三好剛平インタビュー
映画という”交流”の土壌をつくる
2025年8月24日、福岡
取材・構成:隈元博樹
協力:金在源、安東来
2020年に閉幕した「アジアフォーカス・福岡国際映画祭」のあと、福岡を取り巻く映画文化の状況は刻々と変化を遂げてきている。2021年に始まった「Asian Film Joint」は、アジア各国の映画人たちとのネットワーク、それからアジアフォーカスを通じて収蔵されていったアジア映画のフィルム・アーカイブ群という2つの映画遺産の運用と継承を軸にしたプロジェクトである。また映画の上映にとどまらず、そこには批評や制作を通じた「交流」が介在しており、まさに映画で「Joint」する土壌を育むための気鋭な取り組みが展開されている。そんな「Asian Film Joint」がもたらす映画文化の状況、あるいはこれからの可能性について、同イベント/プロジェクトの主宰である三好剛平氏にお話を伺った。
——三好さんが主宰する「Asian Film Joint」(以下、AFJ)は、「アジア映画の上映と交流」と銘打たれたイベントだと伺っています。なかでもこの「交流」という言葉がとても重要だと思うのですが、具体的にはどういった交流の場となっているのでしょうか。
三好剛平 AFJではアジア映画をただ上映するだけでなく、そこから派生し得る「交流」の現場をできる限り積極的につくることを意識して運営しています。例えば映画を上映する際には、監督らに会場かオンラインで登壇してもらい、観客からの質疑も積極的に受け付ける対話の場を設けるようにしていたり、作家や作品などを糸口に地元や国内外の識者も交えたトークイベントを実施してみたり。昨年はゲスト監督たちと一般参加者が直接交流できるアフターパーティなども開催してみました。こうした「交流」への意識は、自分が福岡で体感してきた、ある実感に起因しています。
元々福岡では、アジア映画に特化した国際映画祭として「アジアフォーカス・福岡国際映画祭」(以下、アジアフォーカス)が1990年にスタートし、2020年まで続いていました。アジア映画を30年間ひろく紹介し続け、アジアの映画人や観客たちからも毎年関心を寄せられるイベントでした。しかし2021年3月に、福岡市が事務局を務める実行委員会は「映画祭の役割を終えた」という見解のもと、突然その終幕を発表しました。残念ではありましたが、発表には今後の方針として「映画祭の人脈や開催のノウハウを民間事業者に引き継ぎ、民間主導の映画祭を支援するかたちへ方針転換する」ことも記されていました。
アジアフォーカスには僕自身も2015年から5年間、同映画祭の商談会部門である「ネオシネマップ福岡」に共同ディレクターとして携わっていました。その商談会では、アジアフォーカスで上映されるアジア映画の買付先となり得る日本の配給会社や、今後の協働相手を求める各国の映画会社、そして東南アジアを中心に、主要な国際映画祭や国内興行で良い成績を収めている制作会社などを招聘し、マッチングする場づくりを担当していました。その現場を通じて実感したのは、映画というものが驚くほど人と人との繋がりからしか生まれないものであるという現実でした。その場に集まった各社はそれぞれ当初の目的意識こそ違っていても、まず人と人とが出会い、共感を抱き合っていくうちに「じゃあ一緒にやってみよう」と握手を交わすに至る。言ってみればすごく素朴な人間同士の関わり合いからしか映画づくりは始まり得ないことに気付かされ、いかにこのように親密な「交流」の機会を存続させられるのかが重要なのだと感じるようになっていました。
福岡はアジアフォーカスを通じて、今では国際的に活躍するような映画作家たちとも直接やりとりできる信頼関係など、数多くの文化資産をこのまちに育んでいました。それらについて実行委員会から「映画祭終了後には民間へと引き継ぐ」と宣言されたわけですから、ならば自分で映画の場を立ち上げれば良いんだなと考え、自前でお金を集めて開始したのがAFJでした。
AFJの立ち上げと、アジアフォーカスが育んできた文化資産活用の方向性は、まず市役所の担当者に歓迎いただけたことはもちろん、アジア各国の映画関係者たちや、当時から字幕制作や通訳を担当されてきた方々に至るまで、本当に多くの方から熱い応援を寄せていただきました。どなたも「福岡のアジア映画の火が消えてしまうのではないか」と心配されていた中で、自分が小さくてもまずその火を絶やさぬように行動を始めることが何かの希望になり得るんだと感じられましたし、そうした皆さんの後ろ盾や応援は、今に至るまで本当に心強いものであり続けています。
