
- 『YESMAN/NOMAN/MORE YESMAN』松村浩行
- 『海辺へ行く道』横浜聡子
- 『けものがいる』ベルトラン・ボネロ
- 『でっちあげ 〜殺人教師と呼ばれた男』三池崇史
- 『走り来る男』パトリシア・マズィ
『海辺へ行く道』はとにかく人物たちの動きひとつひとつが強烈にいい。街を去る唐田えりかの車から投げ出された手の軽やかさが、大人に失望した山崎七海に受け継がれる瞬間が忘れ難い。同様に人物たちの動きひとつひとつが魅力的だったのはパトリシア・マズィ『走り来る男』。すべてのキャラクターが妖しい魅力を放つ『サターン・ボーリング』も悪くないが、パワフルさとチャーミングさが際立つこっちを推したい。アラン・ギロディ同様にもっと広く紹介されてほしい。フランス映画でいえばベルトラン・ボネロ『けものがいる』も凄まじかった。音と映像の人称性をめぐる苛烈な実験をしながらも、実際にはレア・セドゥの演技への信頼のうえに成り立っている実にシンプルな映画だと思う。『でっちあげ 〜殺人教師と呼ばれた男』は三池崇史ひさびさの快作。元々、悪が肥大化していくのを描くのが上手い監督ではあるが、この作品の柴咲コウは圧巻。そして、柴咲コウとは好対照の小林薫の控えめな演技も素晴らしかった。松村浩行が携わった作品を一挙に上映した「明るい地点へ 個と集団のゲストゥス」は2025年ベストイベント。ようやく見れた『TOCHKA』はもちろんだが、人物の発話行為を通じて極めて簡素に権力のあり方を描く『YESMAN/NOMAN/MORE YESMAN』に強く心を惹かれた。
ハリウッド映画を選出外にしてしまったが、ちょうどいい作品をちょうどいい塩梅で撮れるようになったスティーブン・ソダーバーグ、無駄なケレンみが削がれて最近良作を連発しているガイ・リッチー、相変わらずデタラメだらけのメル・ギブソンらの新作はどれも良かった。『名もなき者』と『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』も当然素晴らしい作品ではあったが、何かを背負ってしまったアメリカ映画監督特有のあざとさみたいなものが見え隠れする気がしなくもなかったため、今回は選ばなかった。
その他ベスト
- アルバム:Caciopea entre las Ruinas del Anfiteatro 『Bien que se Padece, Mal que se Disfruta』
最近の音楽はどれもマキシマイズする方向に向かっていてひとつのアルバムを通しで聴くととても疲れてしまうのだが、このアルバムは一時間近い長尺にもかかわらずすんなり聞けた。やはり歌メロの良さというのは重要だなと改めて実感した一枚。
- 書籍:入不二基義『現実性の問題』/久保明教『内在的多様性批判』
どちらも去年話題になった人文書だが、最近の日本現代思想(?)のひとつの傾向として隠喩への批判と空間性の重視というのがある気がしていて、そうした方向性にやはり連なる本だと思う。一見、パキパキとした文体で書かれた哲学書のように見えて、どちらも著者みずからが自分自身に厳しい制約を設けて書かれた本だと感じた。その態度は博論を執筆するうえでひとつの指針になった。
- カレー:オイスター薬膳グレート(かれーの店 うどん?)
かれこれ週に一回はスープカレーを食べる生活を8年近く続けているため、カレーで新鮮に驚くという機会はなかなか減ってしまったのだが、五反田の飲み屋街の一角に佇む、かれーの店 うどん?(ややこしい店名だ)の2月限定メニュー「オイスター薬膳グレート」は次元が違った。店のブログには「帰りに事故に遭う人が多いので気をつけて」という旨のちょっと怖い文句が書かれているのだが、食べてみて納得。店を出て15分くらい茫然としてしまって、千鳥足になってしまった。カレー好きの人には一回体験してみてもらいたいが、癖の強いカレーであることは間違いないので、一度レギュラーメニューを食べてみて合うかどうか試してからチャレンジするのが吉。
村松道代 (デザイナー)
映画ベスト
- 『ダイレクト·アクション』ギヨーム·カイヨー、ベン·ラッセル
- 『海辺へ行く道』横浜聡子
- 『COW/牛』アンドレア・アーノルド
- 『ワン·バトル·アフター·アナザー』ポール·トーマス·アンダーソン
- 『LOST LAND/ロストランド』藤元明緒
『ダイレクト·アクション』
空港建設反対団体の運動と生活をヤマガタで見る意義をかみしめながら、生きものが夥しくうごめいている時間に浸った。極まった社会運動もフランスだとなんとなくおしゃれに見えてしまうのは、どうなんだろうと思いつつ。
『COW/牛』
その生きものに名前がついていることに驚いてしまった。愛着がわいてしまうではないか。
真っ黒な目は、どっちを見ているのか分からないところが怖い。
その他ベスト
山田剛志 (NOBODY)
映画ベスト
- 『名もなき者 A COMPLETE UNKNOWN』ジェームズ・マンゴールド
- 『新世紀ロマンティクス』ジャ・ジャンクー
- 『You Burn Me』マティアス・ピニェイロ
- 『旅と日々』三宅唱
- 『劇映画 孤独のグルメ』松重豊
