5月5日(土)

午前中からワークショップに参加。ドイツの配給会社「RAPID EYE MOVIES」のプロデューサーであるステファン・ホールとぼくら参加監督たちとの意見交換の場とでも言おうか。「RAPID EYE MOVIES」はドイツで中島哲也監督の『告白』(10)を国内配給した会社で、彼はいまおかしんじ監督、クリストファー・ドイル撮影『おんなの河童』(11)のプロデューサーだ。同作の制作過程や撮影時のエピソードだけでなく、配給や宣伝の側面から考えられる国際的な戦略などを饒舌に語ってくれた。

彼が日本映画に一番ビックリしていたのは、膨大な年間の劇場公開作品数だった。ドイツでは毎週木曜の封切日に1、2本が公開され、朝刊の文化欄にはその新作の批評が掲載されることが一般的らしい。だから日本のように数が多いと物理的に批評も追えないし、それが国全体の経済的効果を上げるのは厳しいかもしれないとも言っていた。ここで少し前日の座談会中に生じたドイツの映画の状況を少しだけ垣間見ることができた。世界中のどこにおいても、映画は斜陽産業であることはまちがいない。だけどステファンはそれを改善するための機関が増えてきていること、また海外の映画祭や配給への扉を後押ししてくれるワールドセールスエージェントの存在などをくわしく教えてくれた。

午後は会場近くのカフェでスタッフとのお茶会に参加。ただ翌日は日曜で、ほとんどの店舗が閉まってしまう。そこで急遽途中退出し、ファビアンやソフィーと近所の商店街へ行った。特別高価なものではなく、スーパーや酒屋でソーセージや瓶ビールなどの食料品をたくさん購入する。ちなみにビールはキャリーケースにタオルを巻いて何とか持ち帰ったけど、日本の自宅で開けるとケースのなかがビールまみれになっていた。

『Sugar Baby』の上映は22時30分。ホームステイ先で仮眠をとったあと、控え室にて通訳のマリアさんや冨永監督と舞台挨拶の打ち合わせを行う。今回は冨永監督の『乱心』との併映プログラムで、「NIPPON VISIONS」というデジタル素材で制作された監督たちの作品を集めた部門だ。開場から10分後、上映会場に入る。観客席は80席近くあったけど、最終的に8割強は埋まっただろうか。夜分遅くにもかかわらず、どこの馬の骨かもわからない若輩者の作品を見に来ていただけることに感服。冨永監督も上映前に言ってたけれど、ほんとにぼくも震えた。

上映中は予期していないシーンでよく笑いが起こっていた。特にピンク映画のシーン。ここで「隈元くん、やっぱりコメディは強いよねぇ」という眞田監督のふとしたささやきを思い出す。当時撮影させていただいた今はなき天神シネマに、この場を借りてお礼申し上げます。上映後は劇中で使ったヘルメットを携えふたたび登壇。だけど「えっ、主人公はあんたがやってたの!?」といった会場の空気を瞬時に察した。どうやら主人公を演じていたのがぼくだとは、誰もわかっていなかったようだ。そのことを踏まえて、Q&Aでは「なぜあなたは最後裸になったんですか?」といった鋭い質問や、「最後は70年代の映画で、デ・ニーロが出演しているシークエンスを思い出しました」など今まで言われたことのない感想などもいただく。ならびに字幕を担当してくれたKen Westmorelandや、Kenta Frank Odaにもこの場を借りてお礼申し上げます。

『乱心』を拝見するのは今回が2回目だった。幼い時分に妹を殺された男性が、その犯人の娘と恋人どうしの設定で、もう一組の男女や男性の家族たちがその複雑怪奇な関係に忍び寄っていくさまが描かれてある。役者の棒読み、ダイアローグの掛け合いなどから来る違和が全編を通して散りばめられており、監督自身による演出の試行を節々に予感させる。ただ監督のねらいは、そうした人物が紡ぎ出す方法の違和だけではないと思った。ねらいの本質は、むしろ画面上を構成する暗部へのこだわりにあったのではないか。つまり画面をできる限り暗くするということなのかもしれない。『乱心』の空はいつも曇り空で、日差しという言葉からは縁遠い作品だ。それは畳張りの家、出産を控える男女のマンション、面会室といった室内におけるきわめて暗室な状態からも言える。こうした暗部の状態が、人物や物語にどう作用していくのか。神代辰巳の『地獄』(79)に影響されたという冨永監督のねらいは、そこにあったのかもしれないとふと思ったりもした。

上映後は反省会も含めて冨永監督、眞田監督、飯塚監督、『大木家のたのしい旅行 新婚地獄編』(11)の本田隆一監督や映画祭スタッフ、『Sugar Baby』を見てくださった方々を交えて呑みまくる。地下隣のカラオケルームから聴こえてくる多少下手っぴなレディオヘッドの『Creep』も、人目もはばからずに濃厚な接吻を交わす目下の男女も、何だか今日は心地よく思えた夜だった。