——AFJにはどういった方々が足を運んでいるのでしょうか。
三好 これまでAFJは2021、2022、2024年と3回開催してきましたが、アジアフォーカスに通っていた常連客の皆さんをはじめ、新たな層として20~50代の映画やアートなどを愛好するカルチャー層の方たちも客席を温めてくださっています。AFJを始めてみて改めて痛感したことのひとつに、アジアフォーカスはこのまちのお客さんたちの映画を見る目を確かに育んでいた事実があり、それは30年間の映画祭にとって最大の成果のひとつだったと感じています。AFJにも、アジアフォーカス時代からアジア映画を鑑賞されてきた先輩観客の皆さんがやってきては、そっと感想を伝えにきてくださる場面もあって、そういう瞬間は本当にこのまちの映画ファンたちは心強いな…と感じました。それに加えてもうひとつ。福岡の人たちはアジアフォーカスのおかげで、毎年秋になるとアジア映画を見たくなる生態にまで育て上げられていることにも驚きました(笑)。そうしてまちの文化として30年間積み上げられてきたものの恩恵を受けながら、AFJもそのバトンを次へと継げるように頑張らなくては、と思っています。
——秋になるとアジア映画を見たり、アジアを感じたくなる感覚はすごくわかります(※取材者も福岡出身)。例えば、福岡ではかつて「福岡アジアマンス」*1という文化交流イベントが毎年開催され、当時親に連れられて屋台のアジア料理を初めて食べたことを思い出しました。
三好 20年前にどこかですれ違っていた可能性がありますね(笑)。当時は福岡市役所の前にステージが立っていて、インドネシアの伝統楽器のガムラン演奏に合わせて踊っている人を見たり、市役所前の屋台で生まれて初めてベトナムの揚げ春巻きやフォーを食べて「アジアって何か良いものだな」と思ったり。そうした福岡でのアジア体験の一つひとつが自分の原体験にもなっていますし、福岡のまちにはそういう人がたくさんいるだろうと思います。
——AFJにおける「交流」は、どのようなかたちで地元の人々を巻き込んでいるのでしょうか。
三好 上映後のアフタートークを例に挙げてみると、
来場されたどの監督からも驚かれるのは、お客さんからたくさん質問が寄せられることに加え、その質問の精度や熱量が異常に高いことです。これは先に述べたアジアフォーカス時代からの市民による映画鑑賞習慣の素地もあると思いますが、同時に感じるのは、このまちにはまだいくらでも僕らがリーチできていない、確かな観客が「いる」という実感で、いかにそうした方々にまでAFJをリーチしていけるかについては、毎回考えさせられます。
また、AFJでは上映している作品ラインナップが硬派だからこそ、場の雰囲気としてはなるべく誰もが発言しやすい、やわらかな空気づくりをかなり意識しています。僕は映画やアートのトークイベントでたまに見るような、登壇者が誰ひとり笑顔も見せずにひたすらボソボソと喋り続けるような雰囲気がすごく苦手なんです。まして僕らの上映作品の多くが、必ずしもすべてを作中だけで説明しきれることのないアートハウス系の作品なので、お客さんの中にもきっと質問してみたいことがたくさん生まれているはずなんです。そんな絶好のチャンスを、場の緊張感が原因で損ねてしまうのは本当にもったいない。AFJではそうした機会にこそ、少しでも異なる文化や表現への理解に近付いてもらえたら、という想いがあります。それに、観客がつくり手たちに直接質問できる機会が実現できるだけで、それぞれが自分事として映画を通じて感じたことを内省して言葉を紡いでみたり、それをつくり手にぶつけることで自分に思わぬものが打ち返ってきたりするような原経験を届けられます。そういった「交流」がひとつでも多く生まれてほしいから、AFJではなるべくどんな質問でも歓迎されるような雰囲気で、地元の人々を誘い出してみています。
——AFJは映画の上映だけでなく、昨年は boidの樋口泰人さんや映画批評家の廣瀬純さんをお迎えした批評講座を開催されています。その経緯や目的についてお聞かせください。
