カンヌ映画祭日記⑥ 5/18-19

 5/18 

   今日の一本目は監督週間の『Blue Bird』。カンヌ初の途中退席をする。監督週間の中でもこの作品は最悪だった。やっぱり各紙が事前に出してる批評を参考にしないと…。そのあとは、数日前に知り合いになったジャーナリスト兼、監督から招待状をもらった短編作品シネフォンダシヨンの上映に向う。他の上映に比べると人はかなりまばら。短編という尺の問題なのだろうか、ストーリーに固着しているのか、映像で見せるというよりは、どの作品も物語を言葉で語ろうとする。にも関わらずーー恐らく撮影日数の問題もあるのかーー台詞がまったく肉体化されていない。その結果、かなり悲惨なことになっていた。カンヌの新人監督の作品を見るにつけて、いかに日本の若手監督が才能があるかを身にしみて感じる。その後、私は22時からのアラン・カヴァリエ、田中さんは、21時過ぎからの園子温の上映に行く予定だったので、数時間の空き。坂本安美さんと合流して、パレに近いPetit Parisで夕食をとる。安美さんと私はアラン・カヴァリエ『Pater』に向うも、前の上映がおしていて、待つこと1時間、やっと開場する。

 会場を出たところで、シネマテークのプログラムディレクターのロジェ夫妻に偶然会い、安美さん、田中さんとともにバーに飲みにいく。シャブロル特集では30本以上の作品が見れるという話を聞いて、田中さんとともにかなりうらやましがる。パリに来てすぐにレトロスペクティブはあったけど、10本がせいぜいだった。さらに別のバーに移り、帰宅はまたもや3時過ぎ。明日は朝からラース・フォン・トリアーに行くはず…

 

 5/19

    カウリスマキに入れなかった苦い記憶があるので、ラース・フォン・トリアー『メランコリア』には開場一時間前に到着した。プレスだけで満員になる勢いだったので心配していたものの、安美さんもなんとか入れて一安心。が、トイレに行ってる間に荷物をどかして何食わぬ顔で私の席にフランス人の男の子が座っている。文句を言ってる間に会場は暗くなり、何を言ってもなかなか席を立ってくれないので、頭にきて蹴りを入れたらやっとどいた。本当にこっちの人は割り込みは日常茶飯事だしびっくりする。まさか、蹴りを入れられるとは思ってなかったみたいだけど…。もう監督週間には見切りをつけて、今日からコンペ作品を中心に見ることにした。好き嫌いは別にしてやっぱりラース・フォン・トリアーは段違いにすごい。何の事前情報も知らずに見たこともあり、主演している女優がキルスティン・ダンストであることには中盤まで気づかなかった。個人的に彼女はブスキャラだと思っていたので綺麗すぎたから笑。逆に嫌がらせとして思えないくらいシャルロット・ゲンズブールはひどい。劇中で起こる出来事や急激な変化に明確な理由を見いだすことは難しいものの、そんなことを考えることが些事であるとしか思えない。圧巻!

  二本目は、急いで移動してなんとかホン・サンスの新作『The day he arrive』に滑り込む。いつも通りのホン・サンスなんだけど、どの部門の作品も主題に不幸を抱えていることが大半なのでこういう軽やかな映画をカンヌで見れることは貴重な体験だ。世界の終わり、貧困、病気…。そういう主題すべてを否定するわけではないけれど、普通に人が愛し合っていたり、戯れている姿をもっと見たい。

  三本目は、ある親子の押しに負けて、河瀬直美『朱花の月』を見に行くものの、絶えきれなくなり田中さんを残して途中退出する。こんなものが今の日本映画だなんて思われたら本当に困る。糞を巡るのではなく、まさに糞映画だった。ただ今回はかなり海外メディアの評価も低いとのことなので、河瀬の作品をありがたがられることももうないのだろう。

  今日の最後は、カイエやアンロックでも評価が高かったJean-Jaques Jauffret『Après le sud』に。いくつかの視点から捉えられた出来事が何度も繰り返されるという構成になっている。そこには俯瞰的な視点も同時に存在していて、それぞれのエピソードで違う時間を生きていたはずの登場人物たちがすれ違う。映画っぽい映画なんだけど、私にとってはどうしても予定調和という感が拭いきれなかった。夜はシャルル・テッソンから招待されていた批評家週間のパーティに行き、思ったより顔の小さいエマニュエル・ドゥボスを見てキャーキャーいったり、エヴァ・イオネスコのオーラに圧倒されたり、女の子たちと踊り狂う指導教官を見てびっくりしたり…そんなこんなで楽しい夜は更けていく。だから今日も寝たのは朝の4時過ぎ。