順不同。個人的に2025年は、例年よりも劇場での鑑賞本数が少なく、映画とすれ違ってばかりいた1年だった。面白く観た作品は数あれど、では、どこが面白かったのかと訊かれても内容の大部を忘却しているため答えに窮することも多く、不甲斐ない気持ちになることも少なくなかった。そんな中でも、ここで挙げた5本の作品は、驚きとともに記憶に刻まれている。⑤についてはnobody MUG 13、①についてはnobody MUG 14で批評を書かせていただいた。機会があればぜひご覧ください。
その他ベスト
- 丹生谷貴志コレクション全三巻(本)
- 堤聖也✖️ノニト・ドネア 2025年12月17日@両国国技館(ボクシング)
- KID FRESINO「hikari」(曲)
和久井亮 (監督志望)
映画ベスト(またスクリーンで見たい新作、見た順)
- 『季節』モーレン・ファゼンデイロ(日本語字幕は石井美智子)
- 『フィダーイー・フィルム』カマール・アルジャアファリー(日本語字幕は加藤初代)
- 『マスターマインド』ケリー・ライカート(日本語字幕は永井歌子)
- 『春の木』張律(日本語字幕は小木曽三希子)
- 『ジェイ・ケリー』ノア・バームバック(日本語字幕は佐藤恵子)
こんなところに混ぜてもらってよいものかと自問しつつ、運よく上映に滑り込めた新作からぜひまたスクリーンで見たいものを挙げてみた。せっかくなのでどれも再上映のためにできることがあったら手伝いたい。このリストがホン・サンスで埋まらずに済んだのは偉大な「月刊ホン・サンス」(ミモザフィルムズ)のおかげだと思う。
『季節』は初めて行った山形国際ドキュメンタリー映画祭で見た。映像と音響の厚みと広がりに終始圧倒され、ヤギの鳴き声に身の危険を覚えるという稀有な経験もできた。配給窓口はSquare Eyes。
『フィダーイー・フィルム』も山形で見た。今回の山形市長賞(最優秀賞)を受けた監督の前作で、植民者イスラエルが強奪したパレスティナのアーカイヴ映像を再領有してみせる強力な映画だった。窓口はKamal Aljafari Productions。
『マスターマインド』は東京国際映画祭で見た。MUBIで配信されているが、はるか奥にまで視線を促す「縦の構図」の連鎖はスクリーンでこそ見られるべきだと思う。窓口はThe Match Factory。
同じく東京で見た『春の木』の張律は、視点を90度ずらしてみるだけで世界が驚くほどにひらけることを教えてくれる。窓口はMonar Films/熊禾影業(釜山国際映画祭のページなどに連絡先がある)。
うまくいっていない点は多々あれど、ヨアキム・トリアーの『センチメンタル・バリュー』よりも断然『ジェイ・ケリー』である。
その他ベスト
- 「3人の音楽家」
三菱一号館美術館で見たオーブリー・ビアズリーの絵のタイトル。フレイムの中には特に音楽家らしくもない人物が2人いるだけで、何かの間違いではないかと周囲の黒々と描き込まれた草木を何度も探してしまった。同名の詩の一節に対応する挿絵だとあとで知って納得したのだが、タイトルなど固有名詞とその本体との相互干渉に関心を向けるきっかけになった。
- りんどう第2号『字幕→越境』
2024年には水木洋子特集を組んでいた「らんたん・そさえて」によるzine。字幕翻訳をめぐり、映画1本ごとの作業としても技術的な面でも多くの創意工夫が間に挟まっていることが大勢の言葉からよく分かる1冊だった。字幕にまつわる限界や無関心を明示的に指摘した2人がともに日本語映画の英語翻訳を手がけている方である点も印象的だった。字幕を含む翻訳の透明化の志向はできる限り逆撫でしていきたいと思っている(ので、字幕付きで見た映画には翻訳者の名前を添えることにしてみている)。
- 「『生活の設計』――撮影スナップ」
国立映画アーカイブの「写真展 ハリウッドの名監督たち」(会期は3月22日まで)で見た写真。オフショットを装いながら主演の3人やメアリー・ピックフォードらが綺麗な菱形に収まっており、エルンスト・ルビッチの位置と表情も確信犯としか思えない。来日中のペドロ・コスタが映画とは夢でも幻想でもなく現実におけるたくさんの仕事(a lot of work)だと繰り返していたが、展示を通じて「夢の工場」の労働者としての大監督・大スターたちの姿に興奮した。選ばれた写真が何ミリメートルかの厚みをもって目の前に存在している点でも貴重な空間だった。
- 米国の深夜トーク番組のホストたち
数年前からよく見ているトーク番組が、去年の1月以来ほとんど反トランプの最前線のようになってしまった。権威主義化を進める大統領にはジョークの形を取ったホストたちの言動が何より効いているように見える。彼らの仕事の中心は、排泄物か吐瀉物のごとく垂れ流される映像や言葉を律儀に取り上げ、複数の読みの可能性にさらす(ことでその異常さを浮き彫りにする)営みでもある。この手のコメディがメジャーで成立しない場所でトランプの二番煎じを嬉々として任じる首相が勢力を伸ばしてしまったいま、剽軽で「意地悪」な風刺や批判はぜひ流行してほしいし、できることならはやらせたいと思う。
- 「劇場サ~ビスデ~♪」
「オリヴェイラ2025」(プンクテ)のアカウントがツイートする画像を毎週の楽しみにしていた時期があった。マノエル・ド・オリヴェイラの『カニバイシュ』でこちらを見据えて歌うルイス・ミゲル・シントラの静止画に「劇場サ~ビスデ~♪」の文字を重ねたもので、週によっては緑の字が赤で立体化されているのも嬉しい。オリヴェイラの顔のシールはちょっと畏れ多くて貼れない1年だった。