三好 AFJで上映するような作品を、どうすればもっと観客に楽しんでもらえるかをずっと考えています。自分たちのプログラムに、起承転結など一般的な話法にとらわれない作品や、一見すると何も起きていないようにも感じられるような映画があったとして、そのような作品を見慣れていない観客にいきなり見て楽しめ、と言うのも少し不親切ではないかと感じてきた現実もありました。そこで、そうした映画の楽しみ方を掴んでもらうためのレッスンをお届けすべく開催したのが「AFJ映画批評入門講座2024」でした。第一回目となるこの批評講座ではまず、映画を「物語」からではなく、もっと即物的な「音」や「画面」の体験から捉えていく方法にフォーカスし、それを上手に、かつ楽しく教えてくださる講師として樋口さんと廣瀬さんをお迎えしました。
樋口さんの講座は「音で見る」と題し、『フラワーズ・オブ・シャンハイ』 (ホウ・シャオシェン、1998)、『ヤンヤン
夏の想い出』(エドワード・ヤン、2000)、『夜明けのすべて』(三宅唱、2024)、『SUPER HAPPY
FOREVER』(五十嵐耕平、2024)が教材となりました。それぞれの作品で、樋口さんが違和感を抱いた「音」から場面や作品の核心へ迫っていくプロセスや、波の音に注目したユニークなアプローチなどについてお話しいただきました。樋口さんがすごいのは、どれも初めは樋口さんの思い込みにも思えるほどの飛躍からお話が始まるのに、無数の映画の記憶を引き連れた豊かな語りに惹き込まれるうちに、やがてその場面がそうとしか見えなくなるほどの説得力や面白さを立ち起こしてしまうことです。昨今のエビデンス重視のムードの中では、僕らは時に飛躍や直感を押し殺して、最大公約数的な「正解」の言葉に引き付けてしまうことがありますが、樋口さんは個人的な直感を手放さず、これまでのご自身の映画体験との響き合いを経由して、新たなルートを描き出してみせる。このように、理屈だけでは説明できない違和感や、わからないけどすごく気になること、あるいはこうなのかもしれないという妄想にすら近い部分からでも批評はスタートさせられる。そういった可能性を提示しつつ、同時にそれを皆で共有できるものとするためには、やはり無数の映画体験も不可欠であることを体感してもらえる講座になったのではないかと思います。自分ひとりだけが知覚したかもしれないものを尊重しながら、皆と作品へ潜り直すための新たな回路を、いかにして編むことができるのか。そういったことを、映画の「音」を通じて樋口さんは提示してくださいました。
続く廣瀬さんには「画面で見る」と題して講座をいただきました。実は廣瀬さんに講座をお願いしたのは、NOBODYで濱口竜介監督の『偶然と想像』(2021)へ廣瀬さんが寄せた「リズム、法、跳躍」という作品評が決定打だったんです。全三編をそれぞれ登場人物の位置関係から読み解いていくそのテキストが本当に鮮やかで、画面の情報からだけでこれほど豊かな読み開きが可能なのかと圧倒されたとともに、いつかこのような面白さを皆とも共有したいと思い続けていました。また、廣瀬さんのポッドキャスト『PARAKEET
CINEMA CLASS』やご著書からも僕は影響を受けていたので、いつか福岡にお迎えする機会をつくりたかったんです。
講座では、まず前半に『ヒズ・ガール・フライデー』(ハワード・ホークス、1940)の冒頭の1分半を、繰り返し1時間ずっと見返し続けることから始まりました。画面の中の運動はどのように組織されているのか。画面内の情報だけで登場人物ごとの等級はいかに示されているのか。わずかな時間の中に散りばめられた情報を細かく解析していくことで、映画そのものを読み開き直すようなレッスンでした。続く後半の教材は、小津安二郎の『おはよう』(1959)でした。廣瀬さんは、駅で登場人物が電車を待っているシーンを参照し、画面の中で構成される「図形」に注目してみることで見出せる、新たな意味についてお話しされました。映画は一般的にはストーリーから鑑賞されるものだとは思いますが、それ以外にも読み解き方はあるし、そこに面白さがあることを観客の皆さんにお届けする講座となりました。
うれしかったのは、その2日間の批評講座を終えた翌日に、AFJの会場で講座を受講してくれたお客さんが「あの講座の後に映画を見てみたら、作品から受け取る情報量がまったく変わっていることを実感し、驚いた」「今まで難しいと思っていた映画が、途端に面白いものに様変わりした」とわざわざ伝えに来てくれたことです。思わずその人を抱きしめてしまいたくなるほどうれしかったわけですが(笑)、そこからさっそくその人が感受された「あの場面の音は…」「あの画面は…」について立ち話を聞かせてもらううちに、あぁ、AFJはこういう場であり続けたいんだよなと改めて実感させてもらったんですね。すなわちAFJは、単なる一方的な上映やお勉強の場ではなく、一人ひとりのお客さんが未知なるものとの出会いを楽しみ、そこで感じたものをたがいに安心して伝え合えるような場でありたいんだと。こんな調子で楽しく続けていけたらなと思います。
