パリ滞在日記3 2013年5月9日(木)

 

 

14時からテレンス・マリック「To be Wonder」をステュディオ・グランデにて見る。ベン・アフレックとオルガ・キュリレンコが夫婦役で、物語の趣旨は、ヒステリックなフランス人の嫁さんが地味な土木調査員のアメリカ人と結婚して、何にもないアメリカの南部の郊外あたりで暮らすはめになり、次第にお互いの愛の不可能性に気づくというもの(正しいのかわからないけど)。ほとんど『ツリー・オブ・ライフ』の続編を見てしまったような印象で、カメラによって切り取られた何でもないイメージの全てが神の賜物なのだ、というテレンス・マリックのつぶやきが聞こえてくるかのようだった。上映後、隣の席の男女が苦笑気味に顔を見合わせたあとキスをしていたので、「僕たちは仲良くやっていこうね」とカップルに思わせるような映画なのだろう。でも面白いので、ぜひ日本でも公開してほしい。

 

上映後、槻舘さんに教えてもらったサン・ジェルマン・デ・プレ界隈のラ・デュレの斜め向かいにあるカフェで一服。槻舘さん曰く、最後に梅本さんがパリを訪れた際に、ここが好きだと言っていたらしい。ジャズ・ミュージシャンの写真がこざっぱりと飾られている落ち着いた店内で、前日の日記を書いているうちに1時間半ほど長居してしまう。途中、聞き慣れた音楽が聴こえてくるなと思ったら、メロディ・ガルドーの「My One and Only Thrill」の曲だった。(そう言えば梅本さん、メロディ・ガルドー好きでしたよね。青山真治監督の舞台「おやすみ、かあさん」でもこのアルバムに入ってる唯一のカヴァー曲の"Somewhere Over The Rainbow"が使われていましたし。梅本さん、あなたとメロディ・ガルドーの話をしたことなかったですけど、実は数年前、僕も少し真面目に就職活動していた時期に、東京ジャズフェスティバルでガルドーが日本に来日したことがあって、フェスティバルを主催だか企画だかしていたNHKの就職面接で、御社のジャズフェスティバルは素晴らしく、メロディ・ガルドーは最高だった、とリクルートスーツ姿で言ったことがあったんですよ。ちゃんと落とされましたけどね。でもそのとき不合格じゃなかったら、というか梅本さんがいなかったら、おそらくいま僕はパリにいないでしょうし、このカフェでガルドーの歌を聞くこともなかったでしょう)。

 

そのカフェを出て歩いていると、近くの壁にクリス・マルケルが映画に撮っていた猫、ムッシュー・シャの落書きがあった。メロディ・ガルドーが流れるカフェといい、この落書きといい、もういなくなった人たちの記憶と結びついた痕跡がそこかしこに残っていることに少し戸惑う。自分の記憶というより、この都市自体が記憶を蓄積している感じがする。

 

ーーそう、梅本さんが総合司会を務めるはずだった大学関連のシンポジウムで、建築家の北山恒は、この数十年間の日本は、都市の記憶が急速に消されて書き換えられていく時代だと言っていた。東横渋谷ターミナルが閉鎖され、続いて小田急の下北沢駅は地下に移り、おそらくそこを通ることはもうほとんどないだろう渋谷桜ヶ丘のシアターNは、閉館後ビジネススクールに変わった。5月末には銀座テアトルシネマがなくなり、「銀座」の名を冠した映画館もシネスイッチ銀座だけになる。他にもまだまだそんな話はあるし、ずっと前からそれが日本の「日常」だったのかもしれないが、最近特に都市の記憶が消されていくことを強く感じるのは気のせいなのだろうか。そのシンポジウムは、都市の記憶を繋ぎとめることが重要である一方、新しく生まれ変わっていく都市とともに何をしていくのかもっと考えていかなければならない、という議論が展開されたあたりで終わった。登壇者のひとりが、アラン・バディウの名前を出しながら、新しい都市にもある意味で「愛」を注ぐことが重要だと言っていたことを思い出す。それはおそらく正しい。でも気になったので、アラン・バディウの『愛の世紀』(原題直訳タイトルは「愛を讃える」)を日本を発つ前に読んでみると、その結論部でバディウは、ゴダールの映画の「愛」や「抵抗」のすべてには、「メランコリー」がべったりと張り付いている、そこが私との違いだというようなことが書いてあったと思うのだが、「愛」も「抵抗」も重要だけど、じゃあ「メランコリー」って何なんだ? 話は逸れてしまったが、パリで今、そのことについてぼんやりと考えている。

 

夜は槻舘さんに誘われて、最近引越しをしたフランス人宅のパーティーに参加。ポンピドゥーセンターでプログラミングをしているエンリコ、ギリシャの大学で安藤忠雄研究をした後、現在はパリでマヤ・デレン研究をしているエレーヌと出会う。ゾンビ映画の起源は「ホワイトゾンビ」だとか、テレンス・マリックの『ツリー・オブ・ライフ』は日本の映画批評の大家の蓮實重彦に酷評されたとか、とにかく色々話す。ふたりとも実験映画に造詣が深く、最近日本で見たベン・リヴァースの『湖畔の2年間』は凄かったと言うと、エンリコからベン・リヴァースのことや彼の手がけたプログラミングについて色々教えてもらう。途中、槻舘さんたちも知らないちょっと綺麗なフランス人女性に話し掛けるも、少し話しただけでどこかに行ってしまい、あとでエンリコに「フランスの女はそんなもんさ」と慰められる。その夜はメトロを逃したので、セーヌ川沿いを危うい足取りで歩いたあと、バスで帰った。