——AFJの開催を経て、現在の福岡における映画文化や上映館の状況などに変化を感じることはありましたか。
三好 近年の日本の劇場興行は、特大ヒットを記録する数本の作品と、収益回収に苦戦する大量の小~中規模作品といったアンバランスな状況が極まりつつあります。それは福岡でも例外ではありません。そもそも福岡市内には独自で番組編成が可能な劇場が極端に限られる中で、僕らAFJが上映しているようなインディペンデント作品もかなり厳しい状況に置かれていると思います。ただ、その中で存在感を高めているのが、AFJも2022年から会場にさせてもらっている福岡市総合図書館の映像ホール「シネラ」です。フィルムアーカイブと併設された240席規模のこの劇場では、2024年に学芸員が交代し、福岡の映画状況においても新しい役割を担い始めています。
例えば、昨年全国巡回をしていた佐藤真監督の特集プログラム「暮らしの思想 佐藤真
RETROSPECTIVE」は、福岡ではKBCシネマでプログラムから数本のみが1週間限定で上映されるかたちで終了していました。そこで、佐藤監督にまつわる書籍を刊行している福岡の出版社「里山社」の清田麻衣子さんとシネラが連携し、改めて同プログラムの全作品上映に加え、関連作品のフィルム上映や、飯岡幸子さんや小森はるかさんらがラインナップされたゲストトークを併催する特集企画として再編し上映を行っていました。シネラはいわゆるミニシアターではありませんが、今後は収蔵作品の再上映に限らない機能も一部担える劇場へと変化していくのではないかと思っています。
——三好さんは福岡のラジオに毎週パーソナリティとして出演されています。その番組ではどういった内容をリスナーにお届けしているのでしょうか。
三好 ひとつはLOVE FMという元々僕が勤めていたラジオ局で、在籍当時の2018年から続けている「明治産業presents OUR CULTURE, OUR VIEW」という番組です。福岡~九州のアート・カルチャーを紹介する番組として、展覧会や舞台、書籍などについて作家や学芸員らをゲストに招いてのトークをお届けしています。毎週日曜日の朝にFMで放送している番組にも関わらず、1時間ほとんど音楽も挟まずにひたすらゲストとの対話をお届けするという、ラジオ業界では割と異例な番組なのですが(笑)。8年間ずっと協賛を続けてくださっている提供主のおかげもあって、ここ2、3年は全国からも反響をいただける番組にまで成長しています。もうひとつは、RKBという地元テレビ局のラジオで、朝のニュース系情報番組「田畑竜介Grooooow Up」内の「三好剛平の福岡エンタメCatch Up」 (以下、「Catch Up」)という10分枠のコーナーを2年ほど担当しています。こちらの番組では、その週末に公開される新作映画を中心に、開催中の文化催事なども紹介しています。
——ラジオという音声メディアを通じて様々な文化情報を届けるにあたり、ご自身が心がけていることはありますか。
三好 どちらの番組でも、まず紹介する作品や展覧会の中に自分が信じて発信できるものがあるかどうかは欠かせませんが、もうひとつ重要視しているのは、このまちのメディアで十分に取り上げられていないものを優先して取り上げることです。
先ほどの映画興行の話と同様、近年はいよいよあらかじめ認知が行き渡っていたり、宣伝広報などでインプレッションが積み上げたりできるものばかりが勝ち抜けしがちな文化状況です。その中で、いかに「それ以外」の選択肢もリスナーに提示できるのか、そして実際に足を運んでもらえる発信にできるのかは、常に意識しています。ただ、そういう方針だからこそリスナーにとっては番組で紹介される内容の多くがこの番組で初めて知るものになるわけですが、そこを突破するのはラジオの一番の強みでもある、熱量をリスナーへダイレクトに伝えられる点だと思っています。たとえリスナーが、聞いている内容すべては十分に理解できなくても、その語りに熱と真剣さがこもっていて、自分と関わる糸口をひとつでも見出してもらえれば「よくわからんけど、騙されて行ってみるか」という後押しになって、映画やイベントに実際に足を運んでくださることがやっぱりあるんです。先日もラジオを聴いて、総上映時間が4時間もある『トレンケ・ラウケン』(ラウラ・シタレラ、2022)を見に行ってくださった強者がいました。「映画の前半は理解が追いつかず『三好さん、本当に…?』と疑いかけましたが(笑)、後半には映画の語りに『なるほどこういうことね~』と納得しながら楽しんできました!」とメッセージもいただき、思わず小躍りして喜びました。
大事なのはこのまちの文化体験の選択肢を減らさないことで、そのためにたまたま今、発信側にいさせてもらっている自分が果たせる役割があると思っています。見過ごされかねない小さな作品や展覧会も、その存在をこのまちの人々へ押し出していきたい。そして先ほどの批評講座ではないですが、たとえ「正解」とは限らずとも、その作品一つひとつに対して、各ジャンルの歴史や自分の鑑賞体験と反響させた「面白がり方」を提示していけたらと思います。自分がやっていることは厳密な「批評」とは違うかもしれませんが、ラジオでも単なるインフォメーションや感想にはとどまらない「批評的な」視点も携えた発信ができるように今後も精度を上げていけたら、と思っています。
——今後はAFJを含め、福岡という場所でどのような活動を展開されていこうと考えていますか。
三好 AFJはこれまでに3回開催しましたが、毎回大幅に赤字なんですよね(笑)。もっとも、毎回よその映画祭運営者からは驚かれるほどの最少人数で成立させているので、総予算は破格なほどに抑えてはいますが、それでも毎回実施するたびに100万円から多い時は~200万円の自腹を切って続けています。そういった事情もあり、今後は開催タームを2年に1回のビエンナーレ方式にしたり、コンパクトな開催規模のAFJも検討してみたりと、もっぱら現実的なあり方を模索中です。やはりどんなかたちであれ、まずは継続できないことには仕様がありませんからね……。しかし2026年には、開催規模はともかく第4回目を実施するつもりで、助成金の申請も始めています。
またAFJは、観客の皆さんへアジア映画を届けることはもちろん、映画作家同士の出会いから次の作品が生まれる現場として活動を続けていきたいとも思っています。2022年には国内ゲストとして招聘した草野なつかさんと飯岡幸子さんが、AFJでの再会がひとつの後押しとなって、草野さんが当時準備中だった『広島を上演する』(2023)の一篇「夢の涯てまで」での協働に繋がった実績も生まれています。今後もこうした事例が続々生み出せたらうれしいですよね。
最後に、AFJを通じてご縁が生まれた映画作家たちとの新しいプロジェクトも始まっています。2021年に特集を組んだタイの映画監督でプロデューサーのアノーチャ・スウィチャーゴーンポンさんとその旦那さんのポール・モリさんらと三人で、日本で新たに映画の会社を立ち上げたり、2022年のAFJでお迎えした草野なつか監督の新作長編のプロデューサーとして制作準備を始めていたりしています。タイトルに込めた「Joint」の通り、AFJが次なるアジア映画の生まれる土壌となるような動きが想像以上のスピードで実現しつつあります。自分としては、とにかく引き続き作家たちや観客の皆さんと真摯に向き合い、一つひとつの交流の場を丁寧にかたちにしていく活動を、ながく続けていけたらと思っています。
三好剛平(みよし・ごうへい)
1983年、福岡県生まれ。プロデューサー。株式会社三声舎代表。2006年にラブエフエム国際放送株式会社に入社し、営業やイベント企画などを担当。独立後は福岡を拠点に、映画やアートなど文化芸術にまつわるプロジェクトの企画、制作、執筆などを手がけている。また、2021年よりアジア映画の上映と交流のプロジェクト「Asian Film Joint」を立ち上げ、主宰としてこれまでに3回開催している。その他に、福岡や九州のアートシーンを紹介するカルチャー情報番組「明治産業presents OUR CULTURE, OUR VIEW」(LOVE FM、毎週日曜10:00~11:00)、「田畑竜介Grooooow Up」内のコーナー「三好剛平の福岡エンタメCatch Up」(RKB毎日放送、毎週木曜8:40~)では新作映画などの紹介を行っている。
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福岡アジアマンス
1989年に開催された「アジア太平洋博覧会(よかトピア)」で培われた友情と交流の輪をさらに広げることを目的に、翌年の1990年にスタートしたイベント。毎年9月をメインに福岡市内各所でアジアの文化・芸術・学術などを中心とした多彩な事業を行